1-5


 翌日の、冒険者ギルドにて。


「……………………来ないわね……」


 アクアが寂しそうに呟いた。


 求人の張り紙を出した俺達は、冒険者ギルドの片隅にあるテーブルで、すでに半日以上も未来の英雄候補様を待ち続けている。


 どうやら、張り紙が他の冒険者に見てもらえていない訳ではないらしい。

 俺達以外にもパーティー募集をしている冒険者はそこそこいる。だがその人達は次々と面接をして、何やら談笑した後どこかに連れだって行った。


 誰も来ない理由は分かっている。


「……なあ、ハードル下げようぜ。目的は魔王討伐だから、仕方ないっちゃ仕方ないんだが……。流石に、上級職のみ募集してますってのは厳しいだろ」


「うう……。だってだって……」


 この異世界の冒険者としての職には、上級職というものがある。

 アクアが就いた、アークプリーストもその上級職の一つだ。

 普通の人間ではそうそう就けない、言ってみれば勇者候補だ。

 当然、そんな勇者候補は既に他のパーティーで優遇されている訳で……。

 アクアは、魔王討伐のためにできるだけ強力な人材で固めたいところなのだろう。


 だが……。


「このままじゃ一人も来ないぞ? 大体、お前は上級職かも知れんが俺は最弱職なんだ。周りがいきなりエリートばかりじゃ俺の肩身が狭くなる。ちょっと、募集のハードル下げて……」


 俺がそう言って、立ち上がろうとした時だった。


「上級職の冒険者募集を見て来たのですが、ここで良いのでしょうか?」


 どことなく気怠げな、眠そうな赤い瞳。

 そして、黒くしっとりとした質感の、肩口まで届くか届かないかの長さの髪。

 俺達に声をかけてきたのは、黒マントに黒いローブ、黒いブーツに杖を持ち、トンガリ帽子まで被った、典型的な魔法使いの少女だった。


 まるで人形の様に整った顔をした──ロリっ子──である。


 この世界では、子供が働いているのも別に珍しくは無いようだが……。


 どう考えても12~13歳くらいにしか見えない、片目を眼帯で隠した小柄で細身なその少女は、突然バサッとマントを翻し、


「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者……!」


「…………冷やかしに来たのか?」


「ち、ちがわい!」


 女の子の自己紹介に思わず突っ込んだ俺に、その子は慌てて否定する。

 いや、めぐみんってなんだ。


「……その赤い瞳。もしかして、あなた紅魔族?」


 アクアの問いにその子はこくりと頷くと、アクアに自分の冒険者カードを手渡した。


「いかにも! 我は紅魔族随一の魔法の使い手、めぐみん! 我が必殺の魔法は山をも崩し、岩をも砕く……! ……という訳で、優秀な魔法使いはいりませんか? ……そして図々しいお願いなのですが、もう三日も何も食べていないのです。できれば、面接の前に何か食べさせては頂けませんか……」


 めぐみんは、そう言って悲しげな瞳でじっと見てきた。

 それと同時に、めぐみんの腹の辺りからキューと切ない音が鳴る。


「……飯を奢るぐらい構わないけどさ。その眼帯はどうしたんだ? 怪我でもしているのなら、こいつに治してもらったらどうだ?」


「……フ。これは、我が強大なる魔力を抑えるマジックアイテムであり……。もしこれが外される事があれば……。その時は、この世に大いなる災厄がもたらされるだろう……」


「へえー……。封印みたいなものか」


「まあ噓ですが。単に、オシャレで着けているただの眼帯……、あっあっ、ごめんなさい、止めて下さい引っ張らないでください!」


「……ええと。カズマに説明すると、彼女達紅魔族は、生まれつき高い知力と強い魔力を持ち、大抵は魔法使いのエキスパートになる素質を秘めているわ。紅魔族は、名前の由来となっている特徴的な紅い瞳と……。そして、それぞれが変な名前を持っているの」


 めぐみんの眼帯を引っ張っている俺に、アクアが言った。


 ……なるほど。名前といい眼帯といい、俺をからかっているのかと思った。

 眼帯を解放され、気を取り直しためぐみんは。


「変な名前とは失礼な。私から言わせれば、街の人達の方が変な名前をしていると思うのです」


「……ちなみに、両親の名前を聞いてもいいか?」


「母はゆいゆい。父はひょいざぶろー」


「「…………」」


 思わず沈黙する俺とアクア。


「…………とりあえず、この子の種族は質のいい魔法使いが多いんだよな? 仲間にしてもいいか?」


「おい、私の両親の名前について言いたい事があるなら聞こうじゃないか」


 俺に顔を近付けてくるめぐみんに、アクアが冒険者カードを返す。


「いーんじゃない? 冒険者カードは偽造できないし、彼女は上級職の、強力な攻撃魔法を操る魔法使い、アークウィザードで間違いないわ。カードにも、高い魔力値が記されてるし、これは期待できると思うわ。もし彼女の言う通り本当に爆裂魔法が使えるのなら、それは凄い事よ? 爆裂魔法は、習得が極めて難しいと言われる爆発系の、最上級クラスの魔法だもの」


「おい、彼女ではなく、私の事はちゃんと名前で呼んで欲しい」


 抗議してくるめぐみんに、俺は店のメニューを手渡した。


「まあ、何か頼むといいよ。俺はカズマ。こいつはアクアだ。よろしく、アークウィザード」


 めぐみんは何か言いたそうな顔をしながら、無言でメニューを手に取った。

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