21 再会
私たちの姿は塵か何かに思えたことだろう。そういう仕組みを考えて落下したのだから。しかし、これから先は違う。宮殿にいるはずの国王ジルバに会うまでは、もう自分のことを塵とか言ってられない。見つからないことが第一、見つかったあとの対処に真価が発揮されねばならない。
落下用の装備はその場に捨てておく。私たちが見つからなければそれでいい。誰か来たという痕跡は残ったところで構わなかった。
「さて、ここで万事うまくいかせてしまう秘密兵器のご登場だ」私はポーチから円形の道具を取り出した。上部と半円が透明になっており、内部には針が揺れているのが見える。コンパスとも思えるが、方位は記されていない。「お姫様、消えるといたしましょう」
きょとんとしたお姫様の前で、私は下部に取り付けられたダイヤルを回した。無音のまま猛烈な勢いで針が回転を始める。透明な部分には、おそらくお姫様は読めないだろう――そして、私自身も完全に解読できていない、遠い異星の古代文明で使われていた文字が流れていた。回転が続くと、文字が外へと出ていき、私たちを包み込む。文字の領域が増えるたびに、そこが透けて見えた。
「ノーラ、消えていますよ!?」
「消えてはいないよ。ほら」
時間経過で、透けたり、見えたり。文字の明滅と共にこれは起こる。
「ある程度ごまかしがきくと思うから、この状態を維持したまま進もう。とりあえずは、王様の執務室かな?」
「は、はい……」
流石に驚いているなぁ。まっ、私もだけどね。こんなにうまくいくものなんだ、この文字ステルス。一度試して以降、全然動かしていなかったからこんなに完璧に働いてくれるとは思っていなかった。秘密兵器とか正直冗談だったよ。どこまで役に立ってくれるか。
完全に消えたわけではないので、行動は慎重でなければいけない。互いに見えなくなるから、ちょっとのミスで離ればなれもありうる。
こういう場所のセンサーの類にはしっかり対策をしているので、目下、障害となるのは見張りぐらいなものだ。機械に誤解を与えられる装備と同じもので人間に誤解は与えられない。文字ステルスの効力に期待だ。
頂上からは階段を使い、エレベーターまで降りる。このまま真正直に乗ってもいいものか。とんと静まっているのが気になった。
「出入り少ないよね?」宮殿のてっぺんなんか好きこのんで来る者も少ないだろう。
「普段はまず来ないところですからね。見張りもなく、定時のチェックだけがあるはずです。変更がなければ、ですが」
「近くある?」
「いいえ、今からでは少し時間がかかりますね」
待ちは好きではないし、得策でもない。
となれば、堂々と用意された道を行くしかあるまい。
エレベーターは熱感知でドアを開けてくれる仕組みだ。
「エレベーター、タイプは? カプセル型?」
「はい。これも、変わっていなければですが」
「百年ぐらいでそうそう変わるもんか」
一応、文字ステルスが機能する瞬間に熱感知に触れ、扉の死角に移りながら開くのを待った。
数秒ほどで開いたその先には誰もいない。少しだけ警戒し、中へ入った。その瞬間、私は互いの姿が完全に消えるのを確認し、すぐさまネットビームで上に張りつく。スパイ映画とかでお馴染みだが、宇宙に出ても使えるものだな。
「中央――応接広間へ」
これはお姫様のセレクトである。私もそれに間違いはないと思っている。警備が特に薄い(しかし、それでも一般的なそれよりは遥かに頑丈な)ところでもあるし、執務室へも近い。動き回る不自然さが緩和される部分でもある。外交が優秀すぎるのも考えものだ。
私たちはなるべく死角を突きながら動き回った。文字ステルスで消えている瞬間の移動が全て。センサーへのごまかしとして使っている擬似波もまだ役に立ってくれている。ここまで使えれば、最後まで問題はないだろう。
警備の多さは中々のものだった。
お姫様の手を取りながら走る。死角がない場合については、ネットビームの力も借りた。ここにおいても、文字ステルスは強力過ぎた。消える瞬間とネットビームに引っ張られる瞬間を合わせれば、あっという間に宮殿の中を駆け巡ることができる。便利すぎ。これからも愛用しよう。
ガガッ!
