19 宮殿に行こう
リ・マ・ヘイム国王ジルバ・ハンマ・ラーンズは名君と呼ぶに相応しい人物だ。しかし、どのような君主であろうと生きていれば様々な隙が生まれる。そこをついてこその闘争である。名君が名君たるゆえんは、その戦いを勝ち抜けるからなのだが、人生は常に波が立つ。まして、歴史を背負うなら尚更だ。ジルバ国王も軍部首脳との戦いで既にボロボロである。実際に見てみなければ、その度合いは分からないが、私の隣で曲がり曇りのない眼を光らせる王女様にショックを与えるものではあるだろう。
王様に会うにはそれなりの準備が必要だが、あいにく私たちは時間が惜しいで意見を一致させてしまっていた。急ぐとなればあらゆる段取りを越えていかなければならない。そのために必要なものはなにか? 勢いと機転、大いなる神の采配を越える運勢と知恵だ。知恵については、こちらのお姫様の協力を仰げる。
「戦争を仕掛けられたとして、宮殿が攻撃されたら一番困るところってある?」
「知っていても教えません」
返答は分かりきっていた。そりゃそうだよね。
「信じてよ」
「そもそも知りません。サンドコア宮殿は軍事拠点の面が強いわけでもないですし、あくまで威光と歴史を誇示するためのものです。やろうと思えば、このサラでどこからでも突入できます」
「警備を越えれば、だよね。今のはジョークだよ。勿論、突撃するつもりはない。できないというわけじゃないけどね」
「堂々と行くのはどうです? ここから先はあまり隠れる必要もないのでは?」
「跡継ぎを勝ち取れるまでは極秘裏でいきたいんだ。準備中にお姫様が襲撃されることはなるべく避けて通りたい」
これは、守るための一手ではなかった。お姫様の存在を軍部にぶつける際には、彼らに限りないダメージを与える必要がある。匂うだけでも効力は薄れてしまうのだ。サプライズでお姫様を明かせば、奴らに虚無感さえ与えることができる。
奴ら――バフィにとって、最大の理想はあくまで「空位」だ。しかし、そんなことは現実的ではない。やれば面白いかもしれないが、野望を抱くバフィはより堅実な道を選ぶだろう。空位はいずれ消えるかもしれないのだから、適当な者を座らせておくのが得策だ。それに選ばれたのが、パニマ姫ということになる。
そのお姫様が、突然姿を現し、突然王位継承を宣言すればどうなるか?
公的な言葉はあっという間に広まる。国中は勿論、他の惑星にもあっという間に知れ渡ってしまうだろう。これまでのようにねちねちねちねちジルバを虐めることにはもはや意味はほとんどない。かといって、お姫様を虐めようものなら話はこれまでと違ってくる。次に椅子に座る者を選定しなければいけないし、そうでなければ本当に空位を狙うしかない。しかも、年若く、父を飛び越えて王位についた女王となれば、周辺の注目を集めることは間違いない。最後の手段で暗殺でもしてみろ。途端に軍部は外から圧力をかけ続けられるだろう。
アイドルとしてパニマ女王を立てるのは、反撃の勢いを削ぐということでもある。
極秘裏に始末することさえ叶わなくなれば、これまでの行動はむしろ真逆の結果を招くのだ。そこを一気に叩き切る。
しかし、こっちだって理想だ。
「お姫様にとって、王様との再会はゴールともいえるものだから、向こうだってそうはさせないはず。必ず、対策は用意されているし、ジルバ国王に何らかのちょっかいを出している可能性だって高い。王様を先に始末されたらこっちの負けだ。多分、向こうは今の王室にメイデリックに匹敵できる人間はいないと考えている。王太子の状態もよくないからね。少しの間でもメイデリックに実権を握られるのはまずい……。メイデリックって、具体的にはどんな奴か分かる?」
「メイデリック・イェーマスは有能な人物です。忠義に厚く――これはもはや、言う意味はないですね。彼はキレる男です。常に何かを持ち歩いているような人物といえばよいのでしょうか」
「へえ……それじゃあ、あの行動はやっぱり疑問だな」
「ボォン・シナーベ侯爵殺害ですか?」
「あのタイミングでやることじゃないよ。手が滑ったってわけでもなさそうだったし、もし、アイツが野心家なら――針の穴を突くような危うさを乗り越えて、こちらが優位に立つことができる」
あまりの博打ぶりに、頬が緩む。ああ、生きている……。
お姫様には今一つ分かりかねているようだった。教えれば怖がってしまうかもしれない。よし、教えてしまおう。怖さを越えた先にこそ本性とはあるものだし、これからはその本性をもって人を惹きつけなければならない。
「独断でメイデリックが動くなら、お姫様の宣言直後――いや、宣言しているまさにその時を襲撃してくれたら、こちらにとってこの上なく有効な手となる。明確な犯罪者として奴を追うことができる」
「傷を負った方が効果的ですか?」
あっさりとお姫様は餌として主役として満点なことを言ってのけた。やっぱり、この娘は王族だ。自分の使い方について、覚悟さえ決めてしまえば肝が据わっている。しかも、本気で傷を負う覚悟を決めた顔だ。下手をしたら、致命傷近くまで受けるとも言いかねない。彼女なら、そこから蘇ることはできるだろう。生きることを括った奴は死なないものだ。
だからこそ、ここは無傷でいてもらいたい。
「君は傷を負わない。襲われた時は私が守る。綺麗なままの顔でなければね」主に、私が困るし。
「いずれにせよ、私が立ったその時こそが、バフィ将軍たちを叩きのめすチャンスなのですよね? それならば、最大の力を持ちたいです」
