26 激闘の急降下

「随分と暴れましたね。陽動のつもりですか?」

「そうだな。君が引っかかってくれて助かったよ」

「引っかかったのではありません」呆れたように手を上げてみせながらヴァーナは言った。「あなたをここに釘付けにするためです。既に戴冠式には手を回していますから」

「嘘だね」間髪をいれずに私は暴いた。「こんな急なタイミングで戴冠式に手を回せるものか。君たちだって予想はしていなかったはずだ。当人である王室側でさえ大慌てなんだ。バフィ将軍はそれ以上に慌てたことだろう。自分がやったことが一気に無駄になるのだからな」


 彼女の顔色が変わると思った。

 それは当たった。

 ただ、驚き一瞬、そのあとにあったのは――嬉しそうな顔だった。

 むぅ。歯ぎしりしてくれると思ったのに。


 逆に自分で悔しくなりながら、私は続ける。「それに、メイデリックのこともある。彼がボォン・シナーベ侯を殺害したのはタイミングと立場を考えれば少しおかしい。そして、予想通りに彼は彼で野心家だった。これを知った時の私の悪巧みに満ちた笑顔を見せてあげたかったよ。彼の手綱を握るのに手いっぱいで、もはやバフィ将軍以下軍部首脳にはラーンズ王家にちょっかいを出す余力はないはずだ。戴冠式当日に急なことをすればそれこそおしまいだ。周辺宙域が注目する中で言い逃れできないレベルまで行為をエスカレートさせるしかないだろうな」

「残念ながら全てこちらの計画通りですよ」

「それも嘘だな。本当だったら、君がここに来るはずがない。戴冠式のことだけを気にしていればいいのだから。宇宙にいる私の相手をする必要はないはずだ。急なことだから、うるさいものは全部叩いておこうという腹積もりだろう?

 ヴァーナ、ここまで来たら互いに探り合いはやめよう。正々堂々とは言わないが、決着をつけようとは思わないか?」


 騎士道精神のようでそうでもない私の提案に、ヴァーナ・レブは乗ってくれるらしく、両腕から光の刃が伸びる。同時に、彼女が足場としている宇宙船の表面が一瞬スパークした。身体全体にバリアを張っていると見た。

 私は重力調整カプセルを飲み込み、すぐさまサーベルを取り出す。


「ノーラ・スタンス。あなたはここで止まっていてください」

「いや、今から晴れ舞台を見に行くのでね」


 ネットビームとブーツロケットを併用し、私は一瞬でヴァーナの懐に潜り込んだ。すぐさま刃が左右から襲い掛かる。届く前に、彼女のパワードスーツを掴んで引っ張った。マルチグローブ越しにもバリアの衝撃が走るが、光の刃は宙を斬った。

 私はそのまま彼女を押し倒し、持ってきた隕石のような宇宙船の中にもつれながら進入を果たした。

 この間に繰り返された攻防は、残念ながら私の劣勢に終わってしまった。接触時のバリアは大したものではないのでこちらの装備でほぼ無力化できたが、完全に動きを読まれて対策を立てられている。


「そうでなくては、な!」蹴り飛ばされたが、受け身を完璧にこなして体勢を立て直す。見回せば、殺風景な白の船内だ。風情がない。

「――もう少し、見せてください」ヴァーナは鋭い目を向け、こちらに駆けだした。


 固定された光の刃が解き放たれ、飛んできた。サーベルで弾きながら向こうと同じように距離を詰める。既に第二のブレードは用意されている。

 斜めに振り下ろたサーベルは片刃に受け止められた。もう片方が蝶のような優美さで持ち上がるのも一瞬だけ、光線を引いて目に焼きつけられる。

 蹴り。ダメだ。膝まで持ち上がって止められた。


「よっと!」


 ブーツロケットで宙返りし、ブーツで刃を蹴った。重みが伝わる。ヴァーナの身体も浮いた。

 次の瞬間、腹部に神経が集中した。

 顔を歪めながら確認すると、綺麗に伸びた足が私に突き刺さっている。蹴られた。


 むせながら床に叩きつけられる。痛いっての。

 それでも反撃。ロケットに踏ん張ってもらう。

 逆手に持ち替えたサーベルに反応がズレて、スーツにみっともない線を浮かび上がらせることに成功した。綺麗な断面からバチバチと火花が散る。


「やりますね――」

「褒め言葉は最後に、盛大にしてくれると嬉しいな!」


 ――全くもって綺麗な戦いだった。今回の一件でこれができるのは、剣術をしっかり学んでいたと思われるメイデリックと踏んでいたが……。

 ヴァーナは、戦いの多くを学んでいる。

 ありがたいことに、反撃後は剣術のみで戦ってくれているが、その手の豊富さたるや。私も剣が好きで、色々と使える術もそうでないものも集めているが、彼女はもっと節操がない。構えも次々と変えて私を翻弄しようと試みる。

