4-8


「奢るとは言ったよ。うん。奢るとは言ったんだけどね」


 店を出て、家への帰り道。

 ゆんゆんが、財布を覗き込みながら深いため息を吐いていた。


「ごちそうさまでした。こんなに食べたのは生まれて初めてです。今日は、流石にもう食べられないですよ」


「それはよかったわね! ああもう……っ! そりゃあ、好きなだけ食べていいって言ったのは私なんだけど……!」


 ゆんゆんの怒り声を聞きながら、夕暮れで赤くなった道を歩く。


「ふう……。流石に、これだけ食べた後は歩くのが苦しいのですが。ちょっと消化するまで、どこかで休んでいきませんか?」


「もう……、もう……っ! そんなになるまで食べるだなんて、どれだけ食い意地張ってるのよ……!」


 怒ったような呆れたようなゆんゆんを連れ、紅魔の里の公園に立ち寄った。

 公園といっても、ベンチと池、雨除け代わりの小さな建物がある程度だが。

 肩にくっついていたクロを剥がし、そのままベンチに仰向けになる。


「め、めぐみん! スカート引っかかってぱんつ見えてるから! ああもう……っ! 女の子の行動じゃないと思うの……」


 ゆんゆんが、かいがいしく私のスカートの裾を直してくれた。


「ゆんゆんは良い奥さんになりそうですね。卒業したら私を養ってくれませんか? 私はご飯とか食べても、ちゃんと毎日、美味しいって言う人ですよ」


「い、嫌よ! どうして私が!? 美味しいって言ってくれるだけで、私が喜ぶとでも思ってるの!? ……そんな、毎日ご飯が美味しいってだけで……。……毎日。……うーん……」


 突然悩み出したチョロいゆんゆん。

 こんなバカな事を言っているから、ふにふら達に百合百合しいとか言われてしまうのかもしれない。


「卒業と言えば、ゆんゆんは私が卒業した後はどうするんですか? 私はもう、あと一回スキルアップポーションをもらえれば、それで卒業できるのですが」


「えっ、どうして? めぐみんって、確か魔法習得までの残りのスキルポイントって、あと4ポイントだって言ってなかったっけ? それが、昨日もらったスキルアップポーションで残り3ポイントになって、私と同じに…………。……ああっ!!」


 ゆんゆんが途中まで言いかけ、何かに気づいた様に突然大声を上げた。


「今朝のカモネギ! カモネギを絞めて、レベルが……!」


「そうです、あれでレベルが2つも上がり、先日のスキルアップポーションと合わせて、スキルポイントを3ポイント入手。魔法習得に必要な残りポイントは1ポイント。おそらく、次のテストで卒業です」


 ベンチに横になる私のお腹の上にクロが乗る。

 この子はなぜこんなにもふてぶてしいのだろう。

 ――ゆんゆんが、泣きそうな小さな声で呟いた。


「そ、そんなあ……。一緒に卒業できないなんて……。せっかくスキルポイントを合わせたのに……」


 ゆんゆんが、しょぼくれながらそんな事を――


 ――私は、ベンチから跳ね起きた。

 お腹に乗っていたクロが転がり落ちる中、私はゆんゆんに問いただす。


「今なんて言いました? ひょっとして、私と一緒に卒業するためにスキルポイントの調整をしたのですか? 先日も、テストで三位以内に入れなかったのではなくて、わざと手を抜いて三位以内に入らず、スキルアップポーションをもらわなかったのですか?」


「ッ!?」


 ゆんゆんが、しまったといった表情でビクッと震えた。

 肯定しなくてもその反応だけで十分だ。


「なんてバカなんでしょうかこの子は! 一緒に卒業したいというのなら、スキルポイントが足りていても魔法を覚えなければいいだけでしょうに! というか、上級魔法を覚える事を保留する事もできず、一緒に卒業したいとも言い出せずにこんな事するだなんて、不器用にもほどがあるでしょう!」


「だだだ、だってだって! いつも私より上だと思っていためぐみんを、いつの間にか抜いてたんだもの! 私より絶対早く卒業するって思ってたのに……!」


「あっ! 今、私を抜いたと言いましたね! 抜いてません! 抜いてませんよ! この際だから言っておきますが、私は上級魔法を覚える気がありません! そんな物よりも、もっとずっと超威力の必殺魔法を習得するのです! ほら、私の冒険者カードを見るがいいです! 上級魔法を覚えられるポイントぐらい、とっくに貯まっているのですよ!」


 激高した私がベンチから立ち上がり、ゆんゆんの鼻先に冒険者カードを突きつけると、ゆんゆんは食い入るようにカードを見詰め。


「ほ、ほんとだ……! なんだ、やっぱりめぐみんは、私よりも凄かったんだ……!」


「えっ。……ええと、はい。まあ凄いのです。なので、その、手を抜かれると困ります」


 満面の笑みで素直に喜ばれてしまうとそれはそれで困ってしまう。

 ライバルには、やはり強くあって欲しいのだろうか。


「そ、その。手を抜いたのはごめん。でも、上級魔法よりも凄い魔法って……。炸裂魔法でも覚えるつもり? それともまさか、爆発魔法とか……」


「爆裂魔法です」


 …………それを聞き、ゆんゆんが急に押し黙った。


「えっと、今、なんて? 爆裂魔法って聞こえたんだけど」


「ええ、爆裂魔法ですよ。最強の魔法と呼ばれる、あの凄いヤツです」


 それを聞いて、ゆんゆんは再び黙り込んだ後……。


「なに言ってるの? 爆裂魔法って、あの爆裂魔法? ネタ魔法って呼ばれてる、あの爆裂魔法? 習得するのに必要なスキルポイントは、あらゆる職業の、あらゆるスキルの中で最も多く、もし習得できたとしても、殆どの者は魔力不足で発動もしないか、たとえ発動したとしても、魔力を使い果たして動けなくなるって言う……」


「そうです。その、爆裂魔法です」


 コクリと頷く私に向けて、ゆんゆんは大きく息を吸い込むと……!


「バカじゃないの!? なに言ってるのめぐみん! そんなの覚えてどうするの!? 習得しても、殆どの人が魔力が足りずに使えない魔法なのよ? もしかろうじて魔法が使えたとしても、一日一発しか撃てない、使い勝手の悪いネタ魔法なのよ? なに考えてるの? バカなの? バカと天才は紙一重って言うけれど、めぐみんって紙一重でバカだったの?」


「そ、それ以上バカバカ言うなら、いくらゆんゆんでも酷い目に遭わせますよ! ……というか、今更言われずとも全ては覚悟の上ですよ。私は誰よりも爆裂魔法について調べました。今では、この里で一番爆裂魔法について詳しいと自負しています」


「詳しいって言うのなら、どうしてそんなの覚えようとするの!? めぐみんなら……。きちんと上級魔法を覚えて、経験を重ねていけば、めぐみんなら、きっと歴史の教科書に載るぐらいの大魔法使いにだってなれるのに……っ! ねえ、なんで!?」


 私の事なのに、なぜか涙目になって必死に叫ぶゆんゆんに。


「それはもちろん、爆裂魔法が好きだからですよ」


 これ以上になく、素直に答えた。

 もっと深い理由でもあると思っていたらしいゆんゆんは、私の答えに目を丸くすると。


「……めぐみんは、やっぱり天才じゃなくてバカだと思う」


「それ以上バカと言ったら酷い目に遭わせると警告しましたよ!」


 私は、言うと同時にゆんゆんへと飛びかかった!

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