第一章「この自称女神と異世界転生を!」

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 石造りの街中を、馬車が音を立てながら進んでいく。


「……異世界だ。……おいおい、本気で異世界だ。え、本当に? 本当に、俺ってこれからこの世界で魔法とか使ってみたり、冒険とかしちゃったりすんの?」


 俺は目の前に広がる光景に、興奮で震えながらも呟いた。

 そこは、レンガの家々が立ち並ぶ、中世ヨーロッパのような街並み。

 車やバイクは走っておらず、電柱も無ければ電波塔も無い。


「あ……ああ……ああああ…………」


 俺はキョロキョロと街中を見渡して、行き交う人々を観察した。


「獣耳だ! 獣耳がいる! エルフ耳! あれエルフか!? 美形だし、エルフだよな! さようなら引き篭もり生活! こんにちは異世界! この世界なら、俺、ちゃんと外に出て働くよ!」


「ああああ…………ああああああ…………あああああああああああ!」


 俺は隣で頭を抱えて叫び声を上げているアクアの方を振り向いた。


「おいうるさいぞ。俺まで頭のおかしい女の仲間だって思われたらどうするんだよ。それより、こういった時には俺に渡す物とかあるだろ? ほれ、見ろよ今の俺の格好。ジャージだよ? せっかくのファンタジー世界にジャージ一丁ですわ。ここはゲームとかで恒例の、必要最低限の初期装備とかを……」


「ああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!!」


 叫ぶと同時、女神は泣きながら俺に摑みかかってきた。


「うおっ! な、なんだよ、やめろ! 分かったよ、初期装備は自分でなんとかするよ。というか、悪かったって! そんなに嫌ならもういいよ、帰ってもらって。後は自分で何とかしてみるから」


 涙目で俺の首を絞めようとするアクアの手を振り払うと、面倒臭そうにシッシと手を払う。


 すると、アクアは手を戦慄かせた。


「あんた何言ってんの!? 帰れないから困ってるんですけど! どうすんの!? ねえ、どうしよう! 私これからどうしたらいい!?」


 アクアは泣きながら取り乱し、頭を抱えてバタバタしていた。


 腰まで届く長い髪を振り乱し、なんというかもう、黙っていれば凄い美少女なのにこれではどう見ても痛い女だ。いや、正直見てられない。


「おい女神、落ち着け。こういう時の定番はまず酒場だ。酒場に行って情報収集から始めるもんだ。それがロールプレイングゲームでの定番だ」


「なっ……! ゲームオタクの引き篭もりだったはずなのに、なぜこんなに頼もしいの? あ、カズマ、私の名前はアクアよ。女神様って呼んでくれてもいいけれど、できればアクアって呼んで。でないと人だかりができて魔王討伐の冒険どころじゃなくなっちゃうわ。住む世界は違っても、一応私、この世界で崇められてる神様の一人なの」



 アクアはそう言って、自信満々な俺の後ろをバタバタとついて来る。


 さて、こういった時には魔王に対抗するための冒険者組合だとか、モンスター討伐のための冒険者ギルドとかがあるはずだ。

 というか、よく考えたらアクアは女神なんだし、こいつに色々聞けばいいんじゃないか。


「アクア、とりあえず冒険者ギルドの場所だ。どこに行けばいいんだ?」


 俺がアクアに尋ねると、アクアはキョトンとした表情で。


「……? 私にそんな事聞かれても知らないわよ。私はこの世界の一般常識は知っていても、街の事なんかは分からないし。というか、ここは大量にある異世界の中の一つの星、更にその中の小さな街の一つよ? そんなものいちいち知る訳ないでしょ?」



 こいつ使えねえ。



 しかたないので、俺は通りすがりのおばさんに尋ねる。

 男性に聞くのはガラの悪い相手だと厄介だし、若い女性だと俺のチキンハートには難易度が高い。


「すいませーん、ちょっといいですか? 冒険者ギルド的なものを探してるんですが……」


「ギルド? あら、この街のギルドを知らないなんて、ひょっとして他所から来た人かしら?」


 おばさんの言葉に、やはりギルドがあったかと安心する。


「いやあ、ちょっと遠くから旅してきたもので。ついさっき、この街に着いたばかりなんですよ」


「あらあら……。この街に来るって事は、冒険者を目指している方かしら。駆け出し冒険者の街、アクセルへようこそ。ここの通りを真っ直ぐ行って右に曲がれば、看板が見えてくるわ」


