1-10


 ――教室内がざわついている。


「……めぐみん。……め、めぐみん」


「おはようゆんゆん。そんな顔をしてどうしましたか?」


 眉根を寄せて困った様な顔をしたゆんゆんが、おはようと返してくる。


「どうしましたかじゃなくて。……その子はなに?」


「使い魔です」


 ゆんゆんが問いかけてきたその子こと、机の上で仰向けになって私の指先にじゃれつく黒猫。

 改め、私の使い魔を皆に紹介した。


「使い魔!? 使い魔を使役する魔法使いなんて、お伽話の中だけだと思っていたのに!」


「見て、あの愛くるしくもふてぶてしい顔を! 恐ろしいわ、ああして無垢な子猫のフリをして、主人のめぐみんのために私達の昼ごはんを狙っているのよ!」


「悔しいっ! でも、ご飯あげちゃう!」


 クラスの子達は我が使い魔の魅力にメロメロの様だ。

 もしかしたら、この子は魅了の魔力でも持っているのかもしれない。

 ここにいれば少なくとも、自分の食い扶持ぐらいは手に入れてくれそうで安心した。


「う、うわー……。ふわっふわだね……! ねえめぐみん、名前は? この子に、もう名前は付けてあげたの?」


 ゆんゆんが目をキラキラさせて猫を撫でようとするが、ゆんゆんがその手を伸ばすと、猫は警戒するように前足を構えた。

 猫にすらハブられるゆんゆんが、寂しそうな顔で手を引っ込める。


「なんだろうこの子は。めぐみん以外には懐かない感じなのかな?」


 あるえが、そんな事を言いながら伸ばしてきた指先は素直に受け入れ、目を細めて撫でられるがままの猫の姿に、ゆんゆんがいよいよ泣きそうになる。


「名前はまだです。というか、この子一匹で家に残しておくと身の安全が保証できない環境なので、毎日学校に連れて来ようかなと思いまして」


 その言葉に、クラスの子達が眉を寄せて悩み出した。


「可愛いし、私は構わないけど先生が何て言うかが……」


「そうね。可愛いけど、先生が許すとは思えないわね。可愛いけど」


 むう。やはりあの担任が問題か……。

 

「――不許可」


 教室に入って来た担任は、開口一番で却下した。

 私は愛くるしさを精一杯に振りまく猫を持ち上げ。


「先生、これは私の使い魔なのです。この子は我が魔力を糧に生きているので、私から離れると、もれなく死んでしまいます」


「不許可。まだ魔法も使えない者が使い魔だなどとは。学校は、使い魔禁止、おやつ禁止!さあ、元いた所に帰して来なさい」


 やはりダメか。ならば……!


「先生、これはもう一人の私です。私の力を宿した片割れなのです。力の大半は私が持っていきましたが、これはれっきとしたもう一人の私なのです。我々は一心同体。離れ離れになる訳にはいかないのです!」


「……もう一人のお前が、抱かれるのを嫌がってもがいているが」


「私、そろそろ反抗期なもので」


 猫を放してやると、教室の隅の壁で爪を研ぎ出す。


「お前の片割れが、本能のままに爪を研いでいる訳だが」


「紅魔族はいつでも戦いに備え、爪を研ぐもの。私が知性と理性の大半を持っていってしまったため、もう一人の私はあのような、力と野生に満ちた獣の様に……」


「いいよ」


「そう、一見あの様に愛くるしい私ですが、その中身は……。……いいんですか?」


 途端にあっさりと許可を出した担任。

 これから、いかに私とあの片割れが、この体を巡っての死闘を繰り広げたかを語るつもりだったのだが。


「面白そうだから、このままでいいよ」


 と、ろくでもない事には定評のあるウチの担任が、そんな不安になる事を言ってきた。


「――ちょっとめぐみん! トイレはちゃんと決められた場所でしなさい! ほら、ここよここ! ここでシーするの! そう、よく出来ました! 偉いわねめぐみんは!」


「…………」


「めぐみんの食べ残し、ここに置いといたら臭わない? もっと日陰の方がいいよ」


「……………………」


「あーっ! もうっ、めぐみん! あちこち爪を研いだりしないでよね? そんな可愛い顔して首を傾げてもダメよ! ダメ……。ああもう、可愛いなあ本物のめぐみんは!」


「ああああああああああーッ!」


「きゃーっ! ニセめぐみんが急に凶暴に! 愛らしさだけじゃなく、とうとう知性と理性も片割れに盗られちゃったの!?」


 机をひっくり返した私に、一人のクラスメイトがニセめぐみん呼ばわりをしてきた。


「誰がニセですか、こっちが本物ですよ! あちこちでめぐみんめぐみん言うのは止めてください!」


「ど、どうしたのよめぐみん、めぐみんがあっちのめぐみんを片割れだって言ったのよ?知恵と理性のめぐみんと、力と野生のめぐみんなんでしょ?」


「めぐみんめぐみんめぐみんめぐみん、あちこちで私の名前を呼ばれるのは我慢の限界なのですよ! そいつに名前を付けてください!」


 いきり立つ私に、私の片割れを抱いたゆんゆんが。


「そ、そんな事言ったって、今日一日で、既にこっちがめぐみんって事で定着しちゃったし……。ほら見て、私にもようやく懐いてくれて、めぐみんを抱ける様になったの! ……もういっそ、この子じゃなくて、めぐみんの方が名前を変えた方が痛い痛い!」


「裏切り者! ライバルの名前が変わってもいいんですか! と言うか今日一日だけで、私が学校に入学してから今日までよりも、よほどめぐみんという名前が呼ばれてますよ!」 


私の言葉に、クラスメイトが渋々といった表情で、


「せっかくめぐみんって名前がなんだか可愛く思えてきたのに……」


「ああー……。私の可愛いめぐみんが、あんまり可愛くないめぐみんに……」


「おい、その喧嘩買おうじゃないか」


 売られた喧嘩は必ず買うのが掟の紅魔族として、椅子を構え、クラスメイトに襲い掛かる体勢を取っていると。


「……のりすけ」


 あるえがポツリと呟いた。

 どうやら、この猫の名前候補らしい。


「……ぺれきち」


 更に他のクラスメイトが呟いた。


「ちょいさー」


「まるも」


「かずま」


 次々と呼ばれるそれらの名前が気に食わないのか、ゆんゆんに抱かれた猫が、くしゃみでもするかのように鼻を鳴らしている。


 次々と名前候補が上がる中、ゆんゆんが猫を持ち上げ。


「この子、メスなんだけど……」


「……じゃあやっぱもう、めぐみんでいいじゃん」


「ぶっ殺」


 私が一人のクラスメイトと取っ組み合いを始めると、ゆんゆんが突然大声で。


「クロ! クロちゃん……! ……とか、ど、どうかな。ほら、その、黒猫だから……」


「「「「…………」」」」


 それに辺りが静まり返る。……と。


「まあいいかもね。変わった名前で覚えやすいし」


「えっ!? か、変わって……!?」


 ……ふむ。


 確かに変な名前だけど、その分覚えやすいかもしれない。

 それに名前を付けられた当の本人がゆんゆんに抱かれたまま目を細め、満更でもなさ気な態度だ。


「では、取り敢えずはこの、クロという変な仮名って事で。もし本格的に私の使い魔になる際には、もっとちゃんとした素敵な名前を付けてあげましょう」


「変!? ねえ、やっぱ私、変なの!? この里の中で変なのは私の方なの!?」


 ゆんゆんが涙目で訴えてくる中、私はクロを抱き上げた。


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