27 かくて最後の幕は
この時が来ることを考えなかったわけではなかった。
もし、何かがあれば。
あるいは、何事もなければ。
こうして、王位をいただくことは私に課せられた定めなのだ。誇らしくもあり、苦しくもまたある。ずっと、そう思っていた。
しかし、今はなすべきことがある。
久しく纏う式典用の服。鏡の中で私は、これまでと変わらない顔をしている。人前に出るのは慣れているから当然だけれど、これから行うことを考えれば、随分と図太いと思う。私という人間はこれができるのか。それとも、今回の冒険ですっかり気持ちが固まったのか。
今は離れてしまった友は、こんな私にどう声をかけるだろう。褒めてくれるだろうか。
「いけない、少しの弱さも今は許されないのですから」
正直、期待と興奮に燃えている自分もいる。それをより強く呼び起こし、気持ちを整えよう。
失敗は許されない。戴冠式の最中にこそ、最後の戦いがある。
いや、何より――
「パニマ様、こちらが宣誓文でございます」「パニマ様、最初の挨拶に変更が」「パニマ様、式の最中にフェプヌフの大使が到着いたしますので、必ずそちらに手を振るよう――」
急も急なので、もう始まるという段階でもまだこの有り様。私だけでもしっかりしていなくては、戴冠式は単なるお笑いになってしまう。
まったく、ノーラ・スタンスは大胆に考えたものだ。国家の一大事を使って不穏な輩を叩くなど……。
フォルダーという者は、皆ああなのだろうか――?
慌ただしい宮殿の中を、私は歩く。周囲には護衛。ヴァーナがそばにいた時は、これよりもっと安心できていたが、彼らであっても何の問題もない。
ここまで忙しい宮殿は、かつて見たことがない。二度と見れるかどうか……目にしっかり焼きつけておいた方が、後々の思い出になるだろう。また、それは義務にも思えた。皆、私のために動いているとも言えるのだから。
同じく、せかせかと動き回っているメイデリックが見えた。
私は彼を信用していた。彼を見抜くことができなかった。お爺様たちもそうではあるが、やはり、まだ未熟と己を叱るべきであろう。私はこれから、目が活きなければならない世界の、最も激しく、最も重い場所に行かなければならないのだから。
メイデリックは、こちらに一礼した。私はそれに応じる。
今なら分かる。
彼の所作に、敬意などないと。
なればこそ、私は敬意をもって応じ、打ち倒すべくを心に抱く。
間もなく戴冠式が始まる。頭の中で何度も何度も流れを繰り返す。
大丈夫、きっとうまくいく。
「パニマ」
声に振り向く。護衛一同が一斉に道を開け、その主を私の前に出した。
「お父様、何か?」車椅子で現れた父に、私は聞いた。
「いや、最後に見ておこうと思ってね」
「最後だなんて、不吉な事を仰らないでください。今日は良き日になるのです」
「いや、最後だよ。私の娘、淑やかな姫としてのお前は今日で終わる。私が不甲斐ないばかりに、お前には重荷を背負わせてしまった。すまない、パニマ」
静かな笑みは後悔の果てにあるものだった。
父は、私の姿に喜びを感じている。しかし、それで責任が消えてわけではないと分かっている。
「お父様、不甲斐ないなどと……そんなことはありません。お父様は大変良くしてくださいました。王家の者として恥じぬ生き方をなされていたではありませんか」
「その王家というものが、私をここまで追い詰めたのかもしれん。軍部首脳だけではない、多くとの戦いに明け暮れる国王の姿は誇りであり、また、私にとっては後に待ち受ける苦難でもあった。激しさを増すにつれて、私は耐えきれなくなったのかもしれんな」
「こうして生きて、この場にいることがすでに戦いなのです。ご自分を責めないでください。お父様、病は病です」
「お前は強いな、パニマ。そんなお前に、ヴァーナの件といい、私は……」
「お父様、私、ヴァーナとは今でも友です」
「――そうか。お前は、それでいいんだね」
私は、にっこり頷いた。
* * *
広大なバルコニーから見える全てが、これまでと違っていた。
声が声を呼ぶ。それぞれの動きは風に揺られるかのようであったが、一人一人が間違いなく意思を持っており、長い人生を経て、あるいはこれから紡ぐ――その、一瞬をこの場で過ごしている。
人の数だけ歴史があり、生命があり、それが過去から現在、そして未来へと繋がっていく。
目に映る全ては莫大な生命史の奔流だ。
これから私が背負うものであり、私を背負ってもらう人々。
かつて、祖父は戴冠式の日、あまりにも多いの『全て』に眩んでしまったらしい。
私は、まだ眩んではいない。
そかし、足は言う事を聞かなくなってきている。
誰かに言ってしまえば、きっと無理もないと返されるだろう。私だってそう思う。覚悟はあったが、たったの一週間でこの日を迎えて、歩けるだけでも私はよくやっている。
ダメだ。よくやっているだけではダメなのだ。
今日の女王を、示すのだ――
戴冠式は必ずサンドコア宮殿、バルコニーで人々に見守られながら行われる。
方式は簡単で、今日までの王がこれからの王に冠を授ける。ただそれだけだが――
