駆け抜けるフォルダー

23 最も長い待ち時間

 宇宙へ上がる前に、砂漠に立ち寄ってスペーディに今後の予定を伝えた。ここは彼らにも動いてもらわなければならない。

 数日中に極秘で彼らは回収される手筈になっていた。ここばかりは何としても軍部首脳の目を掻い潜って行う必要があったので、念入りに頼み込んでおいた。

 反応は様々だ。既に砂漠の生活に生きがいを感じてこの地に残る事を望む者も少なくなかった。


「日の当たる場所に行ける、なんていうのは砂漠で言うことではないな。スペーディ、元の暮らしに戻らないのは若い連中か?」

「いや、老若男女は関係ないな。ここの暮らしはもとよりも過酷だが、それでも住めるということだろう。価値を見出すのはいつでも、どこでも自由だ。勿体無いとも思うが、そんなのは失礼なのだろうな。尊重するべきだよ」

「もっともだ。しかし、君にしてみれば寂しい話であることに間違いはあるまい」

「確かに」スペーディは苦笑し、水を一杯飲んだ。その水分に日々の必死を託すのも、あと僅かだ。

「彼らの今後に幸ある事を願うよ。それで、スペーディ、手筈は分かっているな?」

「ああ。大舞台に立つのは慣れていないから、うまくできるかどうかは分からないがな」

「うまくいくさ。君は真実を知っている。隠された事実の中にいるのだから」


 砂漠に追いやられた者たちの代表は、彼の人生において最大の役目を果たす瞬間に今から震えているようだった。しかし、恐れはない。どうあれ、その日が来るのを待ちわびていたのだから。


「レッドフォルダー、感謝する。君が姫様を守ってくれたおかげで、この国は助かるかもしれない」

「私は手伝っただけだし、欲しいものを貰いたいがためにやっているのが第一だよ」

「それだけでこんな大事に首を突っ込めるのか?」

「それが、フォルダーなんだ。この生き方も尊重してもらいたいね」


 推奨はしないが。



 * * *



 スペーディに依頼を承諾してもらうと、私は宇宙へと上った。

 メイデリックもまさか宮殿の中で、このタイミングで粗相はしないだろう。それに、もしメイデリックという野心を抱きやすい所にいる男が私の予想通りに独断で動くのなら、それは彼だけが得をできる瞬間になるはずだ。戴冠式にそうさせてやる。これは私たちにとっても賭けだ。その時までに、やるべきことをやらなければ。


「おーい、こっちこっち!」


 レンタルした宇宙艇から信号を出して、流麗なフォルムの船を呼び寄せた。

 リングをいただいて宇宙を駆ける銀の針。冒険とロマンの荒野を拓く光輝の刃。誇りと信念を持つ者が抜くことを許される剣――要するに、我が美しきサラである。

 頼んだ際に、追加料金で洗浄もしてもらった。磨き上げられた私の船は誰もがそのラインをなぞりたくなるような滑らかさと、切なさすら感じる鋭さを隠しきれずにいる。

 やっべー、私の船超美しい。


「おねーーーーさまーーーー! サラはこんなに綺麗になりましたよーーーー!」


 そんなサラをいま運んでいる奴は見た目こそ可愛いがちょっと降りてもらいたかったりする。

 回線を開いていた私が悪いのだけれど、音声がこうして直に届くというのに大声を張り上げないでもらいたい。


「おねーさま! 早く入ってください! サラの中に早く! 私のサラの中に早く! は、早く! 私の中に早くぅ! ルルールはいつでも準備OKです! 苗字どっちにします? スタンスはやめてルルーにします? おねーさまにはノーラ・ルルーの方が似合っていてとても」

「ルルール、は来てないの? 来てないんだろうね、その様子じゃ」


 おねーさまだの母さんだの言っているが、血の繋がりがあるわけじゃない。本当の家族は地球に置いてきた。ルルールだって母さんとは血が繋がっていない。そもそも母さんは未だに独身だし。ン百歳になるのにまだ生娘だし。


 ルルール・ルルーとは古い付き合いだ。それこそ地球を飛び出した時からの付き合いになる。年齢的には彼女の方がだいぶ上になるのだが、見た目やこれまでの人生から換算すれば私の方がおねーさまになるので、ずっとそう呼ばれている。

 母さん曰く、滅多に懐く方じゃないのだが、私はあっという間に気に入られた。昔から美しかったからな。あのまま地球に残ったら美しさで世界が滅んでいたかもしれない。地球人類を滅亡の危機から救えてよかった。

 ルルールはいい子だ。頭はいいし、宇宙で生きる腕も度胸も充分すぎるほどある。私のような美しさこそないが、愛嬌があってとても可愛い。私も散々可愛がった。


「ああ! おねーさま! 相変わらずの服を……お待ちください、ルルールがウェディングドレスを用意しますので」

「用意したら宇宙空間に投げ捨てるんだね」


 宇宙艇をサラにつけ、中に入った途端にこれだ。

 可愛がりすぎたのか、懐かれすぎてなんだかバカな子になってしまった。母さんからは何も言われなかったが、それ以来彼女を見る目が愛らしい小動物を見る目から図々しい駄犬を見る目に変わったのを私や他のは知っている。


