1-7


「うっ……うぐっ……。ぐすっ……。生臭いよう……。生臭いよう…………」


 俺の後を、粘液まみれのアクアがめそめそと泣きながら付いて来る。


「カエルの体内って、臭いけどいい感じに温かいんですね……。知りたくもない知識が増えました……」


 アクアと同じく粘液まみれで、知りたくもない知識を教えてくれながら、めぐみんは俺の背中におぶさっていた。

 魔法を使う者は、魔力の限界を超えて魔法を使うと、魔力の代わりに生命力を削る事になるらしい。

 魔力が枯渇している状態で大きな魔法を使うと、命に関わる事もあるそうだ。


「今後、爆裂魔法は緊急の時以外は禁止だな。これからは、他の魔法で頑張ってくれよ、めぐみん」


 俺の言葉に、背中におぶさっためぐみんが、肩を摑む手に力を込めた。


「…………使えません」


「…………は? 何が使えないんだ?」


 めぐみんの言葉に、俺はオウム返しで言葉を返す。

 めぐみんが、俺に摑まる手に更に力を込め、その薄い胸が俺の背中に押し付けられた。


「…………私は、爆裂魔法しか使えないです。他には、一切の魔法が使えません」


「…………マジか」


「…………マジです」


 俺とめぐみんが静まり返るなか、今まで鼻をぐすぐす鳴らしていたアクアが、ようやく会話に参加する。


「爆裂魔法以外使えないってどういう事? 爆裂魔法を習得できる程のスキルポイントがあるなら、他の魔法を習得していない訳がないでしょう?」


 ……スキルポイント?


 そういや、ギルドのお姉さんがスキル習得がどうのと言っていたな。

 そんな俺の顔を見て、アクアが説明してくれる。


「スキルポイントってのは、職業に就いた時に貰える、スキルを習得するためのポイントよ。優秀な者ほど初期ポイントは多くて、このポイントを振り分けて様々なスキルを習得するの。例えば、超優秀な私なんかは、まず宴会芸スキルを全部習得し、それからアークプリーストの全魔法も習得したわ」


「……宴会芸スキルって何に使うものなんだ?」


 アクアは俺の質問を無視して先を続ける。


「スキルは、職業や個人によって習得できる種類が限られてくるわ。例えば水が苦手な人は氷結や水属性のスキルを習得する際、普通の人よりも大量のポイントが必要だったり、最悪、習得自体ができなかったり。……で、爆発系の魔法は複合属性って言って、火や風系列の魔法の深い知識が必要な魔法なの。つまり、爆発系の魔法を習得できるくらいの者なら、他の属性の魔法なんて簡単に習得できるはずなのよ」


「爆裂魔法なんて上位の魔法が使えるなら、下位の他の魔法が使えない訳が無いって事か。……で、宴会芸スキルってのは何時どうやって使うものなんだ?」


 俺の背中で、めぐみんがぽつりと呟いた。


「……私は爆裂魔法をこよなく愛するアークウィザード。爆発系統の魔法が好きなんじゃないです。爆裂魔法だけが好きなのです」


 そもそも、爆発魔法と爆裂魔法って何が違うんだ?


 その意味は俺には分からないが、アクアは真剣な面持ちでめぐみんの独白に耳を傾けている。

 いや、そんな事よりも、俺はすでに宴会芸スキルとやらの方が気になっているんだが。


「もちろん他のスキルを取れば楽に冒険ができるでしょう。火、水、土、風。この基本属性のスキルを取っておくだけでも違うでしょう。……でも、ダメなのです。私は爆裂魔法しか愛せない。たとえ今の私の魔力では一日一発が限界でも。たとえ魔法を使った後は倒れるとしても。それでも私は、爆裂魔法しか愛せない! だって、私は爆裂魔法を使うためだけに、アークウィザードの道を選んだのですから!」


「素晴らしい! 素晴らしいわ! その、非効率ながらもロマンを追い求めるその姿に、私は感動したわ!」


 ……まずい、どうもこの魔法使いはダメな系だ。


 よりによってアクアが同調しているのがその証拠だ。

 俺はここ二回のカエルとの戦いで、どうもこの女神、ちっとも使えないんじゃないかと疑っているのだ。


 はっきり言って、アクア一人でも厄介なのにこれ以上問題児は……。

 よし、決めた。


「そっか。多分茨の道だろうけど頑張れよ。お、そろそろ街が見えてきたな。それじゃあ、ギルドに着いたら今回の報酬を山分けにしよう。うん、まあ、また機会があればどこかで会う事もあるだろ」


 その言葉に、俺を摑んでいるめぐみんの手に力が込められた。


「ふ……。我が望みは、爆裂魔法を放つ事。報酬などおまけに過ぎず、なんなら山分けでなく、食事とお風呂とその他雑費を出して貰えるなら、我は無報酬でもいいと考えている。そう、アークウィザードである我が力が、今なら食費とちょっとだけ! これはもう、長期契約を交わすしかないのではないだろうか!」


「いやいや、その強力な力は俺達みたいな弱小パーティーには向いてない。そう、めぐみんの力は俺達には宝の持ち腐れだ。俺達の様な駆け出しは普通の魔法使いで十分だ。ほら、俺なんか最弱職の冒険者なんだからさ」


 俺はそう言いながら、ギルドに着いたらすぐに追い出せるように、必死でしがみついてくるめぐみんの手を緩めようとする。


 が、その俺の手をめぐみんが摑んで放さない。


「いえいえいえ、弱小でも駆け出しでも大丈夫です。私は上級職ですけどまだまだ駆け出し。レベルも6ですから。もう少しレベルが上がればきっと魔法使っても倒れなくなりますから。で、ですから、ね? 私の手を引き剝がそうとしないで欲しいです」


「いやいやいやいや、一日一発しか使えない魔法使いとか、かなり使い勝手悪いから。くっ、こいつ魔法使いのくせに意外な握力をっ……! お、おい放せ、お前多分ほかのパーティーにも捨てられた口だろ、というかダンジョンにでも潜った際には、爆裂魔法なんて狭い中じゃ使えないし、いよいよ役立たずだろ。お、おい放せって。ちゃんと今回の報酬はやるから! 放せ!」


「見捨てないでください! もうどこのパーティーも拾ってくれないのです! ダンジョン探索の際には、荷物持ちでも何でもします! お願いです、私を捨てないでください!」


 背中から離れようとしないめぐみんが、捨てないでだのと大声で叫ぶためか、通行人達がこちらを見てひそひそと話をしていた。

 すでに街中に入っているため、見てくれだけは良いアクアもいるせいか、やたら目立つ。


「──やだ……。あの男、あの小さい子を捨てようとしてる……」


「──隣には、なんか粘液まみれの女の子を連れてるわよ」


「──あんな小さい子を弄んで捨てるなんて、とんだクズね。見て! 女の子は二人ともヌルヌルよ? 一体どんなプレイしたのよあの変態」


 ……間違いなくあらぬ誤解を受けている。


 アクアがそれを聞いてにやにやしているのが憎たらしい。

 そして、めぐみんにもそれが聞こえた様で。


 俺が肩越しにめぐみんを見ると、めぐみんは口元をにやりと歪め……。


「どんなプレイでも大丈夫ですから! 先程の、カエルを使ったヌルヌルプレイだって耐えてみせ」


「よーし分かった! めぐみん、これからよろしくな!」


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