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「おーし、ご苦労さーん! 今日はこれで上がっていいぞ! ほら、今日の日当だ」


「どうもです。お疲れっしたー!」


「したー!」


 親方の仕事の終了の声で、俺とアクアは日当を受け取ると挨拶と共に頭を下げる。


「じゃあ、皆さんお先でーす!」


「でーす!」


「おーう、お疲れ! また明日も頼むな!」


 俺が先輩達に挨拶すると、アクアも俺に続いて挨拶する。

 先輩の声を聞きながら、俺とアクアは現場を後にした。


 ああ、今日も一日働いた。


 俺が引き篭もりだったなんて自分でも信じられない話だ。


 俺とアクアはその日の日当を握り締め、街の大衆浴場に向かう。

 大衆浴場は日本の銭湯とほぼ変わりは無い。

 日本に比べれば、一般の人の平均賃金に換算すると入浴料は割高だが、仕事終わりの風呂はちょっと高くてもやめられない。


「あー……。生き返るわー…………」


 熱い湯船に肩まで浸かり、仕事の疲れをゆっくり癒やす。

 中世っぽい所だし、異世界では風呂なんて贅沢品だと思っていたが、俺の勝手な思い込みだった様だ。


 ありがてえありがてえ……!


 風呂から上がると、アクアが浴場の入り口で待っていてくれた。

 女より長風呂なのもどうかと思うが、こればかりは風呂好き日本人の性だ。


「今日は何食べる? 私、スモークリザードのハンバーグがいい。あとキンキンに冷えたクリムゾンネロイド!」


「俺も肉がいいな。それじゃ、宿屋のおっちゃんにスモークリザードのハンバーグ定食二人前頼むか」


「異議なし!」


 アクアと二人、定食を平らげて満足すると、特にやる事もないし馬小屋に。

 馬糞が付いていない藁を選んで寝床を作ると、早々と横になった。

 俺の隣には当たり前の様にアクアが寝転がる。


「じゃあ、お休みー」


「おう、お休み。……ふう。今日もよく働いたなあ……」



 そして俺は、心地よい疲れと共に、深い眠りへと…………。




「いや、待ってくれ」


 俺はムクリと身を起こした。


「どうしたの? 寝る前のトイレ行き忘れた? 暗いし付いて行ってあげようか?」


「いらんわ。いやそうじゃなくてな。俺達、何で当たり前の様に普通に労働者やってんだって思ってさ」


 そう。


 俺とアクアはここ二週間、ずっと街の外壁の拡張工事の仕事をしていた。

 つまりは土木工事の作業員。


 俺がこの世界に求めていた、冒険者稼業なんて物とは程遠い。


 いや、というかなんでアクアは何の疑問もなくこの生活に馴染んでんだ。


 お前は一応女神だろ。


「そりゃ、仕事しなきゃご飯も食べられないでしょ? 工事の仕事は嫌なの? 全く、これだからヒキニートは。一応、商店街の売り子とかの仕事もあるけど?」


「そうじゃねえ! そうじゃなくて、俺が求めてるのはこう、モンスターとの手に汗握る戦闘! みたいな! そもそも、この世界は魔王に攻められててピンチなんじゃなかったのかよ!? 平和そのものじゃねーか、魔王の魔の字もないぞ、コラッ!」


 熱くなり、つい大声になる俺達の声に周りから罵声が飛んだ。


「おい、うるせーぞ! 静かに寝ろ!」


「あっ、すいません!」


 駆け出しの冒険者は貧乏だ。


 宿に部屋をとって毎日寝泊まりとか、普通はありえない。

 一般的には、他の冒険者達とお金を出し合って大部屋で雑魚寝とか。

 今の俺達の様に、宿の馬小屋を借りて藁の上で寝るとからしい。


 うん、想像してた異世界暮らし、期待していた冒険者生活と全然違う。


 宿暮らしって事は、日本で言えば毎日ホテルで寝泊まりする様なものだ。

 収入が不安定な冒険者には到底無理な話だ。


 ……そう、収入が不安定なのだ。


 ゲームに出てくる様な、簡単な薬草採取だの、街の近くでのモンスター討伐だのといった《クエスト》なんて一つも無かった。


 モンスターを適当に倒せばお金が湧いて出る訳ではないのだ。


 街の近くの森に住んでいたモンスターは、とっくの昔に軒並み駆除されたらしい。

 モンスターもいない安全な森の中、採取クエストなんてものをわざわざお金を出してまで人に頼む者もほとんどいない。


 そりゃそうだ。



 街の外には子供だって普通に出るだろう。

 門番もいるが、蟻の子一匹出入りさせないなんて警備をずっと続けるより、それ程巨大な森でないならとっとと人に害をなすモンスターを駆除すればいい話だ。


 言われてみれば当たり前だが、そんな現実的な事はあまり知りたくなかった。


 素人に毛が生えた程度の冒険者でも簡単に見分けが付く様な薬草だのを、森に入って半日ほど採取しただけで、その日のホテル代と三食分の金が稼げる。


 現実には、そんなおいしい仕事がある訳もないってか。

 考えてみれば、地球でも裕福な国である日本ですら、ホテル暮らしの日雇い労働者なんていないだろう。


 最低賃金? 労働基準法? なにそれおいしいの?

 ここは、そんな異世界だ。


「わ、私に言わないでよそんな事。ここは魔王の城から一番遠い街なのよ? こんな辺境の、しかも駆け出し冒険者しかいない街なんて、わざわざ襲いに来ないわよ。……つまりカズマは、冒険者らしく冒険したいって事? まだロクな装備が調ってもいないのに?」


 アクアの真っ当な意見にぐうの音も出ない。

 そう、俺とアクアは、必要最低限の冒険用の道具や装備すら持っていない。まずはそれらを手に入れるためとばかりに、安全な土木作業のバイトに勤しんでいたのだが。


「そろそろ土木作業ばっかやるのも飽きたんだよ……。俺、労働者やりに異世界に来たんじゃないぞ。パソコンもゲームも無い世界だけど、俺は冒険するためにここに来たんだ。魔王を討伐するためにここに送られてきたんだろ、俺は?」


 俺の言葉に、なんの話だ? といった顔でしばし考え込んでいたアクアは、


「おおっ! そういえばそんな話もあったわね。そうよ、労働の喜びに夢中になって忘れてたけど、カズマに魔王を倒して貰わないと、帰れないじゃないの」


 すっとぼけた返事に、そういやこいつは受付のお姉さんに、知力のステータスが人より低いって言われてたなと納得する。


「いいわ、討伐行きましょう討伐! 大丈夫、この私がいるからにはサクッと終わるわよ! 期待して頂戴!」


「な、なんかもの凄く不安だが……。そうだよな、お前女神だもんな。頼りにしてるぞ! おし、それじゃ、貯まった金で最低限の武具を揃えて、明日はレベル上げだ!」


「任せて頂戴!」


「うるせーってんだろこらっ! しばかれてーのか!」


「「すいません!」」



 他の冒険者に謝りながらも、俺は心を躍らせて眠りに就いた。


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