25 当日、宇宙で
ソロン・ヘイムから飛び立った私は第三衛星リオン・ヘイムに身を隠していた。しばらくはここで待機する必要がある。
第三とついてはいるが、開発の具合はここが一番進んでいる。ヒューマンタイプによる典型的な衛星都市が並び立っており、サラはその明かりを小さな虫のように眺められる鉱山帯に泊まっていた。
リ・マ・ヘイム本星ではあと三日もすれば戴冠式だ。既に確定情報と噂が飛び交っている。
私は広域ネットワークで情報を渦のように巻き取りながら、噂ととれるものばかり集めていた。ここで待っている間のいい暇つぶしにもなるし、意外と核心を突くものも見つかる。
「実はジルバ国王はもう死んでいる」「軍部が遂にパニマ姫を祭り上げた!」「国王英断か? それとも逆効果か?」「これは全てパニマ・エマ・ラーンズの企み」
最後なんかかなり近いところにある。
どうやら、いい具合に混乱していただいているようだ。ここから先は私にはコントロールできないので、政治の世界で戦えるお姫様やジルバ国王たちの働きに期待するしかない。
私にできることは、この餌に食らいついて動き出す連中の排除だけだ。
情報を閉じた私は、証拠品の再確認に取り掛かった。
状態保存はお手の物だ。フォルダーだけではない。コレクション趣味のハンターなら誰だってできる。
極めて薄く、限りなく軽いフィルムが被せられた手記をはじめとする証拠品は、その上から特殊な耐性スプレーが噴霧されている。ちょっとやそっとのことでは消滅の危機には陥らないし、百年はこのままが保障される。
この証拠でボォン・シナーベ侯爵とメイデリックの繋がりからある程度まで引っ張り出せる。そのあとはスペーディや侯爵夫人らの証言でこちらの優位を保ち……賭けの結果に全てを託す。
賭けの成功率を押し上げるために、私はここで待つ。
そして、一日が経過した。
正直、失敗したかなとも思った。こんなにかかるとは思わなかったのだ。
ようやく軍艦が騒がしくなってきた。ソロン・ヘイムの屋敷で私が暴れたこと、そして侯爵夫人に「私とお姫様が来た」と証言させたこと。簡単なかく乱だが、少なくとも私が動いていることは分かるようにした。
「さて、どうやって始めようか」
言いながら、私はフォース・ホールを起動させてサラを飛ばした。
向かう先にあるのは四隻の偵察艦。リ・マ・ヘイムで使われている軍艦や装備などのデータは既に貰っている。大きなアドバンテージだ。照合の結果、装備はあまり上等ではないらしいことが分かった。
乗っているのが正規の軍人か、利用されている傭兵かは分からないが、動きはしっかりしている。
残り時間も気になるし、ここは突っ走るとするか。
目立つように、目立つように――
私は彼らのど真ん中目がけてサラを突撃させた。
接近。同時に彼らは私に気づき、迅速な対応をとった。いかにもな軍人らしさを感じる。傭兵ではなさそうだ。
静止警告が発せられるが、勿論無視だ。
サラを彼らの並びの中央に持っていくと、くるりと二回転。からかいだ。すぐさま針路を第一衛星バルン・ヘイムにとり、引きつけるように飛ぶ。彼らの警告はいつの間にか攻撃予告が含まれていた。それでいいぞ。
「サラ、このままバルン・ヘイムまで逃げるよ」
ブレインもリフレッシュしてもらい、上機嫌だ。フォース・ホールの唸りはますます盛り上がり、銀の針は衛星圏を抜け出した。あとを追う軍艦は六隻に増加している。しかし、追いつかれる心配はない。彼らが遅いのではなく、サラの速度が圧倒的なのだ。多くの装備、目的がある彼らと違い、サラはあくまで宇宙船。装備も生き延びるために必要な最低限にしてあるから、ガンガンスピードに回せる。
一隻からオレンジの光弾が放たれた。こちらの機能を停止させるためのショック砲だ。
サラの自動操縦を後押しする形で船体を傾かせる。サラの表面を滑るかのように光弾は流れ、消えていった。
反応を再確認する。後ろではなく、前の。
バルン・ヘイム周辺には軍艦が集まっていた。サラを追う連中の倍といったところか。宇宙船一つ相手にするのには、いささか大袈裟と言える。
しかし、私は上機嫌だ。褒められて、認められて嬉しくないわけがない。サラはこれだけのことをする価値があると認められているのだ。おお、サラがより美しく思える。中にいる私はその数百倍だ!
