22 最後の舞台のための
流石のジルバ国王も、これには面食らったらしい。無理もないだろう。突然が連続すればどんな生物だって脳がパンクするさ。まして、目に入れても痛くはないはずの孫からそこをどけと言われればおじいちゃんのハートはズタズタだ。癒しが必要だな。まっ、私が視界に入っていれば大丈夫だろう。美しいものはそれだけで人を穏やかな心にできるはずだから。お姫様がそれとなくフォローしてくれれば完璧だね。
「パニマ、その、椅子が欲しいなら買えば――」
「王位がお金で買えますか? 買えるのは欲望の損得だけです」
「――そこの人、あなたの差し金か?」
ご指名だ。
「申し遅れました。私はノーラ・スタンス。フォルダーをやっています。フォルダーがどのような存在かは、お孫さんに聞いてください」
「正直なところ、私もよく分かっていません」
「国王ジルバ・ハンマ・ラーンズ――あなた方が現在置かれている状況は分かっています。リ・マ・ヘイムの王室と軍部の仲の悪さは有名ですからね。ハノル・バフィの手腕は見事なものだ。あなたを痩せ細らせることに成功している。このままいけば、いずれ軍部はラーンズ王家を完全に抑え込み、この国を乗っ取り、やがては売り飛ばすでしょうな。あなたが賢人であることを祈りつつ、私たちが得た情報を全て教えましょう。そして頷いていただきたい、お姫様の頼みに」
手持ちの情報はなるべく包み隠さず渡した。砂漠の軍艦については、自爆により実物が消えてしまったのは痛かったが、そういったものの存在はジルバ国王も分かっていたのだろう。それがどこから来たかという発想を経て、老いさらばえた顔にはみるみるうちに怒気がみなぎってくる。
温存していたもの二つのうち、一つについては、見せるかどうかは反応を見てから決めることにした。
実弟の裏切りについて、である――
案の定、彼は顔を青くした。怒りを上塗りする勢いで悲哀が広がり、やがて個人の終焉へひたすらの憐憫を滲ませた。
「遺体はこちらで預かっている。画像もこの場に持ってきている」
「見せてくれるか? それと、遺体は速やかに家族の下へ」
「約束しよう」
一瞬お姫様に目配せし、私はデータカードから棺桶に収まるボォン・シナーベ侯爵の姿を呼び出した。変わり果てたものだ。さぞかしショックだろう。
「……馬鹿者が。なんと、馬鹿なことをしたのだ、愚弟め、愚弟め」
深く掘られた顔はより険しくなり、血が飛び出るかと思うほど真赤に拳が握られていた。
裏切られた程度で消える繋がりを持っていなかったあたり、彼の人柄がよく分かる。一国の王は清濁を併せ呑むものだが、濁流に呑み込まれて信を失うようではどのみち国民のために戦えないだろう。
お姫様が強いわけだ。
「お爺様、今のままでは私たちは負けてしまいます。大叔父様が敵に回っていたという事実もこちらには痛手。小競り合いを繰り返していけば、そのたびに滅びに向かうだけでしょう。決死の一手が必要なのです」
「ならば、ダンピノアだ」
「待て」私は思わず口を挟んだ。「その選択が一番なしだ。ただでさえ病床のダンピノアを王位につけるのは下策だろう。どのみち、パニマ姫が狙われたままだ。それを避けるためのパニマ女王擁立なんだ」
息子を毒の沼に突き落として殺す気か! わざわざチャンスをまとってきた孫娘から優位の衣を剥ぎ取ってかごに入れるつもりか!
