24 急転へ
少しずつ距離を縮めながら、私は彼らがここで何をしているかを探った。どうやら、侯爵の屋敷には奥方様がいるらしい。彼女が軍部と繋がっている可能性は否定できないが――それでも、遺体を返すのは道理だろうし、掴みたいものは掴みたかった。
気楽さがあったので、私はひとつ、ここで立ち回りを演じる決意を固めた。
最も手近なヒューマンタイプの後ろからブーツのロケットを使いつつ突撃し、振り向かれる瞬間にサーベルを抜き、柄で額を痛打した。一瞬だけ怯んだその隙に武器を持とうとした手に斬りかかり、血と力を抜かせてだらりとさせる。
ここまでほんの一瞬の出来事だったが、素晴らしいことに周囲の連中は即座に戦闘態勢だ。私に向かって各々自由な飛び道具を向けてくる。サーベルを器用に回してビームや火球から身を守り、私は一人一人の始末に入った。狙いを外した一発が既に倒された男に当たり、ビクリと身体が跳ねて少し溶けた。
攻撃を捌きながら加速を繰り返し、弦状生命体が重力子ライフルを放つのに合わせて滑りながらその足をとった。揺れが通り抜ける上をサーベルが走ると、一瞬の手応えの後に刃が決められていたかのようにスムーズに斬り進むのを感じた。叫びを受けながら地を叩いて立ち上がり、再び迫る数々の一撃をかわす。
サーベル一つで次々と斬り倒し、私はヒガーと一対一で対峙した。騒ぎがそろそろ広がり始める。それはヒガーとしてもあまりおいしくないらしく、ブラスターを向けてこのまま勝負に応じると告げていた。
「さて、君は軍部の手下か? それともメイデリックか?」
「答えてほしいか?」
「いや、バフィ以下軍部首脳の手下であることはもう見当がついている」
メイデリックの仕業ではない、だろうな。
考えてみれば、彼らはお姫様をさらいに来たといったていだった。最初から変わりない軍部の手口だ。
しかし、お姫様を狙う牙には二種類あると私は踏んだ。
「どのみち、君たちは邪魔者だろう? この場で倒させてもらうよ」
「ならした兵なんだがな。こうもあっさりやられるとは」
「修羅場をくぐるのは兵士だけじゃないさ」
「お前のそれも今日が最後だ」
ブラスターを持つ手が線の集合体となって消滅し、プラズマキャノンが現れた。さっきまでのは映像か!
「おらよ!」
心底舐めきってくれた声と共に青白い閃光が広がる。
私はヘルメットを展開しなかった。行ったのは用意された一瞬の動作である。
光る。
輝く。
そして、弾く。
私の半径数メートルを焼き払う予定だったプラズマ攻撃は、ヒガーを黒くしていた。
うむ。悪くない結果だ。
「入らせてもらうよ」
聞こえてはいないだろうが、断りだけを入れて私は主を失った侯爵屋敷に足を踏み入れた。
ひどい有様だった。
荒らしに荒らされている。物が散らばっているだけならまだしも、鬱憤晴らしでもあったかのように破損個所も目についた。
ヒガーたちはどう考えても、ガラの悪い傭兵上がりだった。どうやら、ここには協力者としてやってきたというわけではなさそうだった。
奥に進むと、すすり泣きが聞こえた。施錠はされていたが、構わずに叩き壊して中に入る。
二人と言わず、三人四人は軽く収まりそうなベッドに顔を埋めていた女性が誰かは、すぐに想像がついた。
「ボォン・シナーベ侯爵夫人ですね?」
妙齢の女性は半分死んでいるかのような精気のない顔を持ち上げてこちらに向けた。
気が滅入る。これから夫が死んだこととか色々伝えなければいけないのに。
「……どちらさま?」
「無粋な輩を退治に来たと言えばそれが理想でしょうが、私はあまり良い知らせを持っていない者です」
「あの妙な連中とは違うの?」
「勿論! 一緒にされるのは心外ですな」
「まさか――」彼女の顔に、わずかではあるが希望が宿る。「ジルバ国王様が送ってくださったのですか!?」
「いえ、ここには私の独断で」
一瞬で希望を打ち砕いた私は、外の連中のこと、お姫様のこと、戴冠式のこと、全てを包み隠さず話した。
そう、コルト・ヅチ・ボォン・シナーベの死のことも……。
侯爵夫人は信じられないという顔――
「やっぱり! そうだったのね、あの男!」
――信じられないという顔など作らず、的中した自らの予想に喜んでさえいるようだった。
マジかこの人。
「おかしいと思ったのよ。軍部とよく会うし、私に隠れてこそこそとするし、突然領地の方針を変えようとするし。これで何もないだなんて普通は思わないわ! 私よりも自分の欲望が大事みたいな目になって!」
「あの、それで、ご遺体は――」
「お墓にいれればお飾りにはなるから預かるわ。頂戴」
強いな夫人。これは、ボォン・シナーベは安泰だ。
「夫人、侯爵について少し調べたいのですが……」
「あれの書斎が奥にあるわ。面白いものがあるとは思えないけど」
「それは私が判断しますよ。夫人は警察にお電話を。外の連中は片付けましたので――今から私が言う通りに話を作ってください」
いたずらを企む子供のように目を輝かせながら、夫人は私の「わるだくみ」を聞き入れた。
「いいわね。やるわ」
「ありがとうございます、夫人。では、今から早速ご準備を。私も必要な証拠を取りますので」
プランを伝え終えて、私は侯爵の書斎に入った。
誰かを裏切り、こそこそと何かをやる人物はえてして隠すべきものを自分の周囲に置くものである。私の目は大きな机に向いた。
案の定、引き出しの空間が歪曲されており、多少時間はかかったがそれを解除してやると、出るわ出るわ。軍部との会談から何から。昔のペンネームを使った証明まで何もかも出てくる。
まだ探せば何かありそうだ――
私はしばらく書斎をあさった。
面白いものはいくつか発見できたが、とりわけ最も興味深かったのは、彼の隠し手記と――メイデリックからの手紙だった! 丁寧に保管されていたそれには、なんとも面白いことが書いてあった。
「――メイデリックとボォン・シナーベ侯爵は、軍部にとっても毒だったということか」思わずつぶやいた。
手紙には、軍部首脳との手を切り、自分たちでバフィ将軍を退陣させたうえで王位を奪取、軍部さえ押さえて国の実権を握らないかという誘いが言葉巧みに綴られていた。妙に長ったらしく、読んでいて幻惑さえさせる効果がある。
手記には、日記の返答に困る様から、段々と欲望と狂気にとりつかれていくボォン・シナーベ侯爵の様子が浮かび上がるような恐怖の体験があった。
侯爵を決心させたのは、金でも地位でも名誉でもなかった。
ただ一度だけ。パニマ姫が眠る衛星の選択に細工をする手伝いをしてしまっていた。その罪をなんとしても消さねばと、彼はずるずると泥沼にはまっていったのだ。
手記は手書きだった。それゆえに、彼の精神状態が段々と高揚していくのがありありと分かった。
心優しく、尊敬さえ集めた好漢が堕ちるのは、たった一度の過ち。それで充分だったのだ……。
私は手記をはじめとした証拠の数々を一旦データカードに打ち込み、それらを確保すべく動き出した。
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