3-3
紅魔族の里の周りは、強力なモンスターが多数生息している。
並の冒険者では倒すどころか逃げる事すら難しい、その手強いモンスター達の毛皮や内蔵は、物によっては高値で取引される。
そんな高値で捌けるモンスターを狙い、私達は里のそばの森へと足を踏み入れていた。
「ね、ねえめぐみん……。本当に大丈夫かな……? いくらぶっころりーさんがついてるからって、一度にたくさんのモンスターが襲ってきたら……」
「まあ大丈夫でしょう。このニートは、ニートなだけあって常に暇を持て余し、この森にもちょこちょこ入って小遣い稼ぎや経験値稼ぎをしているみたいですから」
「ニートニートうるさいよ。ニートにだって人権はあるんだ。……それにしてもモンスターがいないな。この間めぐみん達の野外実習のために、手の空いてる者で強いモンスターを駆除して回ったからなあ。……おっと、ようやく見つけた!」
先頭を歩いていたぶっころりーが声を潜めた。
その視線の先には、木の根をほじくり返している一匹の黒い生き物。
強靱な前足で、人の頭など一発で刈り取る威力を誇る必殺の一撃を放つ、一撃熊というモンスターがいた。
「一撃熊か。あれの肝は高く売れるんだ。……よし」
ぶっころりーは何かの魔法の詠唱を始め、やがて……。
「『ライト・オブ・リフレクション』」
唱えていた魔法を発動させた。
それと同時に、しばらく先を歩いていたぶっころりーの姿が掻き消える。
光を屈折させて姿を見えなくする魔法を使ったらしい。
草が所々踏みつけられていくのを見るに、姿を消したまま近づいて行っている様だ。
と、一撃熊が突如立ち上がり、鼻をふんふんと蠢かせる。
やがて――
思い切り、こっちを向いた。
「「ちょっ!?」」
隠れながら見ていた私達とバッチリ目が合った一撃熊は、獲物を見つけた喜びからか咆吼を上げ、真っ直ぐこっちへ向かってくる。
「ゆんゆん、確か短剣を……! 短剣を持っていたでしょう! 格好良い我がライバルゆんゆん、私のために戦ってください!」
「普段は適当にあしらってるクセに、こんな時だけライバル扱いするのは止めてよね! こんな短剣一つで、あんなの相手にできる訳ないじゃないのよー!」
逃げようとするも、一撃熊が意外に速い!
というか、ぶっころりー!
ぶっころりーはっ!?
「あのニートはどこに隠れているのですか!? 早く退治してくださいぶっころりー!」
「ああああ、こここ、こっち来ないでえええええええっ!」
一撃熊が間近に迫ったその時。
「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」
何も無い空間から、突然ぶっころりーが現れると、叫ぶと同時に手刀を振るう。
振るわれた手刀に沿って、光の筋が走り抜けた。
光の筋が走った跡には、ぶっころりーに背を向けたままの一撃熊。
肩から脇腹までを一閃された一撃熊は、こちらに向かって数歩進むと、光が通り抜けた部分から二つに分かれて崩れ落ちた。
「ふう……。いつもなら、俺の匂いに気づいてもしばらくキョロキョロして、すぐに警戒を解くんだが……。二人とも、どうだった? 倒すタイミングは良かったかな? もしそけっとが危機に瀕している時があったなら、今ぐらいのタイミングで飛び出せば……痛いっ! ちょっ、ちょっと待ってくれ! 悪かった、いや、飛び出すタイミングを計るのは紅魔族なら当たり前の事で……!」
私とゆんゆんは、ぶっころりーに無言で肩パンし続けた。
「――まったく、こんな危険な場所でふざけるもんじゃないよ。モンスターの死体はすぐに処理しないと、血を嗅ぎ付けて、他のモンスターが集まってくる事があるんだぞ?」
地面に転がされたぶっころりーが、服に付いた泥を払いながら立ち上がる。
「私達が怒る原因を作った、あなたがそれを言いますか。その熊の肝を取って、とっとと帰りますよ」
数人の紅魔族が狩りに出る場合は、あえてこうして死体を処理しないままさらし、他のモンスターを呼び寄せる事もある。
だが、この中でまともに戦えるのはこのニートだけだ。
「……ねえ」
と、ゆんゆんが私の服の袖をクイクイ引いた。
そちらを見ると、ゆんゆんは表情を引きつらせ、真っ青な顔で私達の後ろを見ている。
そして……。
「ああ、あれ……」
小さく震えながら、ある方向を指さした。
嫌な予感を覚えながらそちらを見れば……!
「逃げますよっ! ぶっころりー、熊の肝は諦めましょう! この作戦は失敗です!」
「うおおおおおお、ちょ、ちょっと待ってくれええええ!」
「「「「ゴルアアアアアアアアー!」」」」
そこには、仲間を殺されて気が立っている一撃熊の群れがいた――!
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