16 軍艦爆発

 少なからず薬は送り返したつもりだ。同じような手は何度か受けているし、私自身が行ったことも多い。あの場合は効き目の速さがものをいうから、ヴァーナにも多少の影響は出ているという期待を抱ける。

 それほど長い時間が経過したわけでもないし、追いつく見込みはあった。


 あらゆるものが反転し、崩壊間際で時が止まったかのように漂う軍艦の中をひたすら走り続けた。この場で戦いさえ起きていなければ、お姫様と共に戦うという用事さえなければ、もう少しよく見ておきたいところだ。ここは中々にそそられる。私はまだまだ少女の心を捨ててはいない。それこそがフォルダーの心意気に繋がっているからだ。冒険へのときめきは人生をかくも豊かに彩ってくれる。

 よって、私は舌打ちする。ヴァーナを見つけて叩きのめして捕まえて、もうしばらく探検と洒落込みたい。

 似た通路を何度も駆け回ると、勢いよく踏み潰されたであろう管を見つけた。ここを通ったか。ニヤリ。狩猟動物の本領が発揮される瞬間に現れる笑みを浮かべたのが鏡を見ずとも分かる。


 それがどのような部屋だったかは分からないが、開けっ放しになったそこの前に、彼女の姿を見つけた。ダメージでよろよろだ。送り返してやった薬の効果もあるのだろうか。眠らせてあげることができれば、それも彼女のためだろうが――


「ヴァーナ!」

「……」


 彼女は観念したように両手を上げた。


「よしよし。降伏を選んだのは懸命だ。そのまま横になるんだ。なんなら、治癒装備を貸してやってもいい」

「それは、誰に対してもやるのですか?」

「君が可愛いからと言えば満足してくれるか? 私の美意識の問題だよ」


 といっても、大した装備ではないし、戦闘で機能低下が始まっている。渡してやってもあまり問題はない。どのみち、痛みが続く私の負傷はサラで本格的に治したいところだ。

 ヴァーナの返事は言葉、動き共にない。何か企んでいるな。

 私は注意深く周囲を見回す。トラップをしかける暇があったとは思えないが、最初からトラップが存在していた場合は全く別だ。彼女はここを知っている可能性が高いのだから。

 ヘルメットを展開して周囲を探るが、敵性のあるものは特に見当たらない。兵士を乗せて戦の海を巡る真面目な軍艦そのままだ。


「選ぶんだ」チョーカーに戻しながら、私は言う。「私はそれほど待ってやる人間でもない」

「ええ、遅い人間です」無表情の言葉。


 私は、身体の奥底から熱気と寒気が同時に波紋となって広がるのを感じた。彼女を押さえつけながら、部屋の中を見る。やはり、反転していてまるで分からない。しかし、ヴァーナの反応から何らかの対応が既に行われた場所であることは知れた。

 この状況で、できること――


「まずい」それは最悪ではないが、少し戸惑う予想――「自爆か!?」

「ご名答。さ、脱出しましょう」

「なんてことをしたんだ君は! 来い!」


 脱いだコートで拘束した彼女を抱きかかえ、私は出口へ向かって駆け出した。

 くそう。やっぱりしくじりだった。

 もう止められるとは思わない。どこをどうすればいいかを探る時間はないだろう。手がかりだけを得ての退却とは。

 とにかく、脱出だ。幸い、寄星状態であれば爆発は『この中』だけで済むだろう。


 コールが生きていたらしく、不協和音が鳴り響く。これも反転しているのだろうか? 内容も虫食いだが、意味ぐらい分かる。これから爆発するよ、と――


「ちょっと待てぇ!」歩幅を急激に狭めてブレーキをかける。「惑星! 圧縮はどうなってるの!? ヴァーナ、分かる!? 分かるわよね!?」

「素に戻ってますよ。正体を明かした私には仰々しくするんじゃないんですか?」

「いいから答えて!」

「敵ですよ私は」

「止める方法を教えろって言ってるんじゃないの! 惑星の圧縮は艦内依存? それとも惑星単体?」

「教えません」

「分かった、もう聞かない!」


 見切りは早い方がいい。私はここまで走り回った経路と外観から軍艦の大体の構造を頭の中で組み立て、私ならどこに惑星を置いておくかを考えた。やはり真ん中――あるいは、艦橋!