「真っ直ぐ行って右ですね。どうも、ありがとうございました! ……ほら、行くぞ」


 駆け出し冒険者の街か。

 なるほど。死んだ人間を異世界へ送る際のスタート地点としては、理想的な場所だ。


 おばさんに礼を言い、教わった道を歩いて行くと、後ろをちょろちょろついて来るアクアが、ちょっと尊敬の眼差しを交えながら感嘆の声を上げた。


「ねえ、あの咄嗟の言い訳とか、なんでそんなに手際がいいの? こんなにできる男な感じなのに、なんで彼女も友人もいない引き篭もりのオタクだったの? なんで毎日閉じ篭もってヒキニートなんかやってたの?」


「彼女や友人がいないのは別に悪い事じゃない。友人の数や恋人の有る無しで人の価値は計れない。あとヒキニートは止めろクソビッチ。引き篭もりとニートを足すな、俺はまだ十六歳だ。世間で言えばまだニート呼ばわりされる年じゃない。……あそこか」


 クソビッチ呼ばわりされたアクアが首を絞めてくるが、それを無視し、冒険者ギルドに入っていく。



 ──冒険者ギルド──



 ゲームに必ず出てくる、冒険者に仕事を斡旋したり、もしくは支援したりする組織。

 つまり異世界のハロワ的な存在だ。

 そこはかなり大きな建物で、中からは食べ物の匂いが漂っていた。

 中にはきっと、荒くれがいるのだろう。

 新参者を見て、いきなり絡んでくるかも知れない。


 そんな覚悟をしながら中に入ると……。


「あ、いらっしゃいませー。お仕事案内なら奥のカウンターへ、お食事なら空いてるお席へどうぞー!」


 短髪赤毛のウェイトレスのお姉さんが、愛想よく出迎えた。

 どことなく薄暗い店内は、酒場が併設されている様だ。

 そこかしこに鎧を着た連中がたむろしているが、特にガラの悪そうな人は見当たらない。

 だが、やはり新参者は珍しいのかやけに注目を集めている。


 ……と、俺はその原因に気がついた。


「ねえねえ、いやに見られてるんですけど。これってアレよ、きっと私から滲み出る神オーラで、女神だってバレてるんじゃないかしら」


 このすっとぼけた事を言う女神の容姿。

 黙っていれば美少女なこいつが目を惹いているのだろう。

 とりあえず視線は無視して、当初の目的を遂行しよう。


「……いいかアクア、登録すれば駆け出し冒険者が生活できる様に色々チュートリアルしてくれるのが冒険者ギルドだ。冒険支度金を貸してくれたり、駆け出しでも食っていける簡単なお仕事を紹介してくれ、オススメの宿も教えてくれるはず。ゲーム開始時は大概そんなもんだ。本来なら、この世界で最低限生活できる物を用意してくれるってお前の仕事だと思うんだけど……。まあいい。今日は、ギルドへの登録と装備を揃えるための軍資金入手、そして泊まる所の確保まで進める」


「知らないわよそんなもの。私の仕事は、死んだ人をこの世界に送る事だもの。でも、分かったわ。ゲームは知らないけど、こういった世界での常識やお約束ってヤツね。私も冒険者として登録すればいいのね?」


「そういう事だ。よし、行こう」


 俺はアクアを引き連れ、真っ直ぐカウンターへと向かう。


 受付は四人。

 その内二人は女性職員。

 俺はその女性職員の内、より美人な方の受付の列に行く。


「……ねえ、他の三つの受付が空いてるのに、何でわざわざここに来たの? 他なら待たなくてもいいのに。……あ、受付が一番美人だからね? 全く、ちょっと頼りがいがあると感心した矢先にこれですか?」


 俺の後にくっ付いてきた何も分かっていないアクアに、俺は小さな声で教えてやった。


「ギルドの受付の人と仲良くなっておくのは基本だ。そして、美人な受付のお姉さんとは色々なフラグが立つ。今後、あっと驚く隠し展開とかが待ってる訳だ。お姉さんが、元は凄腕冒険者だった、とかな」


「……そういえば、漫画とかでもそういった話を聞いた事があるわね。ごめんね、素直にここに並んでおくね」


 他が空いてるのに、わざわざ行列に並ぶ俺達を、他の受付の人がチラチラ見ているがここは無視だ。

 やがて俺達の番がやって来る。


「はい、今日はどうされましたか?」


 受付の女の人はおっとりした感じの美人だ。

 ウェーブのかかった髪と巨乳が大人の女性の雰囲気をかもしだしていた。


「えっと、冒険者になりたいんですが、田舎から来たばかりで何も分からなくて……」


 田舎から来たとか遠い外国から来たとか言っておけば、受付が勝手に色々教えてくれる。


「そうですか。えっと、では登録手数料が掛かりますが大丈夫ですか?」


 そう、それがチュートリアルの基本だ。

 後は受付の人の言う事に従っていけば……。


 …………登録手数料?


