第24話-接近

白鳥 八熊は12歳の頃、ヒデヨシ と名乗る犯罪者集団に襲撃を受けた、とある研究施設のただ1人の生き残りだ。

彼は特殊だった。

そのため、殺さなかった というよりは、殺す事が出来なかった というのが正しい所だろう。



しかし、ヒデヨシが彼を放っておくはずもない。

当時、現場の処理を任されていた私は彼を引き取り、警察官を辞めた。

誰かが戦わねば、この街は無茶苦茶にされてしまうと感じたからだ。



それに、白鳥 八熊と私なら、正体の見えない「ヒデヨシ」とやらをも、必ず捕らえることが出来ると信じていた。

いや、今も信じている。




三重県の事件の被害者の名は、若宮 トオル というそうだ。


別居中の妻である、若宮 桜との間に、若宮 蘭という娘がいる。

実態のない会社に勤めていたという所までは掴んだが、なにせ実態がない。

しかし、若宮 トオルの目撃情報が名駅…特に、タワーズ近辺に集中していた事などから、ある一つの団体の名前が浮上した。



「新名古屋深層心理研究会」


見るからに怪しげである。

不用意に「新」だのなんだの付けたがるあたり、名古屋らしさは醸し出しているが…。

しかし、ヒデヨシらしさの欠片もない。

何せ実態もない会社なのだ。

こうして堂々と、タワーズに看板を掲げているわけがないじゃないか。



半ば諦めつつも、その謎の団体に電話をかけてみた。

それにしても、この団体はどこから出たお金でタワーズの賃料を払っているんだろうか。

研究をして、成果があるような団体には見えない。



電話は意外にも、すぐに繋がった。

そして予想外な事に、今ならオフィスですぐに会える という返事まで貰えた。

指定されたエレベーターに乗ると、背の高い、短髪の男が乗り込んできた。

高級そうなスーツを身に纏い、少し色の着いた眼鏡をかけていた。


「こんにちは。先程お電話いただきました。中村 椿と申します。」


「あぁ、あぁ、あなたでしたか、初めまして。私は久屋です。突然の訪問ですいません。」


「いえ、お客様がみえるなんて久しぶりで嬉しい事です。」


そんな会話をしながら、すぐにオフィスのある階に着いた。

通されたオフィスは、それなりに広い。

しかし…


「あぁ、すいません。このオフィスは私しか使っていないもので。大したものもお出しできませんが。」


「いえいえ、しかし、これだけのオフィスを維持するのも大変でしょう?」


「維持…、あぁ、その点は心配無用でして。ここは、私のモノ…ですからね。」


…借りている立場ではない、という事なのか?

彼の素性がわからない以上、なんとも考えられない発言だ…。


「…ところで、若宮 トオルさんという人は、こちらに在籍しておりませんでしたか?」


「若宮…知りませんね。ここには、私の席しかありませんし。」


…怪しい反応では…ない。

確かにこの団体そのものとしては怪しいが、表情や声色なども一切の変化がない。

しかし強烈な違和感。

他に疑うべく場所が無いからだろうか。

どちらにしても、情報が少なすぎる。

今日は一旦引くしか…。


「どうされました?若宮さん、お知り合いですか?」


「…ええ、まぁ、そんなところです。」


「そうでしたか。何か手掛かりが見つかるといいですね。」


「はい、ありがとうございます。 本日はこれで、失礼致します。」



「はい。…またお会いする日を、楽しみにしています。」



オフィスを出る頃には、私は強烈な違和感の正体を掴んでいた。

違和感なんて物ではない。彼はヤバい。

「心理研究会」なのだ。こちらより優位に立たれるに決まっている。

私は彼に、何を喋った?

何を読まれた?



そして…彼は何を狙っている…?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る