実際のところは、侯爵夫人に撒いてもらった餌のおかげだろうけどね。
「賑やかにいくわよ、サラ」
グンと、僅かにフォース・ホールが揺れ、船体にもそれが伝わった。
私はサラのスピードを現状で固定し、再び軍艦の群れの真ん中に突っ込んだ。今度はうまくいくとは思っていない。これがうまくいったら、それこそリ・マ・ヘイムが心配になる。
案の定、組まれて展開されたフィールドと攻撃によってサラは接近を許してもらえない。後ろから来る六隻は陣形を整えつつ、こちらに再度ショック砲を撃とうとしていた。
「よしよし、いいぞぉ!」
サラを回す。前方フィールドにかすり、スパークが飛び散るのと同時に反転を実行した。
途中で止めれば、サラは彼らから向かって上を向く結果になる。捕まる前にさっさと上ってしまった。真下では追ってきた六隻がバルン・ヘイムに待機していた連中と合流している。ここまでは予定通りだ。
「サラ、持ってちょうだいね。少し長引くわよ」
戴冠式の日まで、このまま軍部に情報を与え続けなければならなかった。
少しでもいい。お姫様がここにいるという情報が流れているのだから、これを活かし続けたい。
手には既に汗が滲んでいるし、息苦しさもある。
冒険はいつもそうだ。簡単ではない。疲れは必ずある。その上での(短いとはいえ)持久戦なのだから、楽しいことこの上ない。
追いかけっこで疲弊するのは向こうも同じだ。
私は三衛星を次々と巡って身を隠しては逃げ続けた。
それが続く。
時折情報を得ては、お姫様たちになんの心配もないというこを知った。
* * *
首都の方では、戴冠式当日となる。まだ誰も起きていない時間だ。
私はロボットアームからドリンクを受け取り、三度目の眠気覚まし。追ってくる軍艦は三十隻近く。経験からすればそれほど多いわけではないが、流石は軍隊だ。追い詰め方を知っている。そのプレッシャーが、私の体力をごりごり削っていった。
つられている。
敵は釣られている。
だが、まだ大物が出てこない――
私は笑いながら、それが来るのを待ち続けた。
―――ゴッ
嫌な音。嫌な揺れ。
ショック砲が当たったらしい。
しまった。前方に気を取られすぎていた。
追ってきた連中は、この機を逃すわけもない。怯んだサラを一気に取り囲み、艦の間にフィールドを張り巡らせて即席の牢を作り上げようとうする。
ここで捕まるわけにはいかない。もう少し、もう少しなんだ。
私はフォース・ホールの出力を最大に、一気にこの場を脱出した。しかし、代償もある。被弾した部位は衝撃で更に抉られることとなった。外付けの航行装置の欠点は、いくら船体の状態をフィードバックしたところで完全に適切なエネルギーを発生させるわけではない、ということだ。
脱出したはいいが、動きは鈍る。
そんなサラに、トラクタービームを用いて――こちらの数値を知り尽くしているのか、防護バリアも完全にすり抜けて船体を直接引っ張った、丸い隕石のような船が接近した。
予感があった。来た、と――
私はヘルメットを展開して船の上に出る。
そこには、同じように船から出てきた少女がいた。
「どうも、レッドフォルダー」
「やあ、ヴァーナ」
彼女の装備はまたしてもユニタード型のパワードスーツだが、かなりゴテゴテしてしまっている。おそらく、前よりも高性能だろう。
あの装備は厄介だが――これが待ちわびた大物なのだ。
私は、戦いの歓喜に震えた。
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