5-2
――里の外れにポツンと佇む邪神の墓。
街灯の魔法光で照らされた墓は、夜という事も相まって不気味な印象を与えている。
未だにモンスターが空を飛び交う中、私達はそこに来ていた。
モンスター達は、里を駆ける私達を見ても気にも留めず、ずっと何かを探している様だった。
「ねえめぐみん、いくらなんでもこんな所にこめっこちゃんは……」
不安そうに言ってくるゆんゆんには答えず、茂みに隠れ、墓の様子をそっと窺う。
「…………居たね」
「……居ましたね」
墓の前にはこめっこが、一体なんのつもりなのか、パズルの欠片を両手に抱えて立ち尽くしていた。
私は、こめっこが抱えている物が封印の欠片だという事を知っている。
というかこの子は、そんな物を抱えてこんな所で何をしているのだろう。
そんな疑問と共に、こめっこの視線の先を辿っていくと……。
「……やりましたねゆんゆん。毛玉も無事な様です」
「どうしてそんなに落ち着いてるの!? 凄い状況になってるよ!?」
パズルを抱きかかえるこめっこは、クロを抱きかかえているモンスターと、無言のまま対峙していた。
「ちょ、ど、ど、ど、どうしようっ! ていうか、里の人達はどこに行ったの!?」
「見た感じ、お墓から新手のモンスターが出てくる気配はありません。モンスターの発生が打ち止めになったのを確認後、駆除のために里中に散って行ったのでしょう」
先ほどから里の夜空に向かって、あちこちから色とりどりの魔法が撃ち上げられている。
こんな状況でなかったなら、家の窓からこめっこやゆんゆんと共に、花火代わりに観賞して楽しんでいただろうに。
「まあ落ち着きなさい。見ての通り相手は一匹です。しかもこめっこに気を取られている。この状況ならば、油断しなければいけるでしょう。先ほども一匹相手なら仕留められましたしね」
「な、なるほど。ちゃんと考えてるのね」
冷静な私を見て、ゆんゆんも幾分落ち着きを取り戻した様だ。
と、こめっこがパズルを地に置き、両手をバッと上げてモンスターへにじり寄る。
「……こめっこちゃんは、一体何をしているのかしら」
「威嚇しているのではないでしょうか。どうやら、クロを奪おうとしているみたいですね」
ジリジリと近づいてくるこめっこに、モンスターが後ずさった。
モンスターに抱きかかえられたクロまでもがなぜか小さく震えている。
「なんだか押してるみたいですし、このまま続きを見たい気もしますが……。行きますよゆんゆん。囮はお願いします!」
「わ、分かっ……。ねえ待って! どうして私が囮役なの!?」
「ヘタレのゆんゆんは、モンスターにとどめを刺せないでしょう? なので、その短剣を私に……。今度は投げたりしませんから、早く寄越してください!」
「い、嫌よ! 今度こそはちゃんとやるから、めぐみんが囮に……! って、ああっ!?」
短剣を取り上げようと揉み合っていると、ゆんゆんが空を見上げて声を上げた。
そちらを見ると、新たに五匹のモンスターがこめっこの傍に降りて来ている。
「だ、だだだ、大丈夫だよね!? めぐみんなら、何か考えがあるわよね!?」
「もちろんです。こういったピンチの時には、都合よく隠された力が目覚めたり何者かが救援に駆けつけてくれたりするものです。なので私達は、女の子らしく悲鳴の一つでも上げて震えていればですね……」
「めぐみん、何言ってるの!? ていうかどこを見てるの!? 目が虚ろになってるわよ! ねえ、意外と逆境に弱いの!?」
現実逃避を始めた私をよそに、モンスターに囲まれたこめっこが、威嚇するかの様に奇声を上げた。
「きしゃー!」
「――ねえめぐみん、こめっこちゃんは色々と大丈夫なの!? あの子、あの数を相手に戦おうとしてるんだけど! ていうか、ちっとも怯えてないしむしろモンスターの方が怯んでるんだけど!」
我が妹は、本当に大物なのかもしれない。
こめっこを天敵としているクロはともかく、なぜモンスター達も怯んでいるのだろう。
まるでクロの恐怖が伝染しているかの様だ。
「と、こうしてはいられません! …………この手だけは使いたくなかったのですが……」
言いながら、私は胸元から、首に下げた切り札を取り出した。
それを見たゆんゆんが。
「冒険者カード? ……あっ!? まさかめぐみん……!」
――そのまさかだ。背に腹は替えられない。
妹の命と爆裂魔法、どっちが大事かと言われれば、それはもちろん……!
「そこまでです!」
モンスター達とこめっこが、私の声に振り返る。
冒険者カードを片手に握り、私は茂みから飛び出した。
「我が名はめぐみん。紅魔族随一の天才にして、上級魔法を操る者! さあ、我が妹から離れなさい!」
「あっ、姉ちゃん! 私のご飯がアイツにとられた!」
「こめっこちゃん!? ご飯って何!? クロちゃんの事!?」
せっかくの決めシーンなのにこの二人は!
短剣を手に、私に続いて飛び出して来たゆんゆんが隣に立つ。
「……ねえめぐみん、本当に上級魔法を覚えちゃったの? あれだけ爆裂魔法が好きだとか言ってたのに?」
「……私ぐらいの天才になれば、ガンガンモンスターを狩って、ポイントぐらいまたすぐに貯められます。たとえどんなに時間が掛かっても。それが何十年掛かっても、絶対に爆裂魔法を覚えてみせますから」
……と、そうは言ったものの、なかなか踏ん切りがつかない。
モンスター達と対峙している真っ最中だというのに。
言っている間にも、モンスター達は矛先をこちらに変え、私達を包囲しようと距離を詰める。
モンスターの一匹が翼をはためかせて舞い上がり、空から襲撃を掛けようとしていた。
――冒険者カードを握りしめる手が震える。
子供の頃からの夢なのだ、本当は、簡単に割り切れる訳もない。
でも、他に妹を助ける方法なんてある訳ない。
……大丈夫。また、頑張れる。
自分にそう言い聞かせ、冒険者カードを……!
「声も体も震えてるわよ。踏ん切りがつかないんでしょ?」
ゆんゆんが、短剣を腰に戻して言ってきた。
その手には、私と同じく冒険者カードを握りながら。
「一体何を」
するつもりなのか――
そう尋ねようとした私の言葉は……、
「『ライトニング』――――ッ!!」
ゆんゆんの唱えた魔法の声に遮られた。
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