「艦橋は――あっち、か!」


 目星をつけて走る、走る!


 このまま軍艦が爆発したとして、惑星そのものが圧縮現象を起こしていれば、特に問題はない。そのまま寄星するだけだし、あとで手間をかければ私が持ち去ることもできる。それが最高の結果だ。

 しかし、軍艦に惑星の圧縮に関する安定装置か何かが仕込まれていて、それが健在である場合はまずい。話が違いすぎる。最悪、爆発で圧縮が解けてしまう危険性がある。急激にその大きさを取り戻そうとする惑星は周囲を破壊しながら自壊を始めるだろう。余波でこのあたりの砂漠が消し飛ぶのは間違いない。

 どうか、圧縮惑星がただそこにあるだけでいてくれ――!



 走り回った私は、遂に艦橋であろうそこに辿り着いた。自爆までの残り時間はカウントされているようだが、聞きづらい。とりあえず、余裕はあまりないらしかった。


「あった……」


 片手で掴めるほどに小さい。破いた布きれみたいな雲(圧縮された結果発生する小さくて大きい力場の『塊』だ)が周囲をゆっくりと回っている。まだ年若い惑星だったらしい。

 ホッと安心する。惑星単体だ。よかった……。


「無駄骨でしたね」

「そういうわけでもないよ。こうして見れた」

「あなたに残念なお知らせです。もう外へは間に合いませんよ。なぜだと思います?」

「ちょっと待って、もう少し鑑賞したら逃げるから」急ぎすぎてヘトヘトなだけではあるが。

「私を持ち運んでいたから行動が遅くなったんですよ。置いていけばよかったじゃないですか」

「ヴァーナは大事な証人だし、あとで謝らせたいし、可愛いからね」

「理由をつけていますけど、どうせバカみたいな美意識でしょう?」


 ぎっちりコートに拘束されて身動きは取れないが、それでも皮肉そうに顔を作っていた。


「よくそれでフォルダーなるものをやってこれましたね」

「それができないならフォルダーだってやめてやる」



 ――鑑賞と休憩を終え、私はヴァーナを抱えて出口を求めた。

 私は黙っていた。ヴァーナも何も言わない。時折顔を向ければ、分からないことに悩んでいるような表情をしていた。泳ぐ目は、それを誰かに尋ねようとしているかのようである。

 何も言えない。何も言わない。

 考えるより先に出た言葉は本音か、あるいは真逆だ。いずれにせよ、半端な言葉じゃない。


 タイムリミットが迫る。このまま走っても間に合わない。そんなことは百も承知だった。

 頭の中では計算が済んでいる。もう、必死に、道具を駆使して全力疾走すれば、ギリギリで外には出れる。ただし、絶対条件としてヴァーナを捨てなければならない。


「捨ててもいいんですよ?」


 それは悪魔の誘いか。

 あるいは天使の償いか。


「嫌だよ。ノーだよ。お断りだよ。邪魔しないで」


 考えうる最速が繰り返される。過ぎる景色はもはや反転すら意味をなさないほどに線だ。

 やがて、ネットビームもロケットも使い物にならなくなった。

 もう、爆発が始まる。

 自爆は中心から始まるか? いや、数ヶ所から同時に始まって隠滅が成されるはずだ。それでこその自爆だ。



 最後の策を立てる。というか、賭けだ。そのための位置を必死に割り出す。


 走りながら私は、ヴァーナを拘束していたコートを解き、再び着用した。果たして、彼女はこれから自力で抜け出せなかったのだろうか? 私を試すためにわざと拘束されていたのだろうか? そんな疑問が一瞬浮かんだが、私の行動がそれをすぐに掻き消して次へ次へといってしまう。