あーあ。嫌な音。経験上、こういう道具は長持ちさせようと思うと壊れるんだよね。
文字ステルスを作り出しているコンパスっぽい道具を見ると、針がキラキラと輝いてスピンを続け、周囲を分解し始めていた。何が出てるんだこれ。
私とお姫様から文字が離れていき、姿が露わになっていく。丁度、空中を駆け回っている最中だった。
警備が一斉に私たちに気づく。私は文字ステルスを作ってくれた円形にお礼を言うと、ジェル状の霧爆弾を付着させて床に投げつけた。ボワッと濃霧が発生する。私自身、霧意外に何も見えない。それでもお姫様の手を握り、駆け足を告げた。
「光学兵器は使うな! 誰に当たるか分からないぞ!」
警告を残し、私は直前までの方向と距離を頼りに走る。
霧爆弾の中では、集束が解除されることさえあるし、まずとんでもない方向にエネルギーが向いてしまう。十秒程度しか持たず、こちらの光学機器も混乱するのが厄介だが、目くらましと防御には中々使える代物だ。数少ないが、持ち歩いていてよかった。
霧を抜けた先に駆けつけた他の警備の頭上を飛び越え、頭を踏みつけながら更に先へ、先へ! お姫様は、こうなればとお姫様抱っこで駆け抜ける。執務室は目前だが、ここは迂回だ。直接入っても今のままではつらい。
チャンスはすぐに訪れた。警報が鳴り響いたのだ。
「これを待ってたんだよね」
案の定、執務室へ向かう者が数名。いるな、国王!
私は二個目の、そして最後の霧爆弾を使うと、執務室へ突撃した。入ろうとしていた数名は、少し眠ってもらうべく首に一撃を加えておく。
既に執務室は解放されていた。それを足で閉じ、私はお姫様を降ろした。
「失礼、少し匿ってはもらえないだろうか?」
私はいたって慇懃無礼に言った。お姫様と見つめ合う、その人に。
なるほど。資料より痩せ細っている。しかし、ろくに護衛もつけずに一人執務室にこもるとは、度胸があるというか……。
「感動の再開はあとで。これは軍部側の仕業にしてくれ。それと、私とお姫様――あなたの孫を、この星を動かせる机の下に隠してはくれないだろうか?」
* * *
優れた者は、理解が早い。利用価値の見極めも同じだ。
ジルバ国王は、私の指示に多くの事情を読み取ったのだろう。こちらの言う通りに手配してくれた。連れてきたお姫様の存在が、この早さを生んだのかもしれない。
「お爺様……」
すっかり落ち着きを取り戻した執務室で、国王とお姫様は再会の喜びに浸っていた。プルプル震えながら自分を抱きしめる祖父には面影だけが感じられるのだろうが、触れ合えるという事実はそれすらも吹き飛ばしてしまう。
ここまで楽しくもつらいことばかりの冒険だったのだ。私は何も口を挟まなかった。
「パニマ……生きていてくれたか」
弱々しくも威厳に満ち溢れた、ゴツイ声でジルバ・ハンマ・ラーンズは孫娘の生還を何度も確認していた。
そんな二人を見ながら、私は壁に寄りかかり、次の手を考える。これから、説得せねばならない。あくまで私ではなく、お姫様が。
もう少しそうしていてもいいのにとは思ったが、お姫様は流石に戦おうと決心しただけはあり、自ら再会を打ち切り、話し合いに移行した。
「お爺様、お話があります。パニマは、お爺様にお願いしたいことがあってここに来ました」
「分かっている。ダンピノアたちのことだね? 任せなさい、すぐに会わせて――」
「いいえ、違います」
フルフルと首を横に。
さぁ、歴史が変わるぞ――
「お爺様、その椅子、パニマにください」
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