case1-2 そして、いなくなった。
「…………」
光を感じなくなって、恐る恐る目を開けた。俺が元いた世界と、なんら変わりのない景色がそこにはあった。道のど真ん中で惚けたように立ち尽くす。
「本当に、」
大人はいなく……?
「俺たち、だけ…………?」
ばんっ
「っつ…………!?」
突然何者かに背中を叩かれ後ろを向くと、昔からの仲の彰(あきら)が不思議そうに俺を見ていた。あぁ、なんだ、彰か。
「なーにぼーっとしてんだよ勇人(ゆうと)!」
「なんだよいきなり……痛ぇな……って……彰じゃねぇか」
「おう、俺で悪かったな」
「いや、んなこと言ってねぇよ……ってか、お前なんだよそれ」
「それって、これか?」
「それ以外何があんだよ」
俺は妙な物を目にした。
彰の両手からは食材やらが入ったビニール袋が下がっていた。
「何って、今日カレー作ろうと思って」
驚いた。あの彰が、料理?
なんの冗談だよ。青々とした長ネギがビニール袋から突き出ている。典型的な主婦のそれと全く同じアイテムだ。ただ、彰と食材の入ったビニール袋というあまりにもショッキングな組み合わせに、俺はしばらく経ってから込み上げてきた笑いに腹を抱えた。
「え、ちょ、俺なんかしたか? 顔になんかついてるか?」
彰はふさがっている両手を一生懸命顔に持って行こうとしている。袋、おろせばいいのに。
「なんもついてねーよ。あー……カレーなのに、なんでネギなんだ! って思って」
「あ? 良いだろ別に! 南蛮カレーだよ南蛮カレー! ……そういや、こんなとこで何してんだ? お前も買い物か?」
「いや、今から家に帰るとこ」
「なんなら、食ってくか?」
「おう、じゃあお言葉に甘えて」
「任せろー! 南蛮カレー馬鹿にすんじゃねーぞー!」
俺の創った世界は、ダチを主夫にしてしまった。これは、笑えないはずがない。
「……彰」
「お?」
忘れかけていた、俺の世界の要とも言える条件を思い出して一気に落ち着く。
俺は、軽く息を吸った。
「お前……親は」
若干の緊張感と、隠しきれない高揚感を抱えて彰の顔を見る。
すると彰はまたもや不思議そうに顔を傾げ、答えた。
「おや…………? 悪い、今八百屋って言ったか?」
最近耳悪くなったかもなー、と彰は笑った。
拍子抜けだった。あぁ、こんなにも簡単に世界は変わるものなのか。
本当に、大人はいなく…………いや、「大人」という概念が無い世界に違いない。それもそのはず、彰が料理をするのだから。
「なーんだか今日変だぞお前」
「あ、いや、んなわけねぇだろ! 変なのはお前だよ!」
「ひっでぇなあ! じゃあお前の皿に肉入れないからな!」
やった…………! 俺は思わず手を握りしめた。
あの腐った世界は無くなった。うざってぇ親も、きめぇ担任も、みんなみんないない世界。
「…………最高だな」
「ん? あ、あぁ。何のことかわかんないけど」
大人のいない世界…………
俺の、世界。
何にやにやしてんだよ気持ち悪いな、と、また彰に肩を叩かれながら俺たちはその場を後にした。
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「お待たせ! ほらよっ、彰くん特製カレーだ!」
「おぉ……」
目の前に大きさのバラバラな野菜たちが入った、だが確実に旨そうなカレーが置かれた。そういえば昨日から何も食ってない。久しく目の前にする温かそうな料理に生唾を飲んだ。
「お前……本当に料理できたんだな」
「失礼な! 料理ぐらいできるわ!」
「わりぃわりぃ。じゃ、食うか」
「まったく……よし、いただきます!」
「いただきます」
カレーの味は、想像していたものより旨かった。というかめちゃくちゃ旨かった。あとで彰に謝ろう。
半分を食べたあとでふと、あることに気付いた。
「あれ? お前そういや姉貴はどうした?」
「あぁ……姉貴?」
いつもと変わらぬ彰。今まで冗談を言い合っていたそのままのテンションで笑いながら彰は言葉を続けた。
俺は信じられない言葉を耳にした。
「死んだよ」
「えっ……?」
俺の口からついて出た間抜けな声を忘れるほどの衝撃だった。
彰の姉貴は、ついこの間まで元気にやっていたはずだ。いつも遊びに行くと明るく出迎えてくれていた。
「病気、じゃねぇだろ? ……事故、か……?」
「勇人、お前何真剣な顔んなってんだよ? 大丈夫か?」
明らかに様子がおかしい。あんなに慕っていた姉貴が死んだと言うのに彰は笑っている。強がっているようには思えない。元々、嘘はつけねぇヤツだ。
「死ぬのは当然だろ? 勇人大丈夫かよ」
「は……?」
当然……? 何を言っているのか理解できなかった。足りない頭に考えを巡らせる。
そして、ひとつ思い当たった。
俺たちは同級生で、高三。今年で十八になる。彰には今年成人したばかりの姉貴がいた。
まさか、と思った。
そのまさかは、彰の一言で現実となった。
「ほら、こないだ二十歳んなったろ?」
「……」
「本当に今日お前おかしいぞ? 熱でもあるのか?」
「……あ、あぁ、悪い! そうかもしれねぇ。帰るわ! カレー、ありがとな!」
一旦この状況を整理しなければ。俺は食いかけのカレーを半分残し、逃げるようにその場を立ち去った。心配しているであろう彰の顔を見ることはできなかった。
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帰り道、無意識に足が早まる。頭の中が真っ白になっていた。
「二十歳になれば死ぬのも当然」
どうやらこれが、この世界というものらしい。
俺は一気に怖くなった。だんだんと心臓の鼓動も早まっていく。
若干息切れをしながら、家へと向かった。
そして家に着いてすぐに、違和感が俺を襲った。
いつもは母親がうぜぇくらいに「おかえり」と俺に言わせるまで絡んできていた。
それが今は無かった。家の中は気持ち悪いくらいに静まり返っていた。
全ての部屋に足を踏み入れてゆく。母親と父親の部屋であった場所は、殺風景な部屋でしかなかった。
出掛けたのかもしれない、そう思い、スマホの連絡先の一度も開くことがない画面を開こうとした。そこには、番号どころか、ページすら存在しなかった。
しばらく家にいて、日も完全に落ち、深夜を迎えても、家は静かなままだった。
……俺は、一人になった。
そうか……、一人、か。
「は……はは……」
震えが残る唇からは、笑い声が溢れ出る。
「まじかよ……」
一人……。一人……。一人……!
それが異様に楽しくて面白くて仕方がなかった。何をやったって気を煩わせる事なんてもうないんだ。
帰り道に覚えた恐怖は、いつの間にか消え去っていた。
それからは毎日遊びまくった。学校もねぇ。毎晩ダチを呼んでは騒ぎまくった。
楽しい毎日でしかなかった。
この世界になって変わったことと言えば、テレビや店とか元は大人が管理していたものが全て機械に管理されていることだった。
まぁ、誰がそれを作ったか知るかよって話。
そしてある日、何気なく疑問に思うことがあった。
彰の姉貴がどうやって死んだか、だ。二十歳になれば死ぬのも当然でこの世界の常識からしたら、彰に聞いたところで俺は笑われるだけだろう。
正直、この世界を創りだしたのは俺だ。それなのに何も知らないのには納得がいかなかった。何か、何か決定的なルールがあるはずだった。
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