赤の教師

僕は何をしてもダメだ。そんな自分が嫌で今にも爆発してしまいそうになる。

どこに行っても何をしてもダメな僕が辛うじて生活を成り立たせることが出来たのが教師だったというわけだ。

ただ普通に生きていければ僕にとって正解の道だと思う。

それを確かめるために今日も教師をするんだ。


「せんせーおはよー」


僕の背中を叩きながら走り去っていく生徒。

自信の無さが体からにじみ出ている僕は、そういう人物をいち早く察知する生徒に舐められている。


「うおっ!こらこら!走るなー」


口では怒るが心から怒ってはいない。

またやられた程度のものだ。


「おはよう」

「あ、おはようございます」


しまった。他の先生に見られてしまった。


「今日も相変わらず先生っぽい服装だね」

「見た目だけでも教師っぽくしておかないと」


いわゆるベストを着た昔ながらの先生という服装だ。

他の先生のように普通の服を着たら、教師というより事務員さんのように見えてしまうだろう。


「生徒に背中叩かれるって、立場逆じゃないですか」

「あ、おはようございます」


また別の先生がきた。

しかもベテラン教師だ。

僕もそこそこベテランの域に入るが、威厳が天と地の差だ。


「それだけフレンドリーって事じゃないですか」

「よく言えばね。悪く言えば。というか普通に見れば舐められてるだけでしょ」

「おっしゃるとおりで」


ここまではっきり言われると返す言葉がない。

そうこうしている間に職員室に着いていた。


「おはようございます」

「おはようございます」


職員室は落ち着く。

新人も居ればベテランも居るこの空間は僕の存在を無にしてくれるからだ。

出来れば注目の的にならない存在でいたい。


「おはようございます!今日も元気にいきますか!」


そう、こういう常に注目を浴びようとする先生が居るから、ね。

居心地がいい。


職員会議が終わって教室へ向かう。

自分のクラスの生徒は僕を教師として見ていないだろう。

友達の1人として見ていると思う。

それでも打ち解けてくれてるだけ良しと考えている。


「おはよう」

「おはよー」

「今日は特に連絡事項はありません。来週から中間テストなのでしっかり勉強して下さいね」

「はーい」


当然のようにタメ口で返事をする生徒達。

それも僕の個性だと割り切っていた。


「先生、放課後時間ある?」

「あるけど、何?」

「勉強会して!このクラスがいい成績取ったら先生の株があがるでしょ?」

「僕の株?そんなこと君たちが心配しなくていいよ」

「まあまあ、生徒の優しさを受け取ってよ。じゃ、放課後よろしくねー」

「はいはい」


急にどうしたんだろう。しかし、僕は喜んでいる。

いつも友達のように接する生徒が、勉強を教えて欲しいと先生扱いしてくれたことに。

傍から見れば全く喜ぶ場面じゃないのは僕でも分かる。

ただ、何をしてもダメだと思っていた僕は今までの人生で頼られた事がなかった。

生徒は僕の株を上げるだとかなんとか言ってたけど、それは照れ隠しだと捕らえる。

僕にだって出来ることがあるんだと証明するため、生徒から逃げずにしっかり教師としての職務を全うしようと決意した。


職員室に戻ると新米教師とベテラン教師が何やら言い合っている。

盗み聞きするつもりは無かったが、通り道で話をされると嫌でも聞こえてくる。

中間テストの生徒の成績順位で争うようだ。

勝手に争っていればいいと思ったのだが、所詮教師は勉強を教える事しか出来ず、生徒の頑張り次第だと思う。

で、知らぬ間に横から口を出していた。


「教師が競ってもテストは生徒の問題ですからね」

「生徒をやる気にさせる能力を競ってるの」

「勝手にどうぞ」


興味無さげに返事をしたが、生徒にやる気を出させる能力と言われて少し熱が入った。

TOP10か。僕のクラスも何人か入ってくれたらな。

いや、僕の教える力でやる気を出させて入れてやるんだ。

何もあの2人のクラスだけがTOP10入りを目指している訳じゃない。

僕のクラスの子も入る余地はある。


放課後の補習で如何に如何に生徒達のやる気を出せるか。

1日中考えていた。


ホームルームが終わり、数人が教室に残っていた。


「先生!ここなんだけど」

「これはね、引っ掛けみたなもので、発想の転換だよ。君はこういう問題によく引っかかるからこれさえ注意すればいい所までいくよ」

「ほんと!?じゃあこんな感じの問題パターン全部まとめてよ!」

「全部!?まあいいけど。じゃあ今週中に全部解いて僕に提出すること。テストまでに克服するんだよ」

「はーい」


ひとまず生徒の苦手箇所を把握してそれを本人に伝えていた。

自分のクラスの生徒だけでなく、授業を受け持っている生徒たちの苦手箇所はほとんど把握している。

1日考えたが、僕が生徒にしてあげられる事と言えばそれぐらいしか能力がなかった。


「えー、お前だけいいなー。先生、俺も作ってよ。ってか何が苦手かわかんねぇ」

「君はこういう文章を抜き出す問題が苦手だね。少しでも近いところを抜けば部分点がもらえるのに、全く違う箇所を抜いてる。勿体無いよ」

「確かに抜き出しは正解した記憶が無いな。ってか先生よく知ってるね!」

「君たちの苦手箇所は大体覚えているよ。といっても、担当科目の国語だけだけどね」

「いやー、俺先生のこと見直したわ。今週はずっと放課後に勉強会してよ!クラスのほかの奴にも声かけとくからさ」

「今週ずっと!?分かった分かった」

「絶対だからな!」


たった一つの得意な事を僕は全く表に出してこなかった。

しかし、生徒たちが補習を申し出てくれたお陰でそれを知ってもらえるきっかけになった。

更には今まで先生扱いしてこなかった生徒が”見直した”だなんて…


「じゃあ、先生また明日~」

「はい、また明日。気をつけて帰るんだよ」

「はーい」


僕は逃げていた。

何をしてもダメな人間だ。

ただ、生徒に嫌われなければそれで良いと。

しかし、生徒は僕をちゃんと見てくれていた。

いつも友達のように接してくる中で、やはり先生として見てくれていたんだ。

そんな当たり前の事に気付けない僕は本当にダメな奴だ。

ただ、もう悲観ばかりしない。

ダメならダメなりにたった1つの特技を全面的に表に出して武器にしてやる。

他の先生にはない、たった1つの武器で僕は生徒と向き合っていく。

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