第五章 二節

 同刻。第六展望ブロックより階下――管制室前フロア。円形の舞台。


「あんたたちのおかげで計画を大幅に軌道修正しなくちゃいけなくなった」


 あたし――雨宮雫はターミナルの中枢、管制室の一歩手前にいた。

 このルーイン全体を統制、管理する銀色の塔――ターミナル。

 ただあくまでこの塔は、コンピュータ内に存在するため、建物内部にそれを機能させるための現実的、物質的な物体は必要としない。天を貫く大きな外観はハリボテであって、中身は空っぽだとしても問題はない。この部屋も例外じゃなく、本来なら障害物たり得るものはない。

 けれど、現状本来あるその姿は失われている。

 今この舞台には、平時ではあり得ないほど多くの障害物に溢れていた。

 管制室前の円形のフロアには、複数の大型コンテナやワイヤー、ハシゴ、階段などが端から端まで五十メートルとない領域を所狭しと埋め尽くしている。見渡そうにも障害物の多い部屋の有り様は、たとえるなら工場廃棄物のゴミの山を彷彿とさせ、目にはよくない。

 それもこれも、すべてはこの女を捕まえるため……。


「敵対組織の存在を知っておきながら、それをこの時まで放置していた予防局の落ち度であると、私は判断いたします」


 実行犯――八神まどかが蔑むようにあたしを睥睨した。


 八神まどかの目的――ルーインの破壊及び八神はづきの奪還を念頭に入れた場合、彼女がこの管制室を目指すのは逃れられない。管制室内にあるメインコンソールを操作しない限り、それらの遂行はまずあり得ないからね。


「まあ、確かにそれは一理あるわ。こうなっちゃった以上、あんたにいくら文句を言っても負け惜しみにしかならない。あんたのせいで颯が……とかそんな言い訳もしない」

「そのような言い分けは、あなたには似合わないでしょう」


 冷めた態度のまどかには、まるで自分の感情を圧し殺している気配が見える。少し前に会った時とは何かが違うけど……。何かしら、この違和感。


「颯は絶対に死なせない。颯はあたしたちの大切な、大切な友達だから。本当はこんなところで油売ってる場合じゃないんだけど、あたしはあんたを捕まえなくちゃならない。それが今あたしに課せられた役目だから」


 強く睨み付け、腕に提げていた大砲ばりに大型の銃を持ち上げる。

 元々ルーインになかったプログラムを関連会社にお願いして、わざわざインストールし、構築した大口径の広角式振動砲。穴のない射出口から打ち出されるのは実弾ではなく、衝撃波に類似した波動。範囲内の空気を過剰に振動させ、小規模の波動領域を形成。対象を吹き飛ばしながら同時に平衡感覚を奪うという、何とも反則的な代物。発射には充填チャージが必要で、秒間の連射数が少ないのが難点だけど、かすりさえすれば相手を昏倒させるに充分の威力がある。


「どちらも失敗に終わります。それがお姉さまのシナリオですから」


 例のごとく愛用の刀を構築したまどかは静かに告げ、背後にあるコンテナの上に跳び乗った。

 彼女の表情が逆光に隠れる。どこか彼女の姉に似過ぎた顔が影に潜む。目を凝らすあたしは、思わずひょんなことを口走っていた。


「あんた……何者なの?」


 その不躾な質問に八神は眉をひそめた。あたしをあざける視線を感じる。


「質問の意図が見えません」

「あんたのこと調べた。だけど、掘れば掘るほどわからないことばかり」


 高音の唸りを上げる振動砲を脇で抱え、角度を調節、充填完了。あとは引き金を引くだけ。


「八神はづきの両親は、二十五年前にすでに死亡している。彼女はその後、父方の祖父母の間で育てられ、祖父母以外の血縁はいない。祖父母が養子を得た経緯もないし、同様に母方の祖父母にも血縁はいない。両方の祖父母にしたって、もう子供を産めるような年齢じゃないし、この二十五年間で八神の家系に変化はない。《八神まどか》って名前であなたと合致するIDも存在しなかった。出生記録もなかったし、それらのデータベースが操作された記録もなかった。なのに……あんたがいる。いつからあんたは存在するの? あんた何者なの?」

