(番外編)美紀さんとラップバトル
美紀さんが音楽好きであることは周知の事実である。ただ、好きだといっても別段詳しいジャンルがあるという訳ではない。ただ子どものように音に楽しむ、それが美紀さんの「音楽」だ。
美紀さんはよく歌っている。学校の休み時間。帰り道。電話口。昼寝中の寝言。その時彼女が歌う曲も様々だ。幼い頃に聞いた曲のこともあるし、友達に借りた流行りのポップスやアイドルソング、自意識こじらせ系のインディーズバンドの曲を口ずさむこともある。
そして、これも美紀さんの周囲の人間の意見が一致するところなのだが、美紀さんは音楽の、
「天才かよ……」
僕の隣でドレッドヘアーの鼻ピアスグラサン男が呟いた。
僕が日曜日に美紀さんと何処かに出かけることは、全くないとは言わないがかなり珍しい。ただでさえ毎日のように一緒にいて周囲からあらぬ誤解を受けることも多いのに、わざわざ休日にまで噂の種をまく必要はないと僕は思っているし、それに毎日のように一緒にいる割には美紀さんも休日に遊ぼうとはめったに誘って来ないので、僕としても空気を読んでいるというか、こちらから誘うと何か、開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまうような気がして、基本的に僕からは休日の遊びには誘わないようにしている。
そんな訳なので一昨日、美紀さんから週末の映画に誘われた時は恥ずかしながらドキドキしたし、今朝は不覚にも服を選ぶのにいつもより時間をかけてしまったりした。
しかし、やはり美紀さんは美紀さんだった。映画館に着いてチケットを買おうとした僕らだが、美紀さんが観たいと言っていた映画のチケットは買えなかった。満席だったのではない。その時間帯の上映そのものが存在しなかったのだ。
「どういうこと?」
「あっれーーー?おかしいですねぇ?なんでやろ」
そう言いながら美紀さんが取り出したスマホの画面に映ったのは今いるシネコンと同じ系列だが別店舗の上映予定だった。
「美紀さん、どう間違って仙台の映画館のホームページに行っちゃったのさ……」
「ちゃんすよ」
他の映画を観るにしても、この時間帯にやっている作品は人気作ばかりで、直近の回のチケットは売り切れていた。
結局僕たちは映画を諦め、近くをぶらぶらと散歩することにした。
映画館がある駅前は楽しいお店や路上パフォーマーなども多く、ぶらぶらしていてもそれなりに楽しめるのだ。
そして、そんな散歩の途中、美紀さんが自身の天才を発揮してしまった。
駅前の広場に、小さな人だかりができていた。
「何やろ。何かおもしろいことやったはるんちゃいます?」
そう言って目を輝かせて人込みに突入した美紀さんが目にしたのは、フリースタイルのラップバトルだった。その人込みはいわゆるサイファーというやつだったのだ。
そして、
「めっちゃおもしろそうですやん!」
と、よくルールも分からずに人込みの中心に躍り出てマイクを持った美紀さんのラップ・ショーが始まったというわけだ。
「あんたの悪口全く効かへん 顔も好かへん汚いドカベン 打っときエピペン私アレルゲン あんたここで心壊されるねん!」
心地のよいフロウに乗せて固いライムと的確なdisが相手の精神を破壊する。
周囲のBboyたちは謎の天才関西弁少女の乱入に感心しつつ、若干引いている。
「顔上げようや 真面目にやろうや 鈍臭いフロウは Like a 好々爺 介護対象者 ここらで寿命や 私悪霊や 祈れハレルーヤ!」
美紀さんのラスト1バースが終わった。同時に心を壊された相手が崩れ落ちた。周囲の歓声の中、美紀さんは相手を助け起こし、がっちりと握手をし、マイクを次の人に渡して人込みから抜け出した。
「おまたせしました」
「えーっと。おつかれ様、でいいのかな」
「あ、ちゃんすよ。勘違いせんとってくださいね、始める前に相手の人が自分から『どんなひどいこと言ってもいいからね』って言うてくれはったんです」
それにしてもあそこまで言うことはなかったのでは、と思う。途中の「富士の樹海が 終の住まい 供えといたるわスミノフアイス」とかもかなりひどかった。
「それにしても、美紀さんラップも出来るんだね。歌が上手いのは知ってたけど」
「ちゃんとできてました?見様見真似でやったんですけど。とりあえずリズムに乗りながら韻を踏んで悪口言うたらええんやと思て」
そんなざっくりした認識でやってたのか。
「ねえ、あなた、美紀ちゃんよね?」
女性の声がした。声の方を見ると、そこには見覚えのある女性が立っていた。確かクラスメイトの安斎さんだ。
「私もさっきのサイファーにいたんだ。見てたよ。美紀ちゃん凄いじゃん」
「ありがとうございます」
「あのさ、ものは相談なんだけど……」
次の週から美紀さんには「モンスター」というあだ名がついた。安斎さんが中心になって始まった休み時間のフリースタイルバトルで、挑戦者を蹂躙する5人の「モンスター」の1人に選ばれたからだ。
まぁブームはすぐに去ると思うので、一応女性である美紀さんがモンスター呼ばわりされている現状に抗うのはやめておいた。本人も楽しそうだし。ただ、美紀さんがモンスターと呼ばれるのはいいとして、「魔物(モンスター)使い」だの「ドラクエ5の主人公」だのと、僕にまで変なあだ名がついたのには、全くもって納得できない。さらに、そのせいで美紀さんが「一緒に帰りましょ」などと言ってこっちを見るたびに頭の中に浮かぶ【なかまになりたそうに こちらをみている】という一文はいかにして振り払えるのか。最近の悩みの種である。
オクラホマ美紀さん 赤子捻捻 @akagohinehine
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