惑星グラウスの秘密と魔女

プロローグ

 バラバラになってしまった。綺麗に分けられた正方形は空へ昇っていく。あらゆるものについて、多くは大地に向かって降り注ぐというのに。

 そうだ、これは自然現象などではない。私がいま見ているのは、人為的なものだ。欲望が悪意を増長させた結果にあるものだ。たったそれだけで奪えてしまうのだ。


「違う……」


 戻ってこない。どんなに願っても、もう戻ってこない。

 私が大切にしてきた全ては、遠く離れたところに消えてしまった。


「違う、違う」


 吹き荒れる暴風が渦を巻いて空への道を作っている。いかないでと手を伸ばしたところで、届きはしない。

 こんな時に何もできないなんて。私は今まで何をやってきたんだ。どれだけの価値を守れてきたんだ。


「違う! こんなの、違う!」

「わぁ、綺麗。凄いねぇ。お高かったでしょうに、残念」


 悪意が、形をとった。最期すら見せないと言わんばかりに立ち塞がっている。わざとらしく踏み込んだ足から泥が舞い、私の視界を覆った。顔を振る。少し泥を飛ばす。涙も飛んでいたと思う。


「私もそれなりに暮らしていたから、感慨深いわ。ねぇ、麗しきご主人様!」


 暴性の塊がぶつかった。大きな痛みはないけど、灼けるよう。

 ああ、まだか。まだいたぶるというのか。


「痛い? 痛くないでしょう? あの光景に比べればはるかに!」

「……殺して」

「殺してください、でしょうが!」


 再び黒色のつまさき。怒れる慈悲が、私を貫く。


「ああ、最高。ずっとずっと、あなたをこうしたかったわ」


 私は下。踏まれるだけで、もはや顔を上げる気力さえ湧いてこなかった。

 あらゆるものが踏みにじられた。誇りも思い出も――

 踏まれる。何度も何度も。地面に叩きつけられて思い知らされる。私のせいだと、足と大地が訴え続ける。違うと言っても、もはや聞き届けられはしない。


 やがて、罰が止まった。多種多様な暴力の音がぐるぐると頭の中を巡り続ける。

 私は表情が動かないことに気がついた。心が麻痺している。

 それでも、涙が流れていることぐらいは分かった。


「なんて綺麗なの……」


 うっとりと、今まさに運ばれてきた高級料理を目の前にしたかのような声。舌なめずりさえ幻視する。


 髪を掴まれた。起こされる。

 髪。黒くて、夜が流れているみたいで、綺麗と言われた。もう言ってくれる人たちはいない。奪われてしまった。


「なんて綺麗なの……!」


 首に手が迫る――


「なんて綺麗なの!」


 暴力が巻きつく。欲に満ちた面が私を堕としていく。

 懇願するしかなかった。


「殺してください……お願いします……」

「嫌よ! あなたは殺さない! こんなに美しいあなたが、私のものになるんですもの! 殺してなるものですか……!」


 遠くの空に、全てが吸い込まれていった。最後の一欠片に至るまで、全て……。

 きっと、私の心も。

 あらゆる歴史も。


「刻んであげる。あの光景の下で」


 そして、私は、全ての力を失った。

 憎むべき奴の手に抱かれ、ただただ、どこまでも深い漆黒へ――

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