「お姫様は生き証人であるだけでも有利だし、立つだけでもう半分勝てる。残りの半分は、これまでの所業をどれだけ明かし、どれだけノーを突きつけることができるかだ。ここで君は重荷を背負うことになる。その覚悟も決めてほしい」
無責任もここに極まれり。我ながら無茶を言う。
「ノーラ、それはできません。なぜなら、もう決めているからです。決めたことをもう一度決める必要がありますか……」
ボッと、お姫様は一気に顔を赤くして俯いた。勢いで一瞬、ふわりと髪が浮かにカーテンの如き緩やかさで戻る。
欲望のままに、私はお姫様の顔を覗いた。流石に恥ずかしかったらしい。美少女の羞恥は甘露も同然に味わえる。それがお姫様ともなれば美食家も唸らせるだろう。サラに写真を撮らせたいぐらいだ。
「格好をつけることは大事だよ、お姫様」
「ノーラの真似をしてみただけです。恥ずかしい。ヴァーナの方がこういうのは似合いそうです」
「ヴァーナなら、言い切る前に我に帰るよ。とっ捕まえて言わせてみよう」私たちのプランに新たな項目が加わった。
話を戻し、私たちはジルバ国王との接触に採用する手段を検討する。
前と同じことはできない。警戒は強まっていると考えてもいい。それに、私が言ったとおりに対策だってあるだろう。それらをすべて打ち破る、あるいは回避する手段は――
「――宮殿周囲の警戒はどこまで広がっているか分かる? レーダーがサラ――宇宙船を捉えるギリギリは?」
「変わっていないのなら、三衛星までの距離に等しいはずです。それで充分ですから」
「特定の場合は?」
「そこまでは……申し訳ありません」
「いや、大丈夫。なるほど、確かに軍事拠点としては弱いね。おそらく、宮殿からだけなら、大陸の外に出られたらもうこちらを見ることはできないと思う。近くに来た時の警戒だけで構わないと仮定して――」
私は必要な情報を宙に呼び出し、計画の実行が可能かどうかを検討した。決して不可能なことではないはずだ。問題は、衛星からバレやしないかということだ。理想的な時間帯も限られてくるだろう……。
お姫様にも何か手を考えているよう伝え、私は検討を続けた。経験と知識を総動員し、僅かな可能性を押し上げる術を駆使した上で判断する。
問題点がいくつか出てくる。衛星からの確認は勿論、それを行っている途中に気づかれたら即座にアウトだ。何より、精神と体力が大幅に削られることになる。それをお姫様が乗り越えられるかどうか。……乗り越えてもらおう。そのための手段を重ねに重ねるしかない。
私は汗ばんできた手を軽く拭き、真剣な眼差しをモニターに向けるお姫様の肩を叩いた。
「終わりましたか?」彼女は柔らかく聞いた。私の力も気持ちよく抜ける。
「喜んでくれたまえ、美しい姫よ。これまでで最大にして最高の」
「待ってください。芝居がかるとなんだか怖いです」
「はっはっは、何を言うのですか」テンション上がってるに決まってるじゃないですか。「私は君もこれまででよく知るレッドフォルダーそのままだ――」
「目を背けないでください」
言われたので、即座に目を合わせる。それと同時に、
「二人で宇宙空間から警戒の網を掻い潜って宮殿の真上に落っこちよう! これまでで最も危ない冒険だよ!」私は笑顔で言ってやった。誰もが射抜かれる笑顔であると自負している。
「サラで、ですよね?」怯えを含んだ声。ここは凛としていただきたい。ので、更に更に、
「装備を整えて、サラから降りて、落っこちよう! サラではキツイけど、生身ならバレる危険性が少ないままいける!」
* * *
行動は迅速に。時間が惜しいのだ。
私たちは至急、宇宙に出て慎重にその位置についた。誰も通らず、確認も遅れるポイントだ。
サラの隠密性はたかが知れているので、すぐさま本番に入らなければならない。
私はいつもの装備に、防御用のバリアを何層か用意した。お姫様は多少頑丈にしているが、あまりゴテゴテしすぎて警戒に引っかかったら話にならない。時間がかかるところを早めに済ませるため互いに装備した推進器でさえ、かなりのものなのだ。
失敗したら、最悪、私は死ぬな。お姫様だけはなんとしても生き延びさせてみせるが――そこまでいかず、成功させてこそのフォルダーであり冒険者というものだろう。
漆黒の闇に飛び出るのはもう慣れてしまっているが、お姫様は流石に緊張していた。ここに来るまでに家族や友人の名前を延々と唱えて覚悟は決まったようだが、それでも危険に飛び込むのだ。むしろ、全く緊張していない方が困る。それは逆に混乱しているということで、何をやらかすか分からないからだ。適度な緊張は冷静さの証でもある。
「ノーラは、こういうことをいつもしているのですか?」大気圏内への飛び降りのことだ。
「やれるなら、やりたいね」私は真正直に答えた。
互いにヘルメットと宇宙用装備を展開し、飛び降りるためにサラの後部からハッチを開いた。真横でロボットアームがカウントダウンをしてくれている。
3、2、1――
お姫様が握り拳を作る。それを握り、私は一歩を踏み出した。足が暗黒の海に踏み入った瞬間、全身の毛が逆立った。誰かを連れてこんなことをすると、こんなにも楽しいのか! しかし、その生命だけには責任を負わなければ、この楽しさもなんの意味もない。
そして、カウント「0」!
目を開けて飛び出たお姫様の度胸を支えに、私たちはリ・マ・ヘイムへ――サンドコア宮殿へ落ちるべく動き出した!
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