伊織の場合Ⅱ

 凛との待ち合わせまではまだかなり時間があった。

 娘の葵を保育園に預け、今日は休みのはずだったが午前中だけ職場に顔を出し売り場に少しだけ立った。その後(葵のお迎えの時間まで)を使って、皆んなで集まる前に凛と会っておきたかったのだ。

 

 伊織はアクセサリーや部屋着や食器等、小物を取り扱う雑貨店で働いている。学生の頃からおしゃれが好きで、自分の気に入った物に囲まれて過ごすのが、何よりも幸せだった。今の職場も、学生の頃からバイトとして働いておりそのまま社員に昇格した形だ。結婚しても子供を産んでも、勤務形態に融通を効かせてくれるオーナーには感謝してもしきれない。


 「ここの店舗の店長にならない?」

 そうはじめて声をかけてもらったのは、もう6年も前になるか。

 おそらく。その時すでに仕事の辞め癖がついていた雄大ゆうだいとの結婚生活を思慮してくれての事だろう。

 店長になれば忙しくはなるが、その分手当が付き収入はぐんと上がる。

 子供は絶対に欲しかった。いずれ授かるであろう事を考えると、金銭面から考えても店長になった方が良かったかもしれない。出産前後は少しお休みをいただくことにはなるが、そこも考慮した上でのオーナーからの提案だった。


 けれど。あの時の伊織は、まだ雄大ゆうだいに対して希望を持っていたのだ。この人はきっと本当は人だって、信じていたのだ。

 今となっては本当にお笑い種だけども。



 皆んなと集まる前に凛と会いたいと思うのには理由があった。

 子供がいる同士では話しにくい、独身の人には話しにくい。良い意味でも悪い意味でも宙ぶらりんとしている凛が、今の伊織にはちょうどいい話相手だったのだ。

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