第29話-前進

1月30日。

八熊くんは、私にこう言った。


「久屋さんは、若宮家が見える位置で車に乗って待っていてください。」


その言葉を聞いて、私は彼に反論するほど野暮な男ではなかった。


「わかった。…参考までに、今日は何度目だい?」


「まだ758回目です。今度こそ成功させます。」


そう言って彼は、もう2年にも及ぶ今日を過ごす。

背負っているのは、狙撃用ライフルか。


「敵の武装は、日本刀です。車の鍵は必ずかけておいてください。」



頼りになる助手だ。

そうして、恐らく囮になる私は車に乗り込む。






午後3時を過ぎた頃だった。

若宮 蘭は帰宅し、家の鍵を開けた途端に無残にも切り裂かれた。

周囲に敵の姿は無い。

しかしなるほど、武装が日本刀 とわかっているなら、敵の能力はつまり…視界から消える能力だという事だろう。


遠くから銃声が響いた。

私の乗る車のほど近くで、血が流れているのが見えた。




血は、低い位置からポタポタと流れ落ちている。

命中箇所は恐らく…足だろう。


「えーと…八熊くん、成功かい?」


電話の向こうから、すぐに返事が帰ってくる。


「…成功、と言えば成功。失敗と言えば失敗…という感じですね。」


「…そうか、ならば私が今ここで自殺するのはアリかな?」


「本来の死に方以外にはタイムリープは作用しないのでダメです。」


「ならば一旦引こう。敵の能力が知れただけでも充分だ。」


そう言うと私は、依然として血の滴っているその場所へ向かって車を加速させた。





…しかし、その位置を通過しても、手応えを得ることは無かった。


「…逃げられたか。」


「先生、深追いしないでください。」


「わかった。君はとりあえず、若宮 蘭に連絡を取ってくれ。現在位置がわかり次第保護に向かう。」


「了解しました。わかり次第連絡します。」



ヒデヨシの能力はわかったが、1人に一つの能力しかないとは限らない。

しかし、今回の事で得られた情報は大きい。


「…やはり、八熊くんに出会えて良かった。」



そんな独り言をこぼしながら、私は不必要に広い道で、ただ車を走らせた。

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