 しかし、彼女はその研鑽を誇ろうとはしていないし、愛しているとも思えなかった。どこか暴力的に過ぎた。

 ぶっきらぼうに、手段でしかないように振るわれる技は、その練り具合こそ楽しませてくれるが、虚無さえ伝わってきそうだ。


 この愛らしい戦いの妖精は、単なるスパイではない。

 節操こそないが、彼女は戦場か、それ以上の何かに耐えうる訓練を受けたようにも思われた。


 それでも、やはり楽しいものは楽しい。

 息が乱れていくが、単純に楽しく、自然と笑みが浮かんだ。私の一撃に、何通りもの答えを返してくれる。

 今日までフォルダーとして様々な相手とやりあってきたが、ヴァーナは間違いなく上位に入る楽しさだ。私の命を容易く風前の灯火にしてくれる。

 だけど、死ぬわけにはいかないんだ。本当に死んでしまっては楽しくない。


「そろそろ、メイデリックが動き出す頃かな?」


 私は距離をとりながら聞いた。

 サラはとっくに囲まれてしまっていることだろう。こちらも行動しなければいけない。その前に、ヴァーナから最終確認だ。


「――手綱は握れなかったので、どうなることやら」ヴァーナは肩で息をしながら言った。「メイデリックは操り人形の糸です。しかし、糸はとっくに意志をもって人形を操ろうとしていた。その先が見えなくなった時、彼の野心は破滅へと暴走を始めました。レッドフォルダー、メイデリックは最後の賭けに出る。バフィ将軍も同じです。あなたたちは、それに勝たなければ全てが無駄になる」

「切り札は分かっている。私はそれを封じるためだけにも行くのだよ、ヴァーナ」

「ああ、あなたは――」


 ヴァーナは黙りこくり、何か言葉を飲み込んだ。

 私は鞘に当てていた手を放した。この手を使わない方が良いと思った。


「……言いたいことがあるのなら、言ってもいいよ。宇宙で危ないことをやっていれば、いつ命を落としたっておかしくない。言いたいことがあるのなら言うべきだ。私だって、君に言いたいことの一つや二つある」

「では、あなたからどうぞ」

「断るよ」私はヘルメットをチョーカーに戻しながら、笑顔で言った。「私は死なないからね。かっこよく生きるのに貪欲なんだ。そのために執念を燃やして、万象が死ねと命じても突っぱねる。秘密の言葉を含んでいることも、いいフォルダーの、いい女の条件だと思うし。それを守るためなら、何を前にしたって、生きて、乗り越えて、かっこつけるよ」

「また――そんな」


 ヴァーナは両手を組んだ。パワードスーツが変形し、両手のブレード発生器が合体する。そこから、巨大なビームブレードが現れた。真横に置かれ、ヴァーナは水平に位置取りする。


「ノーラ・スタンス――見せてください」

「伝えることは最後までしっかりと言うものだよ、ヴァーナ」


 切っ先を向ける、いつもの構えで応じる。


 二つの赤い髪が交差した。

 光の刃と、銀の刃。


 凍えて闇夜にそまりそうな緊張感の中を私は振り返った。光が失われていく武器は単なる衣服と化すだろう。へたり込む彼女に歩み寄り――



 とりあえずパワードスーツを切り刻んで、やはり際どい状態にした。



「何するんですか?」

「やりたくなったんだ。ヴァーナは肌綺麗だから見ていて楽しいし」

「そんな理由で……」

「こうでもしなきゃね。おさまらないよ。いい戦いだったけど、前の方がヴァーナは強かった。今回は試されているみたいでちょっと気持ち悪さがあった。あれだけの腕、もし、本気で来てくれていたのならもっと楽しく――」

「本気でした」ヴァーナは胸元を隠しながら、振り返った。「本気で、戦いました。あなたはそれに応じてくれた」

「――ありがとう。では、あとは邪魔しないでいてね」


 頬にキスを贈り、私は足早にサラへと戻った。

 トラクタービームを抜け出し、ヴァーナの船を遠ざけるが、案の定包囲されていた。

 それは気にせずに、宮殿の情報を確認する。戴冠式は今、まさに始まろうとしていた。全てがここで終わる。そして、始まる。


「あれを始めるよ、サラ」


 艦橋に入り、私はフォース・ホールをフル稼働させ、サラ本体にもコマンドを送った。

 音を立てながらぐんぐんエネルギーを膨大なものにしていく銀の宇宙船は、回転するリングが生み出す重力の渦にそのストレスを増大させ、解放の時を待つ。

 私が逃げ出さないように、軍艦たちはぐるりと囲んでいく。


 私は、警告を出した。

 あまり囲みすぎると、死ぬかもしれないぞ、と。



 そして、銀の銃弾は放たれる。



「緊急脱出、開始!」

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