3-4


「――さてゆんゆん。そろそろお昼ですし帰りましょうか」


「そうね。それじゃあまた明日、学校でね」


「待ってくれ! 二人とも見捨てないでくれ! 頼むよお……!」


 里に逃げ切った私達がそう言って帰ろうとすると、ぶっころりーが泣きついてきた。

 一撃熊の群れを一人で引きつけてきたせいか、あちこちが泥まみれになっている。

 タダでさえそんな汚れた格好で、私達の前に土下座し、顔を歪めて泣く年上のニートの姿は、さすがに同情を誘うが……。


「……はあ。分かりましたから、いい大人が、学生に土下座しないでください。もうちょっとだけつき合いますから……。しかし、どうしましょうかね。ぶっころりーの恋人候補を占ってもらう作戦が……」


「というか、どうしてあの一撃熊達はあんなところに集まっていたんだろう。本来、一撃熊ってのは群れたりしないはずなんだが……」


 ぶっころりーがしょげ返りながらそんな事を。


「お父さんも最近の森の様子がおかしいって言ってたけど、あの変わったモンスターが出た事と関係あるのかな?」


 ゆんゆんも考え込みながらそんな事を言ってくるが、私達に分かるはずもない。


「ともかく、ここでこうしていても始まりません。そけっとの店に戻りましょうか」


 ――と、私の提案で再び店へと向かったのだが……。


「……準備中の札が掛かってるわね。そけっとさん、どこかに出かけたのかな?」


 そんなゆんゆんの言葉を聞き。

 ポンと私達の肩を叩いたぶっころりーが……。



「そけっとの事なら俺に任せてくれなんせ俺とそけっとの仲だからね、まずそけっとは朝七時頃に起きるんだ、健康的だよね、その後シーツを洗濯かごに放り込んでから朝食の準備に移るんだけど、そけっとは毎朝うどんばかり食べるんだよね、そんなにうどんが好きなのかな? 彼女は鍋に水を張って沸かしている間に歯磨きと洗顔を済ませるんだ、効率的だよね、顔も良い上に頭も良いよね、そけっと賢いよそけっと。うどんを食べた後は朝食の食器と一緒に昨日の晩ご飯の時の洗い物も済ませるんだよねそけっとは、前日の晩ご飯の食器を浸け置きしておくんだよ本当賢いよね、きっと良い奥さんになれるよね、そけっとはそれからお風呂に入るんだよ、朝からお風呂だよ綺麗好きなんだよね、夜も入るし朝も入るんだ、だからあんなに綺麗な肌をしてるんだろうね、お風呂から上がると新しく出た洗濯物をかごに入れて洗濯するんだよ、ここだよ、ここが大事なんだよね、彼女は洗濯物をすぐ洗っちゃうんだよ、これって凄く困るよね、いや困らないよ、うん別に困らない、いや困……やっぱり困らないよ、だって俺にはやましい事なんて何もないからね、洗濯が終わった後は散歩に行くんだよそけっとは、本当に健康的だよね、しばらくウロウロした後店に行くんだよ、その後は君達も知っての通りさ、まずは店の掃除を始めるんだ、本当に綺麗好きだよね、それに家事全般が上手そうだよね、しばらく掃除した後は店に引っ込んで出て来なくなるんだよ、きっと中で退屈してると思うんだ、本当、お金さえあれば毎日通うんだけどね、その後お客が来なくて退屈したのか店の外に出てくるんだ、それからストレッチしたりお客が来ないかなーなんてあちこちキョロキョロするんだよ、可愛いよね、綺麗なだけじゃなくて可愛いだなんて反則だよ本当に、そけっと可愛いよそけっと、後は店を閉めてどこかに出掛けちゃうんだよね、お店放り出してだよ、こんな奔放なところも素敵だよね、自由すぎるっていうかさ、ほら俺なんかも自由を謳歌するニートだからね、その辺も相性バッチリだと思うんだ、まあそれはいいとして、今の時間帯だとそけっとが店に帰ってくるまであと二時間ちょっとってとこかな、このまま待っててもいいんだけどね。……どうする?」