かつて、二世代後に行われた例がないわけではない。それでも、こちらから見る祖父は己に舞い降りた偉業に緊張していると読み取れた。それは歴史に大きく記される今日への思いだけではなく、これから始まる軍部首脳との決戦に対してでもあったのだろう。見えるところに控える、バフィ将軍が気がかりでないはずがない。
「――大いなるハーレンの子、ラーンズの子」
あと僅かな時間を最後まで国王として全うせんとするジルバ・ハンマ・ラーンズの口から、偉大なるラーンズの始祖の名が流れ出る。
「誓いを」
私は三衛星の輝きを彫りで表現された王冠に、宣誓する。
手筈通りだが、それでも気持ちだけは、込めて――
「お待ちいただきたい!」
――来た。
私と祖父は同時に動きを止め、声の主――メイデリックを見る。急いできたていで、肩で息をしている。
ざわつきが起こる。ハノル・バフィも同じだった。
取り押さえにかかった者たちを、王室一同が止めていた。
それを一瞬、メイデリックは不審に思ったらしいが、堂々としてこちらに歩んだ。
「メイデリック、式の最中である。用向きあらば他に申せ」
「他ではなりませぬ。陛下、この戴冠、しばし留まりくださるようお願い申し上げます」
更なるざわつき。当然のことだ。一介の騎士が最大規模の式典に待ったをかけたのだから。
バフィを見たくなったが、今はそれをしていられない。
「メイデリック! 無礼であるぞ!」
「陛下、何故パニマ様への戴冠を? あまりに急であります。この場にてご説明した上での戴冠こそが道理であるかと!」
「説明は既にした。ダンピノアの容体は王の務めを果たすに適していない。パニマが適当である」
「私にはそうは思えません……! 失礼ながら、パニマ様には疑いがあります!」
かかった――息が詰まる。
「疑い――?」
「陛下、パニマ様にはボォン・シナーベ侯爵殺害の嫌疑がかかっています」
メイデリックは口早に、私をこの座から叩き落とすための札を切り続けた。
大叔父様殺害、ショーヤでの騒動など、多くを私に擦り付けた。
騒ぎは混乱へと変わりつつある。
「それに、パニマ様にはかねてより軍部首脳――バフィ将軍との繋がりも囁かれておりました。それについても私は調べがついています」
「馬鹿な!」切られそうになったバフィ将軍は立ち上がり、躍り出た。
私は内心ほくそ笑んだ。こちらの計画通りに――
「ああっ!」
それは、一瞬の出来事だった。バフィについて立った士官が、長年王室と対立を続けた男の胸をブラスターで撃ち抜いた。
こんなことは、予定にない。
この場でバフィを殺害するなど――
「――正気ですか? メイデリック!」
耐えきれなかった。
私は怒号し、男を睨みつけた。
士官は捕まっている。メイデリックの仕込みであることは間違いない。彼もまた始末されるかもしれない。
「パニマ様、どうか潔く」
なんということだろう! メイデリックはこの期に及んで、全てを私の企みとするつもりなのか!
「恥を知りなさい!」
「このようなことはしたくありませんが、あなたの企みの証は既にあるのです!」
そう言い、メイデリックは証拠の数々――捏造した多くを提示した。軍部の力を使って作り上げたのであろうそれらは、一見ではそうと分からない見事なものだった。
――ここだ。ここしかない。
既に騒ぎは取り返しのつかないところに向かい始めている。
私が戦うなら、今だ。
お爺様に目配せし、決戦の合図とする。
「メイデリック、あなたこそ潔くしたらどうです?」彼の眼前に立ち、私は宣戦布告する。「軍部首脳と結託し、王室を陥れんとしたこと、既に明白。ボォン・シナーベ侯爵殺害も調べればあなたの仕業だとすぐに分かります! 私も見ましたからね。メイデリック・イェーマス、あなたは優秀な人間です。しかし、野心が強すぎた。私を退け空位とし、自らが実権を握る――そのような企みがうまくいくと思いますか? あなたには何もできない。私を退けることもできない!」
ああ、これは私のやり方ではない……。
そう、プライドを逆撫でするような、これは――
「――パニマ様、そこまで仰るなら、証明できるのですか? 私があなたの仰るような邪な人間であると! 陛下と、偉大なるハーレンの下に!」
騒ぎがピークに達したその時――
――サンドコア宮殿のすぐそばには、王家専用の簡易な宇宙船用のポートがある。私用のものが数台置いてあるだけの広い空間。
そこに、轟音と共に針――いや、剣が突き刺さった。
「いや、面白いやり取りだったよ。まさかバフィ将軍を消すとはね。やるじゃないか、メイデリック・イェーマス。だが、それまでだ。君が言う証など、簡単に出せてしまうのだよ。足並みを揃えないからこうなるんだ。残り僅かな栄光の時間の間ぐらいは覚えておくといい。いくら力があるとはいえ、野心を暴走させて天下を取れるほど、君は立派ではないよ」
変わらぬ調子で出てきたのは――えっと、美しい人だった。断じてそれなりではないと言っておこう。
彼女の情熱を示すような赤毛。後ろでまとめられた一本がなびいている。これまで鋭く翻されてきたコート。背中にはネットビームを放つバックパック。手には万能のグローブを。ブーツはロケット機能で彼女の身体をこちらに飛ばしている。
ネットビームが閃き、ノーラ・スタンスは宮殿へと降り立った。
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