case1

case1-1 世界を変える



 この世界は腐ってやがる。

 税金を不当に使いまくる公務員や、コロコロと代替わりする総理大臣、テロを起こす異様な宗教キチガイたち、自殺にまで追い込んだイジメを隠蔽する学校、金に目が眩んで品質を悪化させ、健康被害をもたらす企業。

 みんなみんな腐ってやがる。


 大人じゃないから大人の世界は理解できない。当然だ。

 大人になってもこの考えが変わるか? 俺は腐らずにいられるのか?

 わっかんねえな。わからねえ。わかりたくもねえ。

 正直、未来なんざどうでもよくなった。年齢を重ねるとともに見えてくる汚れた世界は、俺の視界を曇らせるばかりだった。


 子供はいつも大人たちを見て育ってきた。大人以外に何を見ろと言うのか。

 こんな世界だからそれを見た子供たちはみんなクズみたいな大人になる。

 こんな世界じゃなけりゃ子供だって普通に育ってゆくはずだろう?

 俺たちには何も責任はないんだ。俺たちをこんなんにしちまったのは、全部全部大人だ。

 大人さえいなくなれば汚い世界を見ることは無くなる。

 ずっと、そう思い続けてきた。


 そんな俺の前に突然奴は現れたんだ。


「世界を、変えてみませんか?」

「…………は?」

「貴方の世界を、創りませんか?」

「いきなり、何、言って………はっ? なんの宗教勧誘…………」


 そいつはよくある大型デパート店員の営業スマイルのような、不気味ともとれるような笑みを浮かべる。声色からして、女だろうか。

 俺は一度そいつと目を合わせてすぐに顔を逸らした。瞳だ。真っ黒で、底のない水たまりがそこにはあった。この世の全てのものよりも黒いんじゃないかと思うほどだった。

 女は、機械的に言葉を並べてゆく。


「貴方は今、この世界を望んではいないのでしょう」

「え…………」

「貴方は選ばれた。新たな世界の創造主となるのです」

「…………」

「貴方は選ばれた。新たな……」

「いや、ちょっと待て!」

「…………」

「世界を創る、とか、創造主、とか、わけわかんねぇから! つーか、そもそもここどこだよ!」

「貴方は選ばれた。新たな……」

「わかったから! 一旦ここから出してくれよ!」

「…………」


 こんなやりとりが何度も続いた。


 それは数分前の出来事だった。

 ダチと遊びに行こうと家を出た瞬間だった事は覚えている。何が起こったのかはわからない。気づくと俺は一面を白に覆われた世界に立っていた。

 辺りを見回したが、ここにはこの世界にそぐわない黒ずくめの女とぼんやりと浮かぶゲートのようなものの他には何もなかった。

 吸い寄せられるかのように近づいていくと、女は俺に奇妙な問いかけをしたのだった。


「世界に点在するあらゆる幸福。あなたはどの幸福を手にしたいですか? …………どんな世界を創りたいですか?」


 そして今、この状況だ。何を言ってもこの女は無言か決まった台詞しか言わない。夢の中にしてはリアルすぎる。未だに理解できない状況を理解する間もなく、女は言った。


「…………貴方の、望む世界を」

「……俺の、望む世界…………」


 ここまでくると信じるも何も無かった。俺は、一度目を閉じた。今この状況が、俺にとっての死を意味するのか、いや、どっちにしたって、俺はこの世界が嫌いだ。変えれるんなら、変えてやるよ。


 そして、半ばやけくそに言った。


「じゃあ、大人のいない、世界を」

「…………それでは、こちらを」


 そう言って渡されたのはチップの埋め込まれた白いカードだった。


「ゲート左に位置するシステムにかざして下さい」


 なんだかよくわからないが、SFの映画みたいで少しわくわくしてきた。


 ……ピッ


 ゲートの機械がカードのチップを読み込んだ音がするのと同時に、カードの色が徐々に変化し、何かが刻まれてゆくのが見えた。

 それを確認する間もなく、女はまた機械的に続けた。


「それでは、貴方の創造した世界を最後まで御堪能くださいませ」

「んなっ…………」


 カードをかざした後、ゲートからは目を覆うほどの光が放たれ、みるみるうちに俺を包んでいった。

 黒ずくめの女はもうすでに俺の視界からいなくなっていた。

 あまりの光の眩しさに、俺は目をぎゅっと瞑った。そこには少なからず恐怖も混じっていたのかもしれない。

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