第二章『特異点』1/3
第二章『特異点』
突然だが、カルステンは転生者だ。それも、二度目や三度目の人生ではない。現在驚異の十三回目である。
「そろそろ、死ぬのにも飽きてきたぞ……」
ボソリと呟くが、幸か不幸かそれを聞き咎める者はこの場にはいない。
カルステンは今日、久しぶりに夢を見ていた。過去の人生の夢だったが、悪夢のようなものだ。産まれて、生きて、そして殺されて死ぬ。繰り返すまでもないつまらない人生だとカルステンは思う。しかし、なんの因果か人生はまたこうして繰り返され、カルステンはまた殺されて死ぬのだ。
カルステンは溜息を漏らして、木製の机に肘をついた。
思えば、一度目の人生が一番頑張って生きていたかもしれない。父はおらず母は再婚するも早くに病死、唯一残った妹共々引き取られた先では虐待。それでもめげずに生き、復讐のため立ち上がり、最終的には魔王軍四天王まで上り詰めた。まぁ、結局は勇者に倒されて死んだわけだけれども。当時の精神的な歪みは置いておくにしても、相当頑張って生きていたな、というのがカルステンの自己評価である。
二度目の人生の時は、それが人生を繰り返しているのだとは露ほども思わずにただ同じことを繰り返すだけだった。しかし一度目と違ったのは、母の病気が浮気性でよく家を空けていた再婚相手からもらったものであり、尚且つ母の死後引き取られた先が再婚相手の男の生家だと知れたことだった。これはカルステンの男への怒りを増大させるだけだったが、四天王に登りつめる過程で出来るだけ惨たらしい最期を迎えさせることで溜飲を下げることにした。
三度目以降は試行錯誤の繰り返しだった。どうやったら死なずに済むか。そればかりを考えて生きていた。薬剤師の道を進んだこともあったし、住んでいた村を出て無難に町で働いてみたこともあった。しかし、しかしだ。それでも、どうやってもカルステンは死ぬ。様々な理由から、勇者に殺されるのだ。最もその多くがカルステンが悪魔と契約していたことが理由であったので__そもそも太古より
しかし、それにしても。とカルステンは思うのだ。
そう。
カルステンは今回で人生13回目にも関わらず、まだ二十歳の誕生日を迎えたことがない。何かの陰謀なのではないかと勘ぐりもするのだが、いかんせんカルステン自身自分をこんな目に合わせることで何のメリットが発生するのかが全く想像もつかないので、何とも言えない。
そもそも勇者とは、魔族を討ち滅ぼすのが目的のはずだ。その為にわざわざ大陸一の軍事力を誇るルビウス帝国と例の女神教の総本山である神聖サフェリア皇国の、仲の悪い二国が手を取り合ったのだ、と酷く騒ぎになっていたのを、カルステンは何回目かの人生で知っている。正確には、両国が手を取り合ったのは実に三百年振りだったらしいが、細かい事はどうでもいい。
つまり何が言いたいのかというと、人間族の命運を背負って魔族を討伐しているはずの勇者が何故そうも純人間であるカルステン__例え悪魔と契約しているとしても、だ__を狙いすましたように殺すのかという事である。
正直何度考えても答えが出ないのでそろそろ考える事自体放棄してしまいたいくらいなのだが、今までの人生の流れ上、この問題を解決しないうちは何度生き返っても二十歳まで生きられない事は明白だった。
カルステンは勇者の顔を知っている(そりゃあ、こうも何度も何度も息の根を止められていれば覚えざるを得ないというものだ)。
金髪碧眼で、ふざけた触角のような髪を二本立てた美少年……もしくは青年。年の頃はカルステンの見立て上そう変わらないように見えたので、十七か十八といったところだろう。
恐らく帝国から与えられたのであろう法術が編み込まれた衣服に身を包み、初々しい様子だが、歴戦の戦士にも劣らない一騎当千の力の持ち主だ。なんせ奴は
そんな風に規格外な勇者だが、不思議な事にそれ以上の情報をカルステンは持ち合わせていなかった。勇者の名前も__これはただ単にカルステンが覚えられていないだけの可能性が高い__、何処で生まれ育ったのかも、何故勇者として選ばれたのかも。
特に、何処で生まれ育ったのかもわからないのは、少しおかしい。それだけの異端児なら、幼い頃より噂があってもよかったのに……というか勇者の出身地というブランドを振りかざしても良いだろうに、カルステンは勇者の出身地についてはとんと聞いた事がなかった。
カルステンが勇者の噂を聞くのは、奴が帝都を出発したくだりからだけだ。勇者が勇者になる前に何をしていたのかはわからない。どの人生でもそう。
そこでカルステンはいくつか理由を考えていた。
その一。そもそも奴は勇者という生物であり、そのためにか生み出されたので出生の地などという概念が存在しない。
その二。代々勇者が産まれるという隠れ里があり、そこ出身の為情報が秘蔵されている。
その三。勇者は選ばれるまでは普通の人間で、それ故勇者になるまでは特段目立つ事はしていない。等々。
そのどれかかもしれないし、そのどれでもないかもしれないけれど、少なくとも今のカルステンにそれを判別する術はない。やはり悩むだけ無駄だという事なのだろうか。__出来れば勇者になる前の奴を秘密裏に暗殺してしまえば、それが一番安全だと思ったのだけど。と、カルステンは又しても一つ溜息を漏らすと、すっくと立ち上がった。ずっと固い椅子に座って考え事をしていたからか、腰が痛い。
凝り固まった筋を伸ばすように、腰に手を当てて伸びをする。窓の外を伺うと、少し日が傾いてきたのがわかる。いつだったかの人生で見た"時計"という時間のわかる代物は所謂富裕層にしか普及しておらず、庶民は街に一つ設置された鐘の音で時間を知るか、その鐘すらもない村などでは日の傾きで何となくの時間を推測するのが主流だ。カルステンの住んでいる村にも鐘はないので、こうして時折窓の外を確認しなければならない。
カルステンの見立てだと現在午後四時頃。そろそろ日課であるところの散歩のお時間である。
「よし、行くか」
木製の古びた、しかしそれにしてはつるりと美しいドアを開けて、外に出た。
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