 ふわりと、ボロボロになった、薄い赤の髪の少女が宙に投げ出される。その表情に、一瞬の驚きと、勝ち誇ったような、あるいは――あるいは、が浮かぶ。私は、そんな彼女の手をとり、引き寄せた。包むようにグッと抱きしめる。パワードスーツに覆われていない部分――爆発で破けたのであろう――が柔らかな熱と共に指に触れる。


 うまくいって――

 私はヘルメットを展開し、片手でサーベルを構えた。

 激しい揺れ。震える反転軍艦。そして、爆発。滅びの光が大軍を押し出して迫る。

 私は、それらに背を向けた――


「    」


 ヴァーナが何を言っているのかはもう聞こえてこなかった。



 * * *



 目を覚ませば、私の目にはお姫様が飛び込んできた。その周囲には、少し前に見た光景。

 どうやら、スペーディの家に運ばれたらしい。


「おはよう、ノーラ・スタンス。あなたは生きているのですよ」


 優しい声だった。


「知っているよ。フォルダーやってればね、これぐらいよくあることだから」


 眠っている間に気が緩むのは仕方ない。身体のあちこちが痛い。背中を中心に骨が折れまくったのかな?


「お姫様、私の身体、どうなってるか分かる?」

「死んでもおかしくない程度には全身がボロボロになっていたそうです。爆発があって、それで吹き飛ばされた結果であるにせよ、ひどいものだったと。一週間も休めばなんとか治るそうです」

「治癒装備はもうダメになってたし、日頃の行いが悪かったかな?」


 私がやったことを考えれば、状態は当然だ。私は爆発の衝撃を利用して、目の前の装甲をぶち破りながら脱出したのだから。最も薄く、最も外に近い部分を狙ってのことだった。タイミングもバッチリだったし、うまくいくとは思っていた。

 同じ経験がないわけじゃない。ただ、狙って、人を庇いながらは初めてだった。


「そうだ――」彼女の姿が見えないことに気づいた。「ヴァーナは?」

「それが……ノーラが外に出てきたときは一緒だったのですが、いつの間にか姿を消していて……」


 お姫様は、震えていた。おそらくは、理由が分からない結末に。

 伝えなければならない。彼女にはこれからが大変なのだから、負けてもらっては困る。

 その役目を自分が、というのは出すぎてはいるかもしれないけど、他にやれる者がいない。

 私は上半身を起こし、お姫様と向き合った。


「大事な話がある。ヴァーナ・レブのこと」

「……何が、あったのですか?」


 私は、全てを話した。

 彼女が裏切り者であったことと、敵の狙いについてと、あの軍艦について――私がヴァーナを疑っていたことも、何もかも、全部。

 表情を整え続けることは不可能だったらしい。お姫様の顔は年相応の少女として染まっていく。


「……なんということでしょう」

「お姫様、気持ちは分からくもないよ。だけど、今は――」

「分かっています。私は立ち止まってはいられません。ただ、ヴァーナが……不憫で」

「不憫、ね。そう思えるんだ」

「ええ、それだけの時を共に過ごしましたから。裏切られていたとしても、近くで向けられる情の有無ぐらい分かります。私は彼女に優しく、彼女も私に優しかった。私は、そうしなければよかったのかもしれません」


 そうであれば、ヴァーナが苦しむこともなかっただろう、と――

 お姫様は、静かにうつむいていた。

 その考えは甘く、夢想的だ。

 しかし、誰もが事実であるように思えるだろう。そして、私はそれが事実と知っている……そう、思えた。


「……お腹空いた」


 何か食べたい。食べてスッキリして、回復して、


「頑張らなきゃね。急いで、さ」

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