1-3


 雲一つない、晴れやかな青空の下。


「ああああああああ! 助けてくれ! アクア、助けてくれえええええ!」


「プークスクス! やばい、超うけるんですけど! カズマったら、顔真っ赤で涙目で、超必死なんですけど!」


 よし、こいつは後で埋めて帰ろう。


 俺はそう決心し、巨大なカエル型モンスター、ジャイアントトードに追いかけられながら、助けを求めて逃げ回っていた。


 街の外に広がる広大な平原地帯。

 ギルドで早速クエストを請けた俺達は、ここに来たのだが……。

 必要最低限の武器として、俺はショートソードを。

 アクアはと言えば、女神が必死に武器を振るうとか絵にならないとバカな事を口走り、現在無装備でのん気に、カエルに追われる俺を眺めていた。


 こいつらは、たかがカエルと侮れない。


 その体軀は牛を超える巨大さで、繁殖の時期になると、産卵のための体力を付けるため、エサの多い人里にまで現れ、農家の飼っている山羊を丸吞みにするらしい。

 山羊を丸吞みと言うのだから、俺やアクアもひとたまりもない。

 実際に、毎年このカエルの繁殖期には人里の子供や農家の人が行方不明になるそうだ。


 見た目はただの巨大なカエル。

 だが、街の近隣で駆除された、弱っちいモンスターとは比較にならない程に危険視されているモンスター。

 ちなみに、その肉は多少の硬さはあるが、淡白でサッパリしていて食材として大変喜ばれるらしい。

 分厚い脂肪が、打撃系の攻撃を防ぐとの事。

 金属を嫌うため、装備さえしっかりと調っていれば捕食される事もなく、そこそこの冒険者にとっては余裕の相手となるらしい。


 なので、腕のいい冒険者は、こいつらを好んで狩るというのだが……。


「アクアー! アクアー!! お前いつまでも笑ってないで助けろよおおおおおおお!」


「まずは、この私をさん付けするところから始めてみましょうか」


「アクア様ー!」


 あいつは後で、首から下を地面に埋めて、カエルに狙われる恐怖を味わわせてやろう。


 俺は半泣きになりながら、俺の後ろを飛び跳ねて追いかけてくるカエルを見る。

 だがカエルは、すでに逃げ回る俺とは違う方向を向いていた。


 その視線の先には…………。


「しょうがないわねー! いいわ、助けてあげるわよヒキニート! その代わり、明日からはこの私を崇めなさい! 街に帰ったらアクシズ教に入信し、一日三回祈りを捧げる事! ご飯の際には、私が頂戴って言ったおかずを抵抗せずに素直に寄越す事! そしてひゅぐっ!?」


 ふんぞり返りながら何かを言っていたアクアが姿を消した。


 ふと見ると、俺を追いかけていたカエルの動きが止まっている。

 そのカエルの口の端からは、ぷらんと白い物が生えている。


 その白いのは……。


「アクアー! おま、お前、食われてんじゃねえええええ!」


 カエルに食われたアクアの足が、カエルの口の端から覗き、ビクンビクンと震えている。

 俺はショートソードを抜くと、カエルへ向かって駆け出した!



「ぐすっ……、うっ、うええええええええっ……、あぐうっ……!」


 俺の前には、地面に膝を抱えてうずくまり、カエルの粘液でねちょねちょになって泣くアクアの姿。

 その隣には、俺に頭を砕かれたカエルが横たわっていた。


「ううっ……ぐずっ……あ、ありがど……、カズマ、あ、ありがどうね……っ! うわああああああああああんっ…………!」


 カエルの口から引っ張り出されたアクアは先ほどから泣きじゃくっている。

 流石の女神も、捕食は応えたらしい。


「だ、大丈夫かアクア、しっかりしろ……、その、今日はもう帰ろう。請けたクエストは、三日の間にカエル五匹の駆除だけど、これは俺達の手に負える相手じゃない。もっと、装備を調えてからにしよう。俺なんて、武器はショートソード一本、防具すら無くジャージのままだ。せめて、冒険者に見える格好になってからにしよう」


 正直言って、ド素人の俺がカエルを仕留められたのも、アクアを捕食したカエルが獲物を飲み込もうと、その動きを止めていた事が大きかった。

 元気に俺に向かって襲いかかるカエルに、正面から立ち向かっていく勇気は無い。


 だがアクアは、粘液でヌラヌラと体中をテカらせながらも立ち上がる。


「ぐすっ……。女神が、たかがカエルにここまでの目に遭わされて、黙って引き下がれるもんですか……っ! 私はもう、汚されてしまったわ。今の汚れた私を信者が見たら、信仰心なんてダダ下がりよ! これでカエル相手に引き下がったなんて知れたら、美しくも麗しいアクア様の名が廃るってものだわ!」


 心配するな。日頃大喜びでおっさん達の数倍の荷物を運んで汗を流し、風呂上がりの晩飯を何より楽しみにし、馬小屋の藁の中で俺の隣でよだれを垂らして気持ちよく寝るあの姿を見れば、今の粘液まみれの姿なんて今更だ。


 だがアクアは、俺が止める間も無く、離れた場所にいたカエルに向かって駆け出した。


「あっ! おい、待てアクア!」


 俺の制止も聞かず、アクアはカエルとの距離を詰め、駆ける勢いそのままに、拳に白い光を宿らせてカエルの腹に殴りかかった。


「神の力、思い知れ! 私の前に立ち塞がった事、そして神に牙を剝いた事! 地獄で後悔しながら懺悔なさい! ゴッドブローッ!」


 確か、ギルドの職員からは、打撃系の攻撃はあまり効果が無いと聞いていたのだが。

 ぶよんとカエルの柔らかい腹に拳がめり込み、そして殴られたカエルは、まるで何事もなかったかの様に……。


 カエルと見つめ合ったままアクアが呟く。


「……カ、カエルって、よく見ると可愛いと思うの」



 …………俺は、捕食した獲物を飲み込もうとして動かなくなった、本日二匹目になるカエルを倒し、粘液まみれで泣きじゃくる女神を連れ、今日の討伐を終えた。


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