4-9


「はあ……はあ……! 勝った……! 初めて、めぐみんに勝った……!」


 顔を輝かせ、心底嬉しそうに呟くゆんゆん。

 む、無念……!

 初めてゆんゆんに負けてしまった。


「まあ、今のは本気を出していませんでしたしね。私はほら、月が欠けてくると力が出せないタイプの人間ですから」


「悪魔族じゃあるまいし、そんな訳ないでしょ! 素直に負けを認めなさいよ!」


 人気のない公園でひとしきりゆんゆんと組んずほぐれつした後、私はゆんゆんに取り押さえられていた。

 火照った体に、ヒンヤリとした地面の感触が心地良い。

 陽が沈みかけ薄暗くなってきた公園で、二人して荒い息を吐いていた。

 頭に血が上り、不得手な肉弾戦を挑んでしまった。


「はあ……。負けを認めますから、解放してください。負けですよ、私の負けです」


 それを聞くと、ゆんゆんは素直に放してくれる。


「……ふう、負けた負けた。まあ、あれだけたくさん食べた後ですから負けるのも当たり前なんですがね。言ってみれば、実力の半分も出せない状態でしたから」


「ああっ! 解放されてから言い訳するのはズルい!」


 悔しそうにしているゆんゆんに、私は膝の土を払いながら立ち上がった。


「私が旅に出る前に一勝できてよかったですね。ゆんゆんは、やがては紅魔族の族長を継ぐべき者。私が外の世界を旅して大魔法使いとして名を馳せている間、ゆんゆんは族長の後を継ぎ、この里で平凡な日常を送って老いさらばえていくがいいです」


「素直に私が勝った事を褒められないの!? 嫌味まで言って、ほんとは負けた事がちょっと悔しいんでしょう! ……っていうか、その……。卒業したら、旅に出るの?」


 私は足下に寄って来たクロを抱き上げてやりながら、不安そうに尋ねてきたゆんゆんに。


「ええ、旅に出ます。ゆんゆんにだけ教えておきますが、実は私の爆裂魔法好きには理由がありましてね」


 そこがお気に入りの場所なのか、クロが私のローブの肩に爪を立て、しっかりとしがみついた。

 私はクロの頭をグリグリと撫でながら、まだ親にさえ言っていなかったあの出来事をゆんゆんに話す事にした。


「私は子供の頃、魔獣に襲われた事があったのです。そこにたまたま通り掛かった魔法使いのお姉さんが、爆裂魔法でその魔獣を撃退したのですよ。その時の爆裂魔法の破壊力。圧倒的な暴力。絶対的な力。それはもう凄まじく、最強魔法の名に相応しい威力でした。あれを一度でも見てしまったなら、他の魔法を覚える気が起きませんでしたね」


 フードのお姉さんの声や雰囲気は今ではうろ覚えなのだが、あの時の爆裂魔法の見せた光景だけは、今でも鮮明に覚えている。

 それを思い出すだけで、胸が熱くなり、苦しくなった。


 私には、ふにふらやどどんこの様に色恋話に興味がある訳でもなく、ゆんゆんのような、族長になるために努力するという、立派な目標もない。

 ただただ、あのフードの人にもう一度会って、私の爆裂魔法を見せたいだけだ。

 もう一度会ってお礼を言って。

 ……そして、聞くのだ。


 あなたに教えてもらった、私の爆裂魔法はどうですか――と。


 そんな、私の唯一の夢を告げると、今までの不満そうな表情ではなく、なんだか納得したような、スッキリした顔でゆんゆんが息を吐いた。


「そんな理由があるなら私がどうこう言う事はできないわね。でも、爆裂魔法使いは本当に茨の道よ? めぐみんの魔力量なら魔法を撃つ事はできるかもしれないけど、撃った後は魔力を使い果たして、まず身動きが取れなくなるわ。旅をするのはいいけど、一人で旅なんかしたら、魔法を撃って動けない無防備なところを、他のモンスターに襲われちゃうわよ? 一緒に旅する仲間のあてはあるの?」


「ゆんゆん並に友人のいない私に、そんなあてがある訳ないじゃないですか」


「どうして自慢気なの!? ねえ、旅に出るって言っても、魔法を覚えたらすぐさま旅に出る気じゃないわよね? しばらくは里に残るんでしょ?」


「ええ、まあ。妹を放っては置けませんしね、しばらくは里でバイトでもしながら、頃合いを見て旅に出ますよ」


 私の言葉に、ゆんゆんがホッと息を吐く。


「ゆんゆんは、このままずっと里に残って族長の後を継ぐのでしょう? 紅魔族の族長は代々世襲制ですし」


「そうね。やがて族長になるとは思うけど。でもそれまでに、私も色々な経験を積んでおきたいな。今はまだ、めぐみんに助けられたりする身だけど、いつかは……」


 ゆんゆんがなにかを言いかけたその時、私の肩に乗っていたクロが小さな音に反応した。

 パシャパシャという水の音。

 そちらを見ると――


「あっ、珍しい! 野生のカモネギ! 里の中にまで入って来るなんて……」


 公園の池で泳いでいるカモネギが、人懐こそうにこちらに向かって寄って来た。

 非常に美味しく高経験値なのに、なぜか他のモンスターに襲われない特殊な習性を持つカモネギ。

 あるモンスター学者は、見た目の愛くるしさからモンスター達にも庇護欲が湧くのではと言っていたが。

 池から上がり、よちよちとこちらへ歩き、つぶらな瞳でゆんゆんを見るカモネギ。

 ゆんゆんは、カモネギを怯えさせない様にその場に屈み込むと、優しげな表情で先ほど言いかけていた事の続きを語りだした。


「……今はまだ、めぐみんに助けられる私だけど。いつかは、里で一番の魔法使いになって、このカモネギみたいな弱い子を守ってあげられる、そんな……」


「キュッ!」


 ゆんゆんがなにかを言いかけていたが、そんな事よりもカモネギを逃がすまいとしていた私はカモネギの首をキュッと絞めた。

 くてっと動かなくなったカモネギを高々と掲げると。


「めぐみんは、晩のおかずをゲットした!」


「バカああああああああーっ!!」


 そんな私に、ゆんゆんが泣きながら飛びかかってきた。

 ――ラウンド2!

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