5-4


「『ブレード・オブ・ウインド』ー!」


 ゆんゆんが叫ぶと同時、シュッと振った手刀が空中に風を起こした。

 一陣の小さな風はそのまま風の刃となり、空にいた一匹のモンスターを切り裂いた。

 普通は、ただの中級魔法でここまで致命的な威力は発揮できないものなのだが。

 きっと、ゆんゆんの生まれ持った魔力が強いせいだろう。流石は私に次ぐ実力者なだけはある。

 現場に戻った私とこめっこは、そんなゆんゆんの奮闘を遠巻きに眺めていた。


「姉ちゃん、いかないの?」


「まあ待ちなさいこめっこ。賢い姉は気がついたのです。何も、上級魔法を覚える必要はないと。要はこの場さえ切り抜けられればよいのです」


 言いながら、私は戦況を見守った。

 ……別にヘタレた訳ではない。

 習得に大量のポイントが必要な上級魔法を覚えなくても、私もゆんゆんの様に、モンスター達に中級魔法で対抗できるのなら、それに越した事はないのだ。

 今のところゆんゆんが押している。

 このモンスターは死体を残さないため、ゆんゆんが倒した数は定かではないが、私が逃げた時のモンスターの数は、確か六匹。

 それが今では、最後の一匹となっていた。

 ゆんゆんは足下にクロを従え、それを守る様に立ち塞がっている。


「……しかし、これはマズいですね。ゆんゆんが一人で全部倒してしまいそうです」


「? ゆんゆんがたおしちゃだめなの?」


「ダメです。これでは、重大な決意をして引き返してきた意味が……」


 と、その時。

 私の祈りが届いたのか、新たに七匹のモンスターが夜の闇に紛れて舞い降りて来た。

 よし、ここで颯爽と救援に飛び出し、ゆんゆんに先ほどの借りを返す!


「我が名は」


「我が名はこめっこ! 家の留守を預かる者にして紅魔族随一の魔性の妹!」


 私の言葉を遮って、こめっこが先に飛び出し名乗りを上げた。


「こめっこ! あな……、あなたという子は、姉の最大の見せ場をかっさらってどうするのですか!」


「あやまらない」


「こ、こめっこ!」


「ちょっとー! 二人共、なんでこんな所にいるのよ!? 逃げたんじゃなかったの!?」


 次々と舞い降りて来るモンスターから目は離さずに、ゆんゆんがこちらに叫んできた。

 そんな、ゆんゆんに。


「この私が、自称ライバルに借りを作ったままで逃げられる訳がないじゃないですか」


「いい加減、その自称ライバルって止めて! それに、私はもう魔法を覚えた本物の魔法使いよ!? なんちゃって魔法使いのめぐみんとは違うんだから!」


「なんちゃって魔法使い! い、言ってくれますね、中級魔法使いのクセに!」


「中級魔法使いって、紅魔族の出来損ないみたいな呼び名は止めてよ!」


 そんな事を言い争っている間に、先ほどから地上にいた一匹が、突如ゆんゆん目掛けて飛び掛かってくる。

 私と言い合いながらも視線は逸らさずにいたゆんゆんは、足下のクロを片手で抱くと、素早く転がり身を躱す。

 そして、空いた方の手で短剣を抜くと、それを相手に投げつけた。

 狙ったのか偶然なのか、ゆんゆんの放った短剣がモンスターの喉に突き刺さる。


「ヒュッ――!」


 笛の鳴る様な音を漏らし、短剣を食らったモンスターは、喉を押さえたまま地に崩れ、そのまま黒い煙に変わる。

 それを見た他のモンスターが、次々とゆんゆん目掛けて滑空してきた!


「ピンチの様ですね中級魔法使いゆんゆん! 今から、上級魔法使いとなるこの私が、そんな雑魚など一掃してくれます!」


「ええっ!? めぐみん、いきなり何言ってんの!? 私が何のために中級魔法を覚えたと思って……!」


 素早く身を起こしながら、ゆんゆんが片手を空に向けたまま言ってくる。


「今日より、自称ではなく、ちゃんと私のライバルとして認めてあげます! そして私は、ライバルに借りを作るなんてまっぴらなのです! なんですか? 先に卒業でもして、差をつけるつもりでしたか? そういえば、一緒に卒業したがっていましたね! さあ、これで一緒に……」


「『ファイアーボール』ーッッッッ!!」


「えっ!? ちょっ……!!」


 ゆんゆんは、私の言葉を最後まで聞かず、敵に向けて火球の魔法を撃ち上げた。

 その魔法は、きっとありったけの魔力を込めて放ったのだろう。

 モンスター達の真っ直中に炸裂した火球は、中級魔法とは思えない規模の爆発と共に、辺りに轟音を響かせた!

 空から舞い降りて来ていた七匹のモンスターは、黒い煙と共に消えていく。

 それと同時に、敵の全滅を確認したゆんゆんが、魔力を使い果たしたせいか、クタッと地面に膝をついた。

 慌てて駆け寄る私に向けて、


「これで……。めぐみんが上級魔法を覚える必要はなくなったわね……!」


 勝ち誇った表情で、そんな事を言ってきた。


「……なんて子なのでしょうか。というかゆんゆんは私に、あれほど爆裂魔法を覚えるのは止めろと言っていたのに、一体どういう心変わりなのです?」


 言いながら、私はへたり込んでいるゆんゆんに肩を貸す。


「べべ、別に心変わりした訳じゃあ……。今でも爆裂魔法を覚える事には反対だけど、こんな形で夢を諦めるのはどうかと思うし……。そ、それに! せっかく中級魔法を覚えて貸しを作ったのに、アッサリ返されちゃ堪らないから! めぐみんに貸しを作る機会なんてなかったし!」


「その貸しとやらは、魔力を使い果たしてマトモに動けなくなったゆんゆんを、家まで連れて帰る事でチャラになりますがね」


「えっ!?」


 ゆんゆんを無理やり立たせ家に運ぼうとする私の前を、こめっこがたたっと走ってクロを保護した。

 こめっこが、紅い瞳をキラキラさせて抱いたクロをジッと見ているのは、無事で良かったと喜んでいるのだと思いたい。


「ねえめぐみん! 中級魔法まで覚えて助けたのに、私を家まで連れ帰る事でその貸しがチャラだとか、あんまりだと思う!」


「騒がしいですね。魔力を使い果たしてロクに動けない以上、ここに放置されたら新手のモンスターに食われるかもしれないのですよ? つまり私は、ゆんゆんの命の恩人と言っても過言ではないと思われます。……ほら、私を助けてくれた事と釣り合うでしょう?」


「そんなの屁理屈じゃない! 私は命懸けでモンスター相手に大立ち回りしたのに、めぐみんは…………」


 私にしがみつく様にしていたゆんゆんが、突然罵声を中断した。

 その視線の先を追った私も、ゆんゆんと共に無言になる。


「姉ちゃん、羽の生えてるのがたくさん来た! ねえ、食べられる? あれ、食べられる?」


 私達は暗い夜空を埋め尽くさんばかりのモンスターの群れを見上げ、嬉々としたこめっこの声を聞いていた。


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