帰還、旅立ち

28 戴冠式と報酬

 ――サラの最強最速の武器は、ビームでもなんでもない。フォース・ホールと船体のエネルギーをフルに活用し、針型の身を最高のパワーを纏わせて射出する『緊急脱出システム』こそが切り札だ。放たれた船体はもはや針などというレベルではない。それはまさしく銀の銃弾であり、あらゆるものを斬る銀の剣である。

 一瞬のスパークと共に放たれたサラは、軍艦たちの一瞬の見送りを受けて、サンドコア宮殿に到達した。その瞬間、私は緊急で停止するために船体の重力制御を働かせ、着陸そのものを安定させた。この作業がなんとも気が張って大変だ。少し間違えれば地表に大穴を開けてしまうのだから。


 間に合った私は、お姫様に向かってニッと笑顔を向けた。どうせ今はカメラも混乱して、私を映してはいないだろうが。

 お姫様は、まだいつも通りの笑顔を向けている。まぁ、そういう約束だからね。

 続いて、メイデリックに心からの侮蔑を含んだ目を向けた。


「メイデリック・イェーマス。とてもいい知らせだ。既に君の企みは全て明らかになっているのだよ。ボォン・シナーベ侯爵の家を調べたのでね」

「だからなんだというのだ? なんだ、君は?」

「ふむ。その自信だと、そうだな……傭兵を一人ぐらい買収していたか? だが、残念。みんな倒してしまったよ」ピクリと、メイデリックが眉をひそめた。やはり、だ。「大方、証拠の隠滅、改変を行おうとしたのだろうが、私の動きが一歩先を行ってしまったらしい。そのままで手に入れたよ。君が侯爵と交わした密談も全て、だ。既にリ・マ・ヘイム全土に君の悪事は知れ渡っていると思ってくれていい」


 私はサラにデータの投影をさせた。侯爵の評判もこれで著しく下がるだろうが、仕方ない。何より――


「情報はすべて事実です! 私は夫が軍部と何度も会っていることを知っていますし、メイデリックと夫が親しかったのも事実! 何より、ボォン・シナーベのやり方はですね!」


 奥様が次々と、そこまでやるかというほど侯爵をけちょんけちょんにしているのだから。

 ボォン・シナーベ領が軍部の企みにより軍事拠点へと変えられそうだったことも明かされ、


「バフィ将軍は数多くの非道を成してきました。我々も被害者です。その立場から言いましょう。侯爵の行ったことはまさしくバフィ将軍のやり方と同じであり、両者の関係に疑いの余地はないと思われます」


 スペーディが自身らの体験を交えながら軍部を暴いた。

 バフィが既に死んでいるのは予想外だったが、余計な反撃がない分、スムーズでいい。


 メイデリックは、やはり焦りを隠しきれていない。が、まだ火が消えてもいなかった。


「――私は、仕方なかったのです。皆さんの言う通り、バフィ将軍は非道で、冷酷だ。私もそれを身をもって知っている!」

「ほう、今度はそう逃げるか」大したもんだ。


 次の瞬間、宙に浮かぶデータが映像へと切り替わった。

 映像の主役は、メイデリックその人だった――



 映像の中で、メイデリックは士官――バフィを撃ったという男――と話していた。「――いいか、何かあったらバフィを殺せ。どうせお前には出世の道はない。俺が軍部の実権を握れば、お前にだっていい思いをさせてやれるさ。一年ほど拘留されるだけで済む。あとのことは俺に任せろ」



「ノーラ、これは?」お姫様が聞いた。

「……私は用意していないよ、こんなの。内部の人間でなければ、無理だろうね」


 まっ、彼女だろうな――


 メイデリックは、とうとう観念したらしく、ふるふると震えながら目を泳がせていた。

 ――私はお姫様の前に出て、サーベルを抜いた。

 カッと目を見開いたメイデリックが、こちらに突撃してくる。剣は抜かれていた。


 一斉に大勢が動き出す中、私は野望の騎士が振るった剣を受け止めた。大きな衝撃が身体を駆け抜ける。

 二度、三度と斬り合う。メイデリックの目は真っ直ぐ、殺意を持ってお姫様に向けられていた。それゆえに剣は暴力的で、冒涜的で、原初の力に満ちている。術は全てが暴力に特化して彼の中で生まれ変わっているようだった。