「……おいアクア、金って持ってる?」


「あんな状況でいきなり連れてこられて、持ってる訳無いでしょ?」


 ……なんてこった、こういう時って、最初のお金は貸してくれたり後払いにできないのか?

 一旦受付から離れ、アクアと作戦会議をする。


「……おい、どうしようか。いきなりつまずいた。ゲームだと、普通は最低限の装備が手に入ったり、生活費だってどうにか手に入るものなんだけど」


「いきなり頼りがいが無くなったけど、まあしょうがないわね。引き篭もりなんだし。いいわ、次は私の番ね、まあちょっと見てなさいな。女神の本気を見せてあげるわ」


 神官衣とでも言うのだろうか。野暮ったい、ダラッとした服を着た、プリーストが座っている。


 アクアは、自信たっぷりにその男に近づいて行き、


「そこのプリーストよ、宗派を言いなさい! 私はアクア。そう、アクシズ教団の崇めるご神体、女神アクアよ! 汝、もし私の信者ならば……! ……お金を貸してくれると助かります」


 上からなのか下からなのか、よく分からない態度で金をせびった。


「…………エリス教徒なんですが」


「あ、そうでしたか、すいません……」


 よく分からないが、違う宗派だったらしい。

 アクアが寂しそうにトボトボと帰ろうとすると、そのプリーストが呼び止めた。


「あー……。お嬢さん、アクシズ教徒なのか。お伽話になるが、女神アクアと女神エリスは先輩後輩の間柄らしい。これも何かの縁だ、さっきから見てたが、手数料が無いんだろ? それぐらいなら持って行きな。エリス様の御加護ってやつだ。でも、いくら熱心な信者でも女神を名乗っちゃいけないよ」


「あ……。はい、すいません……。ありがとうございます……」


 お金を貰い、死んだ魚のような目をしたアクアが帰ってきた。


「あはは……女神だって信じてもらえなかったんですけど。……ついでに言うと、エリスは私の後輩の女神なんですけど。……私、後輩女神の信者の人に、同情されてお金貰っちゃったんですけど……」


「ま、まあ結果オーライって事でいいじゃないか。ほら、女神って信じられたら、それはそれで困った事になるだろうし!」


 何か大切な物を失った様な顔で帰ってきたアクアを、俺は適当に励ますと。


「ええっと……。登録料持って来ました」


「は……はあ……。登録料はお一人千エリスになります……」


 アクアがプリーストから貰った金が三千エリス。

 アクアの話では、一エリス一円換算らしいので、三千円相当を貰ってきた訳だ。


 俺達の騒ぎに全く干渉しないどころか、俺やアクアとあまり目を合わせたがらない受付のお姉さん。

 どうやら、俺はスタート地点でこのお姉さんとのフラグをへし折ってしまった様だ。


「では。冒険者になりたいと仰るのですから、お二人ともある程度理解しているとは思いますが、改めて簡単な説明を。……まず、冒険者とは街の外に生息するモンスター……。人に害を与えるモノの討伐を請け負う人の事です。とはいえ、基本は何でも屋みたいなものです。……冒険者とはそれらの仕事を生業にしている人達の総称。そして、冒険者には、各職業というものがございます」


 きたきた、そうだよこれだよ。


 冒険者といえばこれだ。職業、ジョブ、クラスでも、呼び名は何でもいいけれど、ここでの戦闘スタイルを選ぶ訳だ。

 戦士だのといった地味そうなヤツより、魔法使いみたいな派手なのがいいよな。

 受付のお姉さんが、俺とアクアの前にそれぞれカードを差し出した。

 免許証ぐらいの大きさのそれは、見た感じ身分証みたいに見える。


「こちらに、レベルという項目がありますね? ご存知の通り、この世のあらゆるモノは、魂を体の内に秘めています。どの様な存在も、生き物を食べたり、もしくは殺したり。他の何かの生命活動にとどめを刺す事で、その存在の魂の記憶の一部を吸収できます。通称、経験値、と呼ばれるものですね。それらは普通、目で見る事などはできません。しかし……」


 お姉さんが、カードの一部を指差した。


「このカードを持っていると、冒険者が吸収した経験値が表示されます。それに応じて、レベルというものも同じく表示されます。これが冒険者の強さの目安になり、どれだけの討伐を行ったかもここに記録されます。経験値を貯めていくと、あらゆる生物はある日突然、急激に成長します。俗に、レベルアップだの壁を越えるだのと呼ばれていますが……。まあ要約すると、このレベルが上がると新スキルを覚えるためのポイントなど、様々な特典が与えられるので、是非頑張ってレベル上げをして下さいね」