 と、目をキラキラさせて、とびきり濃厚な情報を教えてくれた。


「……ま、まるでいつも見ている様な言い草ですね、軽く引きますよ。……どうしてそんなに詳しいのですか?」


「そりゃあ、暇さえあれば、ここに来ては色々と調べてるからさ。そして俺は、自慢じゃないが里の中で一番暇がある」


 本当に自慢じゃない。

 というか……。


「そ、それってストーカ」


「おっとゆんゆん、それ以上言うのはいくら族長の娘でも許さないぞ」


 この男、ここで背後から襲って埋めてしまった方がいいかもしれない。


「ともかく、肝心のそけっとが居ないのでは仕方ありません。今日はもうお開きという事で……」


 私の言葉にゆんゆんがコクコク頷くも。


「大丈夫だ、行き先なら検討がついているんだ」


 ぶっころりーが自信あり気に言ってきた。


「――本当にいましたね」


「うん……」


 そこに居た事を喜んでいいのか、ここまで知っているぶっころりーを通報した方がいいのか。

 ぶっころりーに案内された私達は、複雑な思いで、雑貨屋の店先で商品を眺めるそけっとを遠巻きに見ていた。


「な? 俺だってやれば出来る。このくらいの調査は朝飯前だ」


 だから調査じゃなくてストーカー……。


「……まあ何にせよ、今回は外にいます。あれなら私達が声を掛けても不自然ではないでしょう。ゆんゆんと二人で、さり気なく好みのタイプとやらを聞いてきますよ。行きますよゆんゆん。私に会話を合わせてください」


「分かったわ。早く聞いて、こんな事さっさと終わらせようよ」


 どんよりと疲れた目をしているゆんゆんを連れ、私達はそけっとがいる雑貨屋へと近づいた。


「おっと、ゆんゆん見てください。これなんて可愛くないですか?」


「か、可愛いね! こんなのを好きな人に贈ったら、きっと…………ええっ!? こ、これの事!? この、ドラゴンが彫られた木刀の事!?」


 完璧な出だしの私に対し、ゆんゆんが余計な所でつまずいていた。


(ゆんゆん、ちゃんと話を合わせてください!)


(だ、だって、めぐみんの感性がおかしいから! これには流石に同意できないもの!)


 ヒソヒソとゆんゆんとやり取りしていると、私の隣に居たそけっとが。


「あら、可愛いわね。彫り込まれたドラゴンが素敵だし、ちょっと街に出掛ける時なんかに腰に下げておくと似合いそうだわ」


「えっ!」


 そけっとが発した言葉に、ゆんゆんが驚きの声を上げる。


「ですよね、実用性と可愛らしさを兼ね備えた素敵なアイテムだと思われます。……ところでそけっと。さり気なく聞きたいのですが、好みの……、な、何するんですかゆんゆん!」


 自然な流れでそけっとの好みを聞き出せそうだったところを、突如ゆんゆんに腕を引っ張られ妨害される。


(ちっともさり気なくないよ! それより、私のセンスが変なの!? やっぱり、私の方がおかしいの!? こんな木刀のどこが可愛いのかがちっとも分からない!)


(ゆんゆんのセンスはいつだっておかしいですよ、猫にクロなんて変わった名前を付けてみたり……、ああっ!)


 私達がコソコソと話をしている間に、そけっとは買い物を済ませて店を出てしまっていた。


「何をやっているのですか、いい流れだったのに!」


「だって! だって!!」


 二人で言い争っていると、ぶっころりーがやって来る。


「ちょっと二人とも、何やってるんだよ! そけっとが行っちゃったじゃないか!」


「いえ、あと一歩のところだったのですよ、それが思わぬ妨害に……。というか、日頃腰に短剣をぶら下げている危険人物が、なぜ木刀を嫌うのですか! ほら、いつまで言っているんですか、行きますよ!」


