1-5


 校庭とは名ばかりの、炎の魔法で草を焼き払っただけの、学校の前に広がる広場。

 そこでは担任がマントを羽織り、先ほどから、ずっと何かを焚き上げていた。


 焚き上げの煙は学校に登校した時にも上っていたので、担任はこの時のために朝早くから出勤していたのだろう。

 焚き上げの煙が立ち上る空には、暗く垂れこめた雲が広がる。

 恐らくこの担任は、高価な雨呼びの護符を焚いて、この授業のためだけに、前もって雲を呼んでいたのだ。


 空に浮かぶ雲が満足のいく大きさになったのか、担任は一つ頷くと、


「よし! ではこれより、体育改め戦闘訓練を始める! 我々紅魔族において、戦闘の上で最も大切な物は何か。では……。ゆんゆん! 答えなさい!」


「わ、私ですかっ!? え、えっと、戦闘で大切な……。れ、冷静さ! 何事にも動じない、冷静さが大切だと思います!」


「五点! 次、めぐみん!」


「五点!?」


 担任に五点と評価されたゆんゆんが、五点……と呟きながら落ち込んでいる。

 戦闘に大切なもの? そんなの、答えは最初から決まっている!


「破壊力です。全てを蹂躙する力! 力こそが最も大切だと思うのです!」


「五十点! 確かに力は必要だ。十分な破壊力を持たないのであれば、確かに紅魔族の戦闘は成り立たない。だが違う! それではたったの五十点だ!」


「こ、この私が五十点……!?」


「私なんて五点だから……」


 落ち込む私とゆんゆんを見て、担任が、成績上位者のくせにお前らにはガッカリだと言わんばかりに、地面に向かって唾を吐く。


「ぺっ」


「「あっ!」」


 それを見て声を上げる私達を無視し、憎たらしい担任は一人の生徒を指さした。


「あるえー! お前ならば分かるだろう! その、左目を覆いし眼帯が似合うお前ならば、戦闘において最も大切な物が何なのかを!」


 左目を眼帯で隠したクラスメイト、脱いだら凄いと評判の、とても同い年には見えないあるえが前に出た。

 ――人差し指で眼帯を、下からクイッと持ち上げて。


「格好良さです」


「百点だ! ようし、偉いぞあるえ、スキルアップポーションをやろう! そう、格好良さ! 我ら紅魔族の戦闘は、華がなくては始まらない! では今から、それがどういう事かを実演する。……『コール・オブ・サンダーストーム』!」