 その言葉に、俺はアクアの言っていた事を思い出す。


「あなた、ゲームは好きでしょ?」と。


 なるほどな。今までの説明を聞く限り、まんまゲームだ。


「まずはお二人とも、こちらの書類に身長、体重、年齢、身体的特徴等の記入を願います」


 受付のお姉さんが差し出した書類に、俺は自分の特徴を書いていく。

 身長165センチ、体重55キロ。年は16、茶髪に茶色目……。


「はい、結構です。えっと、ではお二人とも、こちらのカードに触れてください。それであなた方のステータスが分かりますので、その数値に応じてなりたい職業を選んでくださいね。経験を積む事により、選んだ職業によって様々な専用スキルを習得できる様になりますので、その辺りも踏まえて職業を選んでください」


 おっと、早速きたな。

 ここで俺の凄まじい潜在能力が発揮されて、ギルド内が騒ぎになったりする訳だ。

 俺は内心緊張しながら、淡い期待を込めてカードに触れた。


「……はい、ありがとうございます。サトウカズマさん、ですね。ええと……。筋力、生命力、魔力に器用度、敏捷性……、どれも普通ですね。知力がそこそこ高い以外は……、あれ? 幸運が非常に高いですね。まあ、冒険者に幸運ってあんまり必要ない数値なんですが……。でもどうしましょう、これだと選択できる職業は基本職である《冒険者》しかないですよ? これだけの幸運があるなら、冒険者稼業はやめて、商売人とかになる事をオススメしますが……。よろしいのですか?」


 おい、いきなり冒険者人生否定されたぞ、どうなってんの。

 隣でニマニマと笑みを浮かべているアクアを引っ叩きたい。

 俺が弱いと、お前だって困るんだぞ。


「え、ええと、その、冒険者でお願いします……」


 お姉さんが心配そうな顔で。


「ま、まあ、レベルを上げてステータスが上昇すれば転職が可能ですし! それに、この冒険者という職業は、冒険者という総称が指す様に、あらゆる職業をまとめたと言いますか……。ええ、初期の職業だからって悪い事は無いですよ? なにせ、全ての職業のスキルを習得し、使う事ができますから!」


「その代わり、スキル習得には大量のポイントが必要になるし、職業の補正も無いから同じスキル使っても本職には及ばないんだけどね。器用貧乏みたいな」


 フォローを入れるお姉さんの言葉に二秒で水を差すアクア。

 こいつ、本当にどっかに捨ててこようか。

 どうやら、俺は基本職というか、初期クラスというか。

 ともかく、最弱職に就いたらしい。

 それでも、これで俺はゲームの世界に出てくる様な冒険者だ。


 ちょっと感慨深く、俺の名前と共に、職業冒険者と記されたカードを手に取ると……。


「はっ!? はああああっ!? 何です、この数値!? 知力が平均より低いのと、幸運が最低レベルな事以外は、残り全てのステータスが大幅に平均値を超えてますよ!? 特に魔力が尋常じゃないんですが、あなた何者なんですか……っ!?」


 アクアの触ったカードを見たお姉さんが、大声を上げていた。

 施設内が途端にざわめく。


 ……あれ、そういうのって普通は俺のイベントじゃね?


「え、そ、そう? なになに、私が凄いって事? いやー、まあ私くらいになればそりゃあね?」


 さすが腐っても一応は女神ってことか。

 だが、調子に乗って照れているアクアが憎たらしい。


「す、凄いなんてものじゃないですよ!? 高い知力を必要とされる魔法使い職は無理ですが……。それ以外ならなんだってなれますよ? 最高の防御力を誇る聖騎士クルセイダー。最高の攻撃力を誇る剣士ソードマスター。僧侶の上級職である《アークプリースト》など……、最初からほとんどの上級職に……!」


 お姉さんの質問にアクアはちょっと悩み。


「そうね、女神って職業が無いのが残念だけれど……。私の場合アークプリーストかしら」


「アークプリーストですね! あらゆる回復魔法と支援魔法を使いこなし、前衛に出ても問題ない強さを誇る万能職ですよ! では、アークプリースト……っと。冒険者ギルドへようこそアクア様。スタッフ一同、今後の活躍を期待しています!」


 お姉さんはそう言って、にこやかな笑みを浮かべた。


 ……あれ、何だコレ。


 こういったイベントは俺の方に起こるんじゃあ……。



 まあ、何にせよ。

 こうして、異世界での冒険者生活が始まった。

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