1-9


「帰りましたよー」


「姉ちゃんお帰り!」


 自宅に帰ると、元気な声と共にバタバタという足音が聞こえてきた。


 私を出迎えてくれたのは、五歳になったばかりの、私の妹、こめっこだ。

 こめっこは私のお下がりのローブを着ているのだが、丈の余ったダブついたローブの裾は泥だらけになっていた。


「あーあー……。ローブの裾が泥だらけではないですか。留守番してなさいって言われてたのに、また外に遊びに行っていたのですか?」


「うん! 新聞屋のお兄ちゃんはげきたいしたから、その後に遊びに行った!」


「ほう、今日も勝ちましたか。流石は我が妹です」


「うん! 『もうみっかもかたいたべものをくちにしてないんです』って言ったら、お食事券を置いてってくれた!」


 こめっこが、そう言って自慢気に戦果を見せびらかした。

 優秀な妹の頭を撫でていると、こめっこは何かに気づいた様だ。


「姉ちゃんからいい匂いがする」


「おっと、流石は我が妹。お土産です。魔神に捧げられし子羊肉のサンドイッチ! さあ、その腹がはち切れるまで食らうがいいです!」


「すごい! 魔王になった気分! じゃあ、捕まえてきた晩ごはんは、明日の朝ごはんにしよう!」


 お土産のサンドイッチに喜ぶこめっこが、突然そんな事を言い出した。


 ……捕まえてきた晩ごはん。


 以前、こめっこがセミをたくさん捕まえてきて、これを唐揚げにしようと言い出したのを思い出し、ちょっとだけ恐怖を覚える。


「こめっこ、晩ごはんとは何ですか? 何を捕まえてきたのです?」


「見る? しとうの末に打ち倒した、きょうぼうなしっこくの魔獣!」


 不穏な言葉を残し、こめっこが家の奥に駆けて行く。

 昆虫系ではありませんように。

 昆虫系ではありませんように!

 祈りながら待っていると、やがてこめっこが抱えてきた物は……。



「にゃー……」


 一体何があったのか、疲れきった様にグッタリした、黒い子猫だった。


「……これまた大物を捕まえてきましたね」


「うん。頑張った! 最初は抵抗してきたけど、かじったらおとなしくなった」


「勝ったのは喜ばしい事ですが、むやみに何でもかじってはいけませんよ?」


 私の言葉に素直に頷くこめっこから、小さな黒猫を受け取る。

 その黒猫は私の手の中に収まると、よほど怖い目に遭ったのか、怯える様に私の胸元に頭を寄せて丸くなる。

 こめっこは、お土産のサンドイッチを両手でわし掴んでひとしきり頬張ると、やがてそれをジッと見て、かじりかけのサンドイッチを私に差し出し。


「……食べる?」


「私はお腹いっぱいですから、こめっこが全部食べるとよいですよ。それより、この毛玉は私が預かってもいいですか?」


「うん!」


 こめっこはそのまま幸せそうに、サンドイッチをかじる作業に没頭した。


 ――自室に入り放してやると、堂々と私の布団の上で丸くなった猫を見て呟いた。


「さて、こいつはどうしたものでしょうか」


 このふてぶてしさ。


 この子は意外と大物なのかもしれない。

 まさか、こめっこの希望通りに朝ごはんにするわけにもいかず、そうかといって、家で飼ってやれる余裕もない。


 しかし、このまま外に放り出して再びこめっこに見つかれば、この子は今度こそ食われる事だろう。


 となると――


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