黄の教師

 私は今が凄く楽しい。生徒達と顔を合わせるのが楽しみで、毎朝校門に立っている。

もちろん悩み事もあるけれど、そんなちっぽけな悩みはあの子達の笑顔が消し去ってくれる。

だから私は今日も校門前に立つんだ。


「おはよー」

「おはようございます」


 生徒が挨拶しながら登校してくる。

元気に挨拶を返してくれる子も居れば、とりあえず声を出しているだけの子など様々だ。

しかし私はどんな子にも元気に挨拶する。

大体生徒の登校時間は決まっている。

部活も無いのに早く登校する子。

遅刻ギリギリに登校する子。


「おはよー!おっ!今日は早いね」

「今日提出の宿題が終わってないから学校でやってしまおうと思って」

「偉いなー。って、友達に見せてもらうとかしないでしょうね?」

「え!?いや、そんなことしないよー」


足早に去っていったが、図星のようだ。


「おっと、そろそろ戻らないと」


校門前の挨拶を終わって職員室に戻った。

この時間になれば殆どの先生が出勤している。


「おはようございます!今日も元気にいきますか!」

「おはようございます。今日も元気ですね」

「どうも」


 職員室は朝から暗い人たちばかりだ。

もっと明るく過ごした方が楽しいと思うんだけどな。

それより早く教室へ行って生徒達と会いたい。

今日も欠席者が居ないといいな。


いつも教室へ行くのは楽しみだ。

生徒達の笑顔に私はいつも元気をもらう。


「おはよう!」

「おはようございます」


見渡すと全員着席している。


「今日も欠席者ゼロだね、よし!来週から中間テスト。

部活もテスト休みに入ったからといって遊ぶんじゃないよ!

放課後、補習するから参加したいものはホームルーム後に残るように。以上!

今日も元気にいこう!」


 いつものように元気に挨拶してクラスの雰囲気もいい感じだ。

そう思いながら教室を後にしようとすると。


「先生、相変わらず元気だね」


後ろから生徒が話しかけてきた。


「そりゃそうよ。みんなの顔が見れるだけで元気が出るんだもん。朝から暗いのは嫌でしょ?」

「まあそうなんだけどさ…。でも元気すぎるのも疲れるよ」

「え、疲れる?」

「ほどほどにね~」


生徒はそういいながら去っていった。

疲れる…疲れるのか。

初めて言われたな。

私はちょっと落ち込みながら職員室へ向かった。


 私は周りを見ていなかったのかもしれない。

今が楽しければ、生徒達と一緒に居ることが出来ればこの先どうなろうと構わないとさえ思っていた。

しかし、自分が楽しくても周りに不快な思いをさせていたのならば、とんだ自己中人間だ。


 正直ショックだったけれど、素直に意見してくれる生徒がいる私は幸せ者。

自分が予想もしていない事を生徒は簡単にやってのける。

こういう発見が出来る教師という職業はやはり面白い。

大人は子供に教えてもらう事が沢山ある。


 学校は子供が勉強や社会的なコミュニケーションを教えてもらう場所だけど、教える立場の私達も子供たちに勉強させてもらっている。

もっと勉強して成長したい。

それが今だけを見て生きてきた私に未来を見るきっかけとなった。


「それではホームルームを終わります。このあと補習するので受けたい人は残ってください」

「起立、礼。さようなら」

「はい、さようなら」


 生徒達はワイワイ話しながら帰っていく。

やっぱり私は元気すぎてウザイと思われているのだろうか。

誰も残ってくれないんだろうと落ち込んでいたら、3人だけ残ってくれていた。


「よかったー。誰も残らなかったらどうしようかと思ったよ」

「え、何で?」

「だって、寂しいじゃん。自主性を尊重するとはいえ、私の呼びかけに誰も振り向いてくれなかったら」

「先生は本当に学校が好きなんだね」

「え?」

「だって、朝早くから校門に立って、夜も遅くまで学校に残ってるんでしょ?」

「まあ、学校が好きというより生徒たちが…」

「さ、早く補習始めて!」


 一番大事な台詞を言わせてくれなかった。

でも、続きの言葉は多分声に出さなくても伝わってるんだろう。

わざと被せてきたようにも聞こえたから。

たった3人だけど、自主的に私の補習に残ってくれた生徒がいただけで安心した。

それに、私の生徒愛も伝わってると思えた。


「最近つまづいてたから補習受けといてよかったよ!ありがと先生!」

「つまづいてるなら聞きに来なさいね。いつでも教えてあげるから」

「じゃあひとつ質問!」

「なになに?」

「この教科書からテストに出る問題ってどれ?」

「そんなの教えれるか!」

「つまづいてることは教えてくれるって言ったじゃん。うそつきー」


 生徒たちは何だか楽しげだった。

そして早々に荷物をまとめて帰りだした。


「あ、こら!気をつけて帰るんだよー!」

「はーい!さようなら!」

「ったく…」


 なんだか生徒に振り回された気分だ。

しかし、いつも一方的に元気を振りまいてた私に返事をしてくれているような気もした。

教室を出て職員室に戻ろうとすると、向かいの教室でいつも大人しい…というより暗い先生が黄昏ていた。


「あ、黄昏てる」

「!!た、黄昏てなんかいませんよ!」


初めてこの先生の大きな声を聞いた。


「そんな大きな声出るんだ」


 何だか本心を見せてくれてるみたいで嬉しくなってしまった。

いつも暗いと思っていたけど、根は意外と明るい人なのかもしれない。

興味が沸いてもっと話そうと近づいていった。


「何ですかもう。鍵閉めるんで出てください」


なるほど、これは照れ隠しだ。


 いつも生徒ばかり見ていた私は身近にいる個性豊かな先生方にも興味を持ってしまった。

この人たちも日々生徒から勉強して変わっていくんだ。

一回り大きな生徒の仲間なんだなって。

職員室という教室のクラスメイトに興味が出た。

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