私は散々の文句を叩きつけた。賢人とか勘違いだったのだろうか。
「ここでパニマを王位につけたところで、軍部は健在なままだ。攻撃は続く。経験も浅いこの子がどこまで耐えられる? ダンピノアに耐えてもらい、状況を優勢にしてから――」
「軍部首脳をここで叩き潰すんだ! それぐらいの覚悟はあるだろう! なんのために戦ってきた!」
「百年ぶりに孫に会った途端に王様やめろと言われたら慎重にもなる! たった百年で俺はこのありさまだ! パニマは芯はあるが気が優しすぎる! フォルダーの言う事はこの子が耐えられる前提ではないか!」
「ジルバ国王よ、人の成長は長きにわたって続くものだ。しかし、それは時に跳躍を持つ。パニマ姫はそれを掴んでいるのだ。あなたの知らないところで彼女は喪失を経て、それでも立ち上がったのだ」
「喪失――?」眉をひそめて、国王は繰り返した。お姫様がゆっくりと口を開き、その事実を語る。
「お爺様、ヴァーナは軍部の手先でした。私のそばに仕えるようになったその時から、ずっと、スパイだったのです」
温存していたものの二つ目は、お姫様自らが明かした。
先程よりも大きな衝撃がジルバを打ち抜いたのが分かる。それほどに、ヴァーナ・レブの仕事は完璧だったのだ。
「ヴァーナまでもが……しかし、パニマ、お前」
「悲しいですよ。何よりも裏切らせたままに、彼女をつらい立場に置いていてしまった自分を呪いさえします。ヴァーナの親愛は、真実だと思っています。それに報いるならば、私は彼女がいる軍部とも向き合い、戦わなければならない。このまま引き下がるわけにはいかないのです」
強い瞳に燃える未来への闘志を、まだ若き少女であるパニマ・エマ・ラーンズは祖父に向け続けた。
「友のため、家族のため、民のため、国のため――お爺様、どいてください。そして、私という武器を手に、軍部との最終対決を行いましょう。私は必ずや彼らを一刀のもとに両断する刃となります。その刃を振るうためには、お爺様やお父様たちの助けが必要です。助けてください。それが、今や義務であるとご理解ください」
百年ぶりに再会した孫娘は反旗を翻しているわけではない。私も、そこだけは確認を怠らなかった。
なぜなら――
「お前は刃ではいられない」確認すべきことを、王は知っており、次なる者へ説く。「バフィらを倒したそのあとに待つのは、この国にある命だ。背負いながら、時に悪魔に、時に天使になる諸国に向き合わなければならない。王であるということはそういうことだ。刃など、ハノル・バフィを斬ったところで、それらの前では紙切れ同然となる。強い盾になる気構えがお前にあるか?」
戦いの果てには更なる戦いが待ち受けている。それは、今の状況よりも遥かに難しいものだ。
しかし、姫は笑った。
「お爺様がそれを聞いてくれる。この事実が、パニマには嬉しいです。それを説けない人にサポートしてもらうのは、怖いですからね」
釣られて、王も笑う。
「それを言えるお前なら、大丈夫だろう」
ふーっと、二人分の溜め息。私は一息もつけない。外に気を配るのも、この場で私がなすべき仕事なのだから。
「一存では決められない。あと二日待て。それまでに王室に認めさせる。そして――フォルダーよ、これは早ければ早いほうが良いな?」
「現地時間で一週間。この一週間ですべての準備を終えて、戴冠式だ。何段階飛び越したっていい。とにかく、戴冠式をやって大至急パニマ姫を王位につけるんだ」
「無茶を言う。フォルダーなるものは、そんなに偉いのか? 国の一大事に、こうまで口を出すほど」
「国の一大事はたまたまさ。私は欲しいものがあるので、それを得るために働いているだけだ」
* * *
その日、私たちはこっそりと王家側に合流した。誰もがパニマ姫の帰還を喜んでいた。ダンピノア国王は床の上からであったが、抱擁は誰よりも長かった。
――ここからは、私の仕事だ。
来るべき一週間後の戴冠式。これは絶対だ。やってもらわなくては困る。
その場を演出するための根回しを、あと一週間で済ませなければならないのだ。
タイムリミットまでに、戴冠式でバフィの全てを暴き、メイデリックにボロを出させ、軍部首脳を完全に叩きのめすための準備を終えなければならない。その過程で、私は何度か命の危機に陥るだろう。それもいい。面白い。
おそらく、ヴァーナも立ち塞がる。それでいい。
私は王に告げ、こっそり抜け出した。ここまでくればお姫様の安全は確保されたも同然だ。うまく隠し通してもらい、私は残る仕事に取り掛かるとしよう。
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