7人の教師
真灯出 愼
青の教師
僕はいつもブルーな気持ちだ。ココから逃げてしまいたい。
でもあの子達を放っておくのも教師として無責任だ。
迷った挙句、僕はまた朝日を見ることにしたんだ。
朝起きて、いつものように学校へ向かう。
そしていつものように職員室に入り授業の準備をする。
「おはようございます」
先に出勤していた先生方といつも通りの挨拶をする。
僕は高校教師だ。
同じ学年担任の先生方は他に6人いる。
無駄に元気な教師、理屈っぽい教師、やる気のなさそうな教師、生徒の人気者の教師、新人教師、ベテラン教師。そして僕だ。
職員会議が終わり、朝のホームルームに向かう。
教室までの廊下はいつも不安でいっぱいだ。
教室に入る前に生徒達が僕の悪口を言ってたらどうしようかと。
深呼吸して教室に近づき、扉の前に行く。
そして重い戸を開いた。
「おはようー」
「おはようございます」
良かった。今日も何事も無かった。
「今日は特に連絡事項はありません。来週から中間テストが始まりますので皆さんしっかり勉強するようにね。以上です」
口々に話しだす生徒たちが自分の事を言ってるんじゃないかと思い逃げるように教室を出る。
その時。
「先生!」
「!!は、はい?」
急に呼び止められて声が裏返ってしまった。
生徒に笑われて…いない。良かった。
「今日の放課後お時間ありますか?教えて欲しい範囲があって…」
「ああ、いいですよ。ホームルームが終わったら教室でやりましょう」
「ありがとうございます」
教室を出て少し安心した。
生徒たちの前で恥をかかなかったこと。生徒に頼られたこと。
そして、たった数秒の会話に喜びを感じた自分に。
職員室に戻るとベテラン教師さんが次の授業の準備に戻っていた。
「おかえりなさい」
「戻りました」
「何かいい事ありました?」
「え?!いや、別に…」
なんて鋭いんだ。
思わず「はい」って言いそうになったじゃないか。
ベテラン、恐るべし。
「そうですか。でも、雰囲気がいつもより明るいですよ」
「はぁ。ありがとうございます…」
雰囲気が明るい。じゃあいつも暗いってことか。
そりゃそうだよな。ココから逃げたいだなんて考えているんだから。
隣の席である理屈っぽい先生が実験の準備をしていた。
いつもなら気にならないのに何故か声をかけてしまった。
「今日は実験の日ですか?」
驚いたように見てくる先生。
「いえ。放課後の補習で実験をしようかと」
「補習で実験ですか。なるほど。考えましたね」
なぜかスラスラと会話をしてしまう僕は少し楽しんでいた。
「もちろん。生徒が勉強をやる気になってくれるように工夫しないとね」
「僕も放課後に勉強を教えて欲しいと言われまして。何だか頼られるのが嬉しくて少しでも楽しく勉強してもらいたいんですけどどうすればいいか分からなくて」
ここまで話して我に返った。
何を言っているんだ僕は。
なぜ他人に自分の事を話してるんだ。
変な目で見られているんじゃないかと思い目を逸らしてしまった。
「いい悩みですね」
「え?」
「生徒を思って必死に悩んでいるあなたはいい教師です。今日のあなたはいつもより雰囲気が明るい。せっかくですから雰囲気だけでなく顔にも出してみたらいかがですか」
いつもは理屈っぽい先生が、普通に正論を言ってるように聞こえた。
「それはどういう・・・」
「そこから先はまた悩んでください。全部言ってしまったら意味が無いですからね」
「はあ。放課後まで悩んでみます」
正論っぽく聞こえたが、やっぱりよく分からなかった。
雰囲気が明るい・・・か。
僕は何かに喜んでいたのだろうか。
勉強を教えて欲しいと生徒が言ってきた事に喜んだのだろうか。
教師としてごく当たり前の日常なのに。
もしそうであるのなら、雰囲気が明るいなどと喜んでいる様を人に言われる前に自分で気づきたい。
そして嬉しいと思った時に喜びをくれた生徒にちゃんとこの喜びを伝えたい。
その方法を雰囲気ではなく顔に出す、ということか。
…なんだ、簡単じゃないか。僕はいつも考え過ぎていたんだ。
“笑顔”
これが今にも逃げ出したいと思っている僕にとって、また明日へ進む一歩になるのかもしれない。
「ではホームルームを終わります。寄り道せず早く帰ってテスト勉強してくださいね」
「起立、礼。さようなら」
「はい、さようなら」
今日も長い1日が終わった。
いや、今日はそんなに長く感じなかったな。
「先生!」
「はいはい。そっちに行きますね。」
そうだ。今日はこの為にずっと考えて来たから無駄な時間が全く無かったんだ。
「ここなんですけど…」
僕は朝から1日中考えてきた“勉強を楽しく教える方法”で生徒に教えていった。
いつもの授業では分からなかったが、生徒は勉強熱心で僕をちゃんと必要としてくれていたんだ。
自分の都合で生徒達を避けてきた僕は教師失格だ。
でももう逃げる事は考えない。
残りの時間をしっかり生徒と向き合っていくんだ。
「あースッキリした!先生ありがとう!」
「いいえ、どういたしまして」
僕は自然と笑顔になっていた。
生徒が驚いたような顔をしてこっちを見ている。
「ど、どうした?」
「あ、いや。先生の笑顔って凄く優しいですね」
笑顔が優しい…
今まで生きてきて初めて言われた。
「あ、ありがとうございました!テスト頑張ります!さようなら」
「はい、さようなら。気をつけてね」
生徒も少し恥ずかしそうにしながら帰って行った。
「優しい…か」
「あ、黄昏てる」
いつも無駄に元気な先生が教室の扉にもたれて覗いていた。
「た、黄昏てなんかいませんよ!」
「そんな大きな声出るんだ」
図星だった。
ついつい大きな声を出してしまったが、それを棚に上げてどんどん近づいて来る。
「何ですかもう。鍵閉めるんで出てください」
「冷たいな~。生徒とコミュニケーション取るのって楽しいですよね」
「え?ま、まあ」
この人はいつも楽しそうだから相手が生徒だろうが教師だろうが親だろうが関係無いんじゃないかと突っ込みたくなったが、それを言えば話が長くなりそうだったから止めた。
「明るくなりましたね」
「そうですか?特に変わってないと思いますけど」
まただ。
明るくなったね。
今日この言葉を言われたのは何回目だろうか。
というか、昨日までそんなに暗かったのか?
「気付いてるくせに~。笑顔って凄いですよね。爆笑、微笑み、失笑、愛想笑い、作り笑顔。さっきの喜びの微笑みは、ちゃんと生徒に届いてますよ。」
なぜか僕は涙を流していた。
「その涙は嬉し涙と捉えていいですか?あなたは言葉にしないけどしっかり感情を伝える術を持ってる人ですね」
「やめて下さい。恥ずかしいじゃないですか」
「僕が泣かせたみたいになるから早く拭いてください」
「あなたが泣かせたんですよ。全く。元気だけが取り柄の人が急に真面目な事言わないでください」
「元気だけが取り柄って。そんな風に見てたんですか?」
「あーもう。うるさいうるさい」
これ以上この人と話してると僕はどうしていいか分からなくなってくる。
他人に本音を言うなんて、まだ僕はそこまで行けないや。
「あ、ちょっと待って!そこは詳しく話しを聞かせてもらわないと!」
僕は笑いながら廊下を足早に歩いて行った。
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