5-3
私は、所々に点在する街灯の灯りを頼りに、こめっこの手を引きながら走っていた。
「姉ちゃん、ゆんゆん凄かったね! 雷が、ドーンって!」
興奮のためか、私の手を強く握りしめたまま、こめっこが言ってきた。
「そうですね、凄かったですね。というか、この私がゆんゆんに先を越されてしまいました! いつもオドオドしているだけの子かと思っていたのに!」
こめっこへ悔しげに返しながら、里の大人を探して駆ける。
――ゆんゆんが中級魔法を覚えた。
魔法を覚えた以上、学校は卒業だ。
なので、これからはもう、未熟な紅魔族に優遇して渡される希少なスキルアップポーションも貰えない。
ゆんゆんは今後、上級魔法を覚えようと思うのなら、モンスターとの戦闘を経てレベルを上げていくしか方法がない。
中級魔法の習得に、確かスキルポイントを10ポイント消費したはず。
その分を取り戻すには、ポイント分のレベル上げが必要になる。
レベルというものは、高レベル者になればなるほど上がり難くなる。
まだレベルの低いゆんゆんは、レベルアップも早いだろう。
しかし、10以上のレベルを上げるとなると、どんなに早くても一年は掛かる。
私のライバルは、今後一年は紅魔族として未熟者扱いをされるのだ。
族長の娘として努力を続け、ずっと優秀な成績を収めてきたのにも拘わらず。
「姉ちゃん、泣いてる?」
「泣いてませんよ! 悔しさの余り、我が魔力が目から溢れ出しているだけです!」
電撃の魔法でクロを抱いていたモンスターの頭を消し飛ばしながら、ゆんゆんは言った。
クロは自分が回収して守るから、私はこめっこを連れ、里の大人の所に行けと。
私が魔法を覚える事を躊躇っている間に、ゆんゆんは魔法使い見習いではなくなってしまった。
そして、生き物を殺す事にあれだけ抵抗があったあの子は、アッサリと魔法を撃った。
普段はヘタレていたクセに、誰かを守る場面では腹を括れるゆんゆん。
そんな、ライバルの姿が眩しくて――
「……? 姉ちゃん、どうした? 走るのつかれた?」
足を止めた私を、こめっこが不思議そうに見上げてきた。
今頃は、一人でモンスターを相手取って戦っているだろう自称ライバル。
私にまともに勝った事もなかった自称ライバル。
変わり者で友達もおらず、何かと私に絡んできた自称ライバル。
――ここで自分の夢のために逃げたなら。今後、私のライバルを自称してきたあの子と、堂々と競い合う資格はなくなる。
「こめっこ。お姉ちゃんの事は好きですか?」
「好き!」
笑顔で即答してくれる我が妹。
「……最強の魔法が使えなくてもですか? 最強のお姉ちゃんでなくてもですか?」
「私が代わりにさいきょうになるから大丈夫!」
やっぱり笑顔で即答してくれる妹。
この年で最強を目指すとは、やはり大物。
「……こめっこ。私はこれからゆんゆんを助けに行きます。なので、あなたは……」
言いながら、空を見渡し、一番近くで戦闘を行なっているだろう場所を探す。
と、ここからそう遠くない場所で、空に向けて閃光が迸った。
私はその場に屈み込み、こめっこと目線を合わせてそちらを指差す。
「あなたは、今、光が上がったあそこまで逃げなさい。そこには里の大人がいるはずです。空を舞うモンスターは、何かを探している様であまりこちらに敵意がありません。それに、あんな騒ぎの中、無事に墓まで来れたあなたなら大丈夫です。目立たない様に、できるだけ街灯の下などは避け、隠れながら――」
「やだ! ついてく!」
力強く即答する妹。
「……いいですか、私はこれから戦いに行くのです。いくら強くて格好良い姉でも、もしかしたら負けてしまうかもしれません。なので――」
説得を続ける私の前で、我が妹は胸の前でグッと拳を握って鼻息荒く。
「私もたたかう! とられたご飯をとりかえす!」
そんな、将来が不安になる様な頼もしい事を言ってきた。
――来た道を引き返しながら、私は妹に繰り返していた。
「いいですか! 私の傍から離れてはいけませんよ!」
「分かった!」
「クロを捕まえているモンスターに、突っかかって行ってはいけませんよ! ちゃんと私が、クロを取り返してあげますから! 分かりましたか!?」
「分かった! なるべくがんばる!」
「なるべくではなく、絶対に突っかかって行ってはいけません!」
「分かった!」
大丈夫だろうか。正直、酷く不安なのだが……。
しかし、完全に納得していない今のまま、一人で送り出す方が、この子の場合は危険な気がする。
……もう、覚悟は決めた。
爆裂魔法は諦めない。たとえ何年、何十年と掛かっても、絶対覚える。
今回は、ちょっと回り道をするだけだ。
そう、ほんのちょっとだけ――
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