 担任が何かの魔法を唱えると、先ほどまで重く垂れ込めていた雨雲から、青白い電光が見え隠れしだした。


 よほど強力な魔法を発動させたのか、不自然な風が吹き荒れ始める。

 クラスメイト達が吹き付ける風の強さに髪を押さえる中、担任は用意していた杖を取り出し、それを空に高々と掲げた。


「我が名はぷっちん。アークウィザードにして、上級魔法を操る者……」


 担任が名乗りを上げると杖の先目がけ雷が落ちる。

 そして担任がマントをひるがえすと、それをなびかせるように風が吹いた。


「紅魔族随一の担任教師にして、やがて校長の椅子に座る者……!」


 担任の声と共に、一際大きな落雷が起こる。

 その稲光を背に、担任が杖を構えてマントをひるがえした体勢のまま、動かなくなった。


「「「か、格好良い!」」」


 クラスメイト達が一斉に歓声を上げる中、隣を見るとゆんゆんだけが、真っ赤になった顔を両手で覆い隠して小さく震えていた。

 担任の格好良さに、顔を見れなくなったのかと見ているとぼそっと呟く。


「は、恥ずかしい……っ!」


 この子が独特の変わった感性を持っているという噂は本当だったらしい。

 思春期になると変わった者に憧れるようになる、中二病とか言う病気があると聞くが、この子もその類いなのかもしれない。


 未だに風が吹きすさぶ中、担任がようやく動き出し、パンパンと手を叩いて言ってきた。


「よーし! それでは、好きな者同士でペアを作れ! そして、お互いに格好良い名乗りを上げてポーズの研究に励むのだ!」


 担任のその言葉に、ゆんゆんがビクッと震えた。

 一体どうしたのかと見ていると、オロオロと辺りを見回し、やがてこちらをチラチラと横目で見てくる。

 きっと、私とペアを組みたいけど、ライバルを自称してしまったものだから言い出せないのだろう。


 ……イラッとした。


 無理やりペアを組んで、私の格好良いポーズで威嚇して泣かせてやろうかと思っていると、横合いから声が掛けられる。


「めぐみん、組む人はいる? いないなら私と組むかい?」


 振り向くと、まるで見せつけるかの如く、私と同じ12歳とは思えない巨乳が目の前に飛び込んで来る。


 ……更にイラッとした。


 と、私の後ろで、あ……という小さな声が聞こえてくる。

 見るまでもなく、ゆんゆんだろう。


 私に声を掛けてきた眼帯を付けたクラスメイト、あるえは、準備運動のつもりなのか、首を何度かひねった後、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。


 それに合わせてその胸が……。


 ………………こいつは敵だ!


「いいでしょう。私の調べた統計学に照らし合わせると、あなたは将来、凄腕の大魔導師になる可能性が高いです。ならば今ここで、どちらが上か決めておきましょう!」


「そ、そんな事が分かる統計学があるのっ!?」


 ゆんゆんが律儀にツッコんでくるけれど、今の私に構ってあげられる余裕はない。

 と、担任が大声を張り上げた。


「よーし。ペアは決まったかー? 一人あぶれるから、余った奴は先生とペアだぞー」


「えっ? あっ!」


 ゆんゆんが、辺りを慌てて見回し、一人なのが自分だけだと分かり、肩を落としてしょんぼりしながら担任の下へ。


 …………。


「あるえ。今日は何だか気分が悪いので、体育の授業は休ませてもらおうかと思ってます。先ほどゆんゆんに貰った弁当に、何か盛られていたのかもしれません」


「ええっ!」


 私の言葉に、ゆんゆんが心外だという表情でショックを受けている中。


「先生、具合が悪いので今日の体育も休ませてもらっていいですか?」


「またか。ダメだダメだ、お前はまだ、一度もまともに体育の授業を受けた事がないだろ。今日の体育は大事な授業だ。仮病は許さんぞ」


 融通の効かない担任の前で、私は呻きながらその場に屈みこんだ。


「ダメだ、この俺にそんな手は……」


「め、目覚める……! このままだと、私の中にいる誰かがこの体を……!」


「なっ、めぐみん、お前……! まさか、お前の中に封印されていたアレが目覚めようとしているのか……! 仕方がない、保健室に行く事を許す。保健の先生に、ちゃんと封印を施して貰うように」


「了解しました。では、失礼します」

 

「――よーし! それじゃあ、各自ペアを組んだか? それでは、始め!」


 そんな担任の声を聞きながら、私は保健室へと向かった。


 体育の授業で、せっかくゆんゆんの弁当で得たカロリーを消費するなんて勿体無い。

 私は保健の先生から、封印の力が施された伝説の市販栄養剤を貰い、ベッドの上に寝転がった。

 静かな保健室のベッドの中で、布団を首まで引っ張りあげ、私は担任の言葉を思い出す。


 ――爆裂魔法はネタ魔法。


 私は布団を頭まで被ると、そのままふて寝するかの様に。


「せ、先生ー! 雨が! 雨が降ってきて……、って言うか、土砂降りなんですが! 先生の格好良いところはもう見たので、この雨を止めてくれませんか!?」


「校長先生が大事に育てていた、花壇のチューリップが流されてますよ!」


「い、いかん! しまった、そう言えば今日は、魔力の源たる月が、最も高く上る日……!抑えられていた俺の魔力が溢れ出してしまったのか……! ここは俺が雨を収める! 俺の事はいいから、お前達は早く校舎の中へ避難せよ!」


「先生ーっ! 素直に、演出しか考えてなくて、止める方法まで考えてなかったって言ってください!」


 校庭からのそんな声を聞きながら目を閉じた――


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