ことほぎ

自分で言うのもなんだが、私は頑張っている。

人より少しできる人に見られたくて、頑張っている。

みんなの顔を見上げては「えらいね」って頭を撫でてもらえるのを待っている。

ただ、それだけでいいのに。

「出来て当然」

ご褒美は、頑張れば頑張るほど遠くなるんだ。


足元はすでに崖の淵ぎりぎりで、あと一歩でも踏み出せば奈落の底へまっさかさま。

背伸びしっぱなしの足だって、疲れ果ててもう痙攣している自覚も薄れてきた。


助けてほしい。

崖へ踏み込む足を引き留めてほしい。

もう疲れたんだ。


そう弱音を吐けば、みんなは私を励まそうとして言祝ことほぐ。


「あなたなら大丈夫だよ」

「あなたなら出来るよ」

「あなたに期待してるから言うんだよ」


ありがたいありがたい言祝ぎは、けれどそのじつ呪いの言葉。

私の背に降り積もる、質量を伴う柔らかな呪い。

そこにのに、私の背を崖へ押しやる。


滑稽だ。

人に褒められたくて、自ら進んでそうしているのに、

こんな自分が惨めで、悲しい。


『今だ。飛び込め』


自分の中で号令が聞こえる。

飛び込めば、全てを捨てて逃げられると。

「無」こそが自由なのだと。


けれどもきっと。

臆病な私は明日も笑顔を張り付けて、崖の淵で言祝ぎを受け入れる。

「ありがとうございます! 頑張ります!」


ああ、めでたい。





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