「私のオシャレな短剣を、あんな木刀と一緒にしないで!」


「二人とも、喧嘩は後にしてくれ!」


 ――私達のしばらく前を、上機嫌のそけっとが、先程可愛いと評していた木刀を握り歩いていた。


「……木刀を振り回しながら歩くそけっと。そんなお茶目なとこも可愛いなあ……」


「はたから見ると危ない人にしか見えないと思う」


 私は、そんな事を小さく囁き合う二人の声を聞きながら、木刀を片手で振り回すそけっとを観察していた。

 私達は今、ぶっころりーの魔法により、姿を隠した状態でそけっとの後をつけている。


「どうやら、あの木刀が気に入ったみたいですね。木から落ちてくる葉っぱに斬りかかってますよ。何かの修業のつもりでしょうか」


 私達が後ろで見守っているとも知らず、そけっとは、枯れ葉を落とそうとして木の幹を木刀で殴ったりゲシゲシと蹴りつけたりしていた。


「あ、あの、そけっとさんのどこがそんなに気に入ったんですか? ぶっころりーさん的には、木を蹴りつけているあの姿は大丈夫なんですか?」


「顔かな。俺が気に入ったのは、そけっとの顔とスタイルだよ。美人なら、あんな行動だって可愛く見えるもんさ」


 何の躊躇もない、むしろ清々しさすら感じるぶっころりーの発言に、ゆんゆんが無言になる中、私はふと思いついた。


「ぶっころりー。通りすがりを装って、さり気なくそけっとを手伝ってあげてはいかがでしょうか。あの木に風系の魔法を唱えて木の葉を落とし、彼女の修業の手助けをするというのは」


「それだ! 流石は紅魔族随一の天才! めぐみん、頭良いな!」


「あっ! わ、私だってぶっころりーさんが女性に好かれる方法を考えられますから! たとえば、その寝癖なんかはNGだし、まずは仕事を……」


 対抗心を燃やしてきたゆんゆんの言葉には聞く耳持たず、ぶっころりーが姿を消したままの状態でソロソロとそけっとに近づいていく。

 そして……!


「『トルネード』!」


 ぶっころりーが巻き起こした竜巻により、そけっとが空高く舞い上げられた――


「――バカじゃないんですか? バカじゃないんですかっ!?」


「埋めましょう。このニートは埋めてしまいましょう!」


 そけっとの無事を確認し、慌ててその場から離れた私達は、ぶっころりーの首を締め付けていた。


「待ってくれ! 二人とも、ちょっと落ち着いてくれよ! あと、もっと静かな声で! 見つかったらどうするんだ!」


 舞い上げられたそけっとは、遠目にも真っ青に見える表情で、風の魔法を自分に使い、何とかバランスを取りつつ地上に降り立っていた。

 そして魔法を唱えた犯人を探しているのか、キョロキョロと紅い瞳を辺りに向けている。

 私達の周囲の空間は、ぶっころりーの魔法により光がねじ曲げられ、大声さえ出さなければそけっとに見つかる事はない。

 そんな中、ゆんゆんがぶっころりーの胸ぐらを両手で掴み、律儀に小さな声で食って掛かる。


「そけっとさんの事が好きなんじゃなかったんですか!? それがどうして、あんな致命的な魔法を食らわせたんですかっ!?」


「ち、違うんだ! そもそも俺は、上級魔法しか使えないから手加減が……! それに、最初は離れた所に魔法を使って、葉っぱだけを吹き散らそうとはしたんだよ! でも気づいたんだ、風の魔法をより彼女に近づけたなら、スカートが……」


「埋めましょう」


「うん、埋めよう」


「待ってくれ! 頼むよ、話を聞いてくれ!」


 私達がバカな事をしている間に、そけっとはやがて、悔しそうにしながらも私達に背を向け、遠ざかっていってしまった。

 どうやら、犯人捜しは諦めてくれた様だ。


「ふう……。何にせよ、彼女が無事でよかったよ。それに……。彼女の好きな色が分かっただけでも良しとしようかな」


 私達は声を揃えて呼び掛けた。


「「そけっとさーん!」」


「ややや、止め――!」

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