 しかし、それらはすべて死ぬ剣だ。


 彼には、これを使うと決めていた。

 刃がぶつかり合った瞬間、強く押して距離を離すと、私は鞘口をなぞり、鞘を手に取った。

 鞘口の奥から光が漏れ出ている。それをサーベルにサッと走らせると、光はその場に残って刃を包み込んだ。


 メイデリックの顔が驚きに染まる。

 ――多分、何の意味があるんだという意味で。

 地球のサブカルチャー知っていれば、これの意味が分かっただろうに。それだけでは、勿論ないが!


「これは、ここぞという時にしか使わない、私の切り札だよ、メイデリック! ヴァーナの時にも使おうと思ったが、やはり君を打ち負かす今が相応しいな」


 流石に警戒したか、動きが止まる。その隙を狙い、彼を取り押さえようと大勢が向かってきた。そうなれば、動かないわけにはいかない。

 こちらに斬りかかってきた野望の騎士を、私は輝くサーベルで一閃した。

 バチリと、余剰エネルギーの炸裂と共に、彼の剣と身に着けていたもの――防護服を綺麗に切断した。幾度か振り、入院しないで済む程度に彼をズタズタに斬り裂く。最後に、顔に傷がつくよう――額から頬にかけてをしっかり斬り、とうとう彼を取り押さえようとしていた人々のもとへ送り出すことができた。


 鞘にサーベルを戻す。マルチグローブ越しに、熱がまだ残っていた。



 * * *



 あとの騒ぎは、それは凄まじいものだった。戴冠式は一時中断されたが、ここまでやっておいて中止というわけにはいかない。一時間ほどズラして再開されることになった。異例も異例、大異例だ。歴史に残る一件だよ。


 ――私は、その間にお姫様と話をすることにした。簡単な、別れ話だ。


「行くのですか?」

「うん。やることはやったしね。あとは君たちで大丈夫だよ」

「もう少しゆっくりしていけばいいのに」

「そういうゆっくりは性に合わない。もう、ここに残っていたって、当分は冒険らしい冒険ができなさそうでね。スリルがないところにいつまでもいたって仕方ない。フォルダーはいつも歩き続けるんだ」


 それが、私にとって最高の生き方だと信じている。


「戴冠式は、最後まで見て行ってくださらないのですか?」

「うん」

「見て行ってほしいです」

「じゃあ、見る。サラの中から」

「そんなことを仰らずに」


 そりゃあ、協力したわけだから、見て行ってもらいたいだろう。晴れ姿だものね。

 だけど、私はこれ以上、彼女に関わるつもりはなかった。


「どうしてもなんだ。どうしても、その場から見るわけにはいかないんだ」

「……どうしてです?」


 ヴァーナがいなくなった今――たとえ、あの瞬間、協力を受けていたとしても――私には見ていてもらいたい。嬉しい話だ。


「――私が美しいから、かな」

「答えになっていません」呆れたように、彼女は言った。


 確かに、答えになってはいなかった。

 ただ、私は嘘をついたつもりはない。美しいから、美しくありたいからだ。仕事もまた然り。



 * * *



 戴冠式は盛大に、厳かに、滞りなく進んだ。

 女王となったパニマは、既にあちこちで話題になっている。自らのめでたき日に、国の病巣をも取り除いたと評されたことは幸運だった。彼女のこれからも、少しは楽になるだろう。

 私は、サラを浮上させていたが、身体は外に出している。

 その先に、欲しかったものがあるからだ。


 宮殿を横切るようにサラを飛ばした。

 さぁ、報酬を貰おう。


「     」


 パニマ女王が何かを言っているのは分かったが、聞こえはしなかった。

 ただ、受け取れたものは確かにある。報酬だ。


 私が彼女に望んだのは、たった一つ。



 この私だけに向けられる、最高の笑顔だ!



 凄かろう! 一国の姫、今や王女が、私だけに満面の笑みを向けてくれるのだ!

 サラがその様子をしっかりおさめたのを確認し、私は手を振って彼女に別れを告げた。

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