凛の場合Ⅱ

 「それ、気に入ったの?」

 ベッドに横たわりながら、枕元に置かれていた小さな熊の置物をコロコロと指先でころがす凛を見ながら、弘樹は言った。

 「そういうわけじゃないんだけど・・さわり心地がいいのよ、これ。」

 小さな熊の置物から目を離さず凛は答えた。

 「俺の事はかまってくれないの?」

 年下なのを最大限に利用した上目遣いで、弘樹は凛に問いかける。

 「はいはい。」

 少し呆れ顔を見せながら、まんざらでもない様子で凛は弘樹を抱き締めた。



 凛が弘樹と出会ったのはたまに1人で訪れるカフェだった。カフェと言っても、夕方から夜の営業がほとんどでカフェの様相をしたバーだった。

 1人で行っても執拗に話しかけてこないマスターと程よい距離感のある常連客、それとマスターの作るジンジャーエールが妙に好きで、夫のいない夜なんかにふらっと足を運んでいた。

 

 弘樹はここの常連客だった。何度か顔を合わすうちに一緒に飲むようになり、お互いの事を話すようになり、そういう関係になった。

 7歳下の弘樹は独身で恋人がおらず一人暮らしで仕事に一生懸命で、きっと寂しかったんだろう。こんな7歳も上で美しくも可愛くもない女を相手にするのだから。


 それでも、自分よりも若い男の子の情熱と甘えてくる可愛らしさと引き締まった体と ── とにかく今の凛にも夫にも無くなってしまったたくさんのもの ── を持った弘樹は、凛にはまぶしく疎ましく、それでいて凛を暗い暗い底から救ってくれたのは事実であった。

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