「おねーさま、宇宙でお着替えはスリルがあってよろしいですけど、ルルールは結婚はもっと盛大に」

「ルルール、遊んであげたいけどその時間もないんだ。サラは完璧?」


 マジになった私に、惚けた面を延々蕩けさせていた少女はキリリと宇宙を駆ける者に早変わり。母さんの下にいた娘たちは私をはじめ大体がピッとした連中だけど、こうなったときのルルールは姉妹の中でも上位に入るほど凛々しくなる。しょっちゅう私に求婚してくる子だが、こうなれば逆にルルールが道行く連中から次々求婚されるほどだ。


「やっぱり、サラは繊細な見た目とは裏腹に頑丈ですね。ここまでの疲労も大したことはなかったので、応急処置と目立つ傷の消去を少ししただけです。フォースホールは開けて閉めるだけしかできなかったので、超高速スピンはまだテストしていません。おねーさまが普段の戦法を使うのなら必ず確認しておいてください。補給もしましたし、注文通りの武器も入れておきましたよ。それと、洗浄ですね」

「上出来。いつもありがとう、ルルール」

「いえ……」赤らむ顔を両手で包み、うっとりしながらルルールは言った。「そんな、困ります……突然プロポーズなんて……ルルールにだって心の準備というものが」


 誰がいつそんなものをした。

 というか、心の準備とかお前いつもしているだろうに……。


「それにしてもおねーさま、こんなご時世のリ・マ・ヘイムで何を楽しいことしているんですか?」

「お姫様と冒険していたんだよ。一緒にドラゴンに追われたり、星に落っこちたり、可愛いスパイと戦ったり」

「いいなー、おねーさま。ルルールもフォルダーをやっていれば今回もご一緒できたのでしょうけど……」


 ルルールはフォルダーではない。宇宙をまたにかける「何でも屋」だ。あまり安くはなく、私も仕事に関しては気軽に頼めない。慕われてはいるが、仕事は仕事。身内でもルルールはしっかり金をとってくる、しっかり者だ。その代わり、頼めばその働きは精確で迅速、いや、神速と言ってもいい。今回のような場合では頼りになる。

 一方で、ルルールもまた冒険家である。何度も一緒に危険を潜り抜けたものだ。今では何でも屋稼業が忙しく、勝手気ままなフォルダーのように冒険、とはいかなくなったが、それはそれで楽しそうだ。


「おねーさま、その様子だと今回の冒険も大詰めみたいだけど、楽しい?」

「勿論――」私は『妹』に自慢を押し出した笑みを見せた。「最高だよ。これからもっと楽しくなる」



 * * *



 レンタル宇宙艇を任せたルルールの見送りを受けながら、私はサラを第二衛星ソロン・ヘイムへ向けた。遺体を送りたかったし、ここではやることが他にもある。

 長い年月を経てリ・マ・ヘイムの生命体が快適に過ごせるように整えられてきた三衛星だが、ソロン・ヘイムは全体的に牧歌的な雰囲気を持っている。最ものんびりした衛星領とも言われ、衛星全体で農業が盛んだった。それでも、領主の付近は首都並の街並みではあるが。

 ボォン・シナーベ領はコルト・ヅチ・ボォン・シナーベがあれこれとやっていて、農業は勿論のこと工業も盛んになっている。彼が軍部側だったことを考えれば、なんとも複雑だ。

 私はそっと侵入を果たし、サラを岩山に隠した。ボォン・シナーベ侯爵の領地はすぐそこ。屋敷も近い。小型艇であっという間に到着してしまえた。

 用心に越したことはない。私は目立たないよう、ある程度近づいたら小型艇から降りてボォン・シナーベ侯爵の屋敷へ歩いた。


 どうやら、先客がいたらしい。

 見覚えのある連中だ。

 私は立ち並ぶ棟に身を隠しながら、彼らを観察した。


 間違いなかった。

 ヒガーと名乗ったあの男たちだ。


 先回りされていたか。私がここに来るのが分かっていたらしい。当然か。

 しかし、こちらにヒガーが回されたということは――向こうは、ヴァーナがいる側は私がここに来るだろうと――――


「……ヤバい。ギリギリすぎた」


 思わず呟く。本当にギリギリだ。

 こちらの顔を知っており、おそらくは傭兵と思われるヒガーたちをこっちに向かわせた。確実にここで私を仕留めるためだろう。つまり、私とお姫様が宮殿に、王様に会いに行くよりもこちらを優先すると敵は読んだ。私たちがボォン・シナーベ侯爵をあらっているうちに、ジルバ国王にトドメをさすつもりだったのかもしれない。そうなれば完全に手詰まりだ。

 だけどこちらは既に次の手を用意してある。今すぐに振るえなくても、武器を持てば人は戦える。

 タイミングを一つ間違えていれば、これはできなかった。


「ふぅぅーーー――よし!」


 綱渡りの成功を実感した私は、滾る力から微笑みを生み、サーベルの柄に手をかけた。

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