「……」


 天井の明りが彼女の顔に深く濃い闇を造った。あたしは続ける。


「でも、たった一つ……起こりうる可能性があった」

「……」

「あんたが八神はづきのクローンだった場合。これなら八神はづきと顔が似過ぎている、その年齢差にも説明がつくわ。正規の方法ではない裏ルートで造られたクローンなら政府のデータベースにあんたの情報は残らないしね。ただ疑問があるとすれば、あんたの性格と身体能力があまりにも八神はづきと掛け離れていること」


 握る刀が微かに震えた。


「見たところあんた、特注じゃない? 遺伝子操作は法に触れる事態よ。ルートは――」


 その瞬間、ぐしゃりという鈍い音を立て、突如コンテナが矩形にひしゃげた。

 それを確認するよりも早く、あたしは引き金を引いた。同心円状の波動が空気を揺らす。リコイルの衝撃を横運動に変え、あたしは横転しながら右に回避行動を取った。

 その直後、八神の持つ刀が床に突き刺さった。誰もいないのコンテナに巨大な穴が穿たれる。

 片膝を突いて着地した八神は、すくっと立ち上がり、刀を床から引き抜いた。


「今から死ぬあなたには……すべて関係のないことです」


 黒猫のような丸い瞳が眇められ、厳しくあたしをねめつける。

 あたしもまた立て膝を突いて立ち上がり、振動砲を構え直す。銃は一発目の発射からフルオートで発射態勢に入り、すでに銃は充填を済んでいる。


「否定しないのは事実だからでしょッ!!」


 二発目。ごうと唸る波が一直線に八神に襲い掛かった。

 しかしその発射の寸毫前、八神は近くにあったコンテナの側面を蹴り上がり、頭上にあった吊り梯子に掴まった。波動がコンテナを吹き飛ばす。コンテナは軽々と宙を飛び、何度も回転して壁にぶつかった。


「くそッ! あんた、どういう神経してんのよッ!」


 梯子にぶら下がっていた八神はすでに別の梯子に移動し、手前に見えたコンテナの上に跳び移ろうとしている。あたしはその着地点に狙いを定める。

 充填――三発目。

 けど、それも当たらない。雑技のような身のこなしで回転しながら降下した彼女には、かすりもしない。再度充填し、迎撃態勢に入る。

 だけど、発射を待たずして接近したまどかの光刃が縦に振り下ろされた。

咄嗟に後方に飛び退けど、なおも連続で襲い来る太刀にじりじりと壁際に追い込まれる。


「くッ!」


 トンと背中が壁を打った。と同時に――充填が完了した。


「テエエエェェ――――――――――ッ!!」


 起死回生の一撃――が、波動砲が空気を震わす寸前まどかが叫んだ。


「無駄だッ!」


 彼女の振るった一閃が振動砲を貫き、パーツがバラバラに砕け散った。

高速回転する機関部が剥き出しになる。膨大なエネルギーがけたたましく渦を巻く。


 ――やばッ!


 思ったのも束の間。溢れ出た閃光が爆音を伴って、対峙する二人を包み込んだ。

 暴発。

 けたたましい音を立て、部屋全体に波紋を轟かす。巻き起こる圧力に一面のコンテナが飛び、こぞって壁に追いやられる。

 その圧力はあたしをも呑み込み、易々と吹き飛ばした。

 のたうち、転がり、身体を押さえる。ダメ、頭割れそう……。

 強烈な嘔吐感に見舞われる腹部を押さえながら、やっとの思いで私は立ち上がった。


「私は……クローンなんかじゃない……私は……」


 一方、まどかは悠然と、毅然とそこに立っていた。

 わずか五メートル先、鬼のような形相で立つ彼女に、私の萎えた背筋がぞっと震える。


「私はここにいる。私はここに存在しているッ!」


 近付く。携えた刀を顔の前にかざし、一歩ずつ近付く。


「お姉さまは、妹として私が助け出すッ!! そのために私はここに来た。それが彼を殺すことと同義だったとしても関係はありませんッ!!」

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