5-5


 なんかもう、今日は走ってばかりな気がする。


「め、めぐみん、痛い! 靴の先が削れてなくなっちゃう!」


 私の背からゆんゆんが、泣きそうな声で文句を言ってくる。


「ワガママですよ! というか、身長差があるのですからしょうがないではありませんか!そんなに足が痛いなら、もっと縮めばよいのです!」


「それじゃあ、私がゆんゆんの足持ってあげる!」


 私はこめっこを引き連れながら、魔力を使い果たして身動き取れないゆんゆんを背負い、暗い道を必死に逃げていた。


「痛たたた! こめっこちゃんちょっと待って! この体勢で両足持たれると、エビ反りみたいな体勢に!」


「この非常時に、二人して何をやっているのですか! 背中で暴れないでください! 置いて行かれたいのですか!」


 文句を言っている間にも、空を覆うモンスターの群れが、次々と私達の真上を滑空して行く。

 ……なぜこんなにモンスターが集まって来たのだろう?

 そんな疑問に答えるかの様に、私達を囲む様にして、空に向かって次々と魔法が撃ち上げられた。

 魔法を撃ち上げている里の人達との距離は、いつの間にか縮まってきていた。

 つまり、このモンスター達は集まって来たのではなく、私達を中心として追い立てられてきたのだろう。


「どうやらこの地を中心にして、モンスター達を追い込んでいるみたいですね」


「邪神の墓に下僕達を集めてるって事!? どうしてそんな……。湧き出したモンスターの数が多いから、ここに追い込んでもう一度封印するとか、そんなところかしら?」


 ……なるほど。ゆんゆんの言う通り、一まとめにしてもう一度封印を使うか、もしくはまとまった所に超火力の魔法を放ち、モンスターを一掃する気だろう。

 となると、一刻も早くここから逃れた方がいい。

 いいのだが……。


「……ゆんゆん。有名なあのセリフを言うなら今がチャンスです。私を置いて先に行けと言ってくれてもいいのですよ?」


「お、置いてかないで! さっきめぐみんが言ったんだからね! 私を無事に家まで送る事で、この貸し借りはチャラだって!」


 私はなぜ、あんな余計な事を言ってしまったのか……!

 モンスター達の気持ちの悪い鳴き声が空にこだまする中、ゆんゆんを引きずっていく。

 ハッキリ言ってこれだけの数を相手にしては、私が上級魔法を覚えたところで流石に結果は見えている。

 見つからない様にと祈りながら、街灯の下を避け、闇に紛れ進んでいく。

 と、そんな中。


「みゃー」


 こめっこの手の中で、クロが一声小さく鳴き。

 ――それはとても小さな声だったのにも拘わらず。空を舞うモンスター達が、一斉にこちらを向いた。

 モンスター達のその行動に、ピンと来た!


「こめっこ! その毛玉を空高く放り投げてやるのです!」


「何言ってるの!? めぐみんっ、いきなり何を言っているの!?」


「やっととりかえしたご飯なのに、これをあげるだなんてとんでもない!」


「こめっこちゃんまで何言ってるの!?」


 ……なんて事だろう。

 私とした事が、今更こんな事に気がつくなんて!

 あのモンスター達が我が家を襲撃したのは、恐らくクロを狙ってやって来たのだ。

 というか、学校の野外授業の時もそうだった。

 あのモンスターは、他にもたくさんの生徒がいたにも拘わらず、クロを連れていた私を追って来た。

 ここ最近ちょくちょく出掛けていたこめっこは、邪神を封印する欠片で遊んでいた。


 そしてこめっこは、ある日突然この毛玉を連れ帰って来た。

 それと時を同じくして邪神の下僕が目撃される様になり。

 クロの鳴き声一つに、邪神の下僕達が一斉に反応する。

 これらを踏まえて導き出される答えは――!


「ああっ、頭が痛い! 私の脳が、これ以上は考えるなと自己防衛を始めました……!」


「ねえめぐみん、さっきから何を言ってるの!? こんな状況で現実逃避は止めてよね!?」


 ゆんゆんの言葉で我に返ると、改めて現状を思い知る。

 空に舞うモンスター達は、全員こちらに気づいた様だ。

 もうクロを捧げて逃げたいところだが……。


「姉ちゃん、とりにくが大漁だね! たくさんつかまえてかえろう!」


 小さく震えるクロを抱き、笑顔でそんな事を言ってくる、大物臭漂う我が妹。

 そんな妹のキラキラした視線を受けて、私は背負っていたゆんゆんを下ろし、空を見上げて冒険者カードを手に取った。


「め、めぐみん?」


 地に下ろされたゆんゆんが、不安そうに小さく呟く。

 そう遠くない場所からは、空に向けて次々と魔法が放たれている。

 上級魔法を覚え、私が時間を稼ぐのだ。

 この距離で空に魔法を放てば、きっとすぐに大人達が駆けつけてくれるだろう。


「姉ちゃんどうした? いつもより目が紅いよ?」


 それは紅くもなるだろう。

 こんなにも気持ちが昂ぶっているのだから。


「ゆんゆんは、こめっこと一緒にいてくださいね」


 空を見上げ、自らの内に秘めた魔力を練り上げていく。

 一度も魔法を使った事はなくても、体を巡る魔力の扱いは紅魔族の本能で分かっている。

 空を舞う邪神の下僕達は、クロを人質にでも取られていると感じているのか、滞空したまま降りて来ない。


 だが、いつまでも見守ってくれている気はない様で、膨れ上がったその群れは、たった一つのキッカケがあれば一斉に襲ってきそうな気配を見せていた。

 ――たとえば、私が魔法でも放てば、それがキッカケになるだろう。

 大丈夫。覚悟は決めた。


「め、めぐみん、なんだかこっちの様子を見てるみたいだし、このまま大人達が来るまで待った方が……!」


 後悔もしない。頑張れる。


「姉ちゃん。目が……」


 クロを抱いたこめっこが、不安そうな表情を浮かべ私を見上げた。

 大丈夫、とばかりに頭を撫でる。

 そして、意を決して上級魔法を覚えようと冒険者カードを手に取ると。


 ――私は、カードを見て一瞬固まり。

 そして、思わず笑い出していた。


「ど、どうしたの!? めぐみんってば、とうとう本気でおかしくなっちゃったの!?」


「姉ちゃんがこわれた!」


「し、失礼な! 二人して何を言うのですか!」


 二人に言い返しながらも、私は自分のカードから目が離せなかった。


 ――スキルポイントが貯まっていた。

 爆裂魔法を習得するのに必要なポイントが。


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