15 大輪の輝き
「さて、私にのしかかってどうするつもりかな? ヴァーナ・レブ」
「それは勿論、殺します」
宣言のあとに、ビームの反応を感じた。
容赦なく放たれた疾風の一撃を避けるために、私はシールドのメニューからブーツに命令を下す。
彼女を乗せたままの身体が、ロケット機能で激しく揺れながら地を這った。
「しまっ――」
動揺は私の行動に対してではない。一瞬たりとも姿勢を崩してしまった自身に対してだろう。彼女のその反応は、全くもって正しかった。
美しき冒険者を下敷きにするという恐るべき行為を支えていたのは、ひとえに彼女のバランス感覚のなせる業だった。どこにどう力を入れても、ヴァーナが力を加えた箇所が邪魔をして今一つ力を出せなかったし、彼女は的確な構えをもって私が可能な行動をことごとく封じていたのである。
そのバランスが、崩れた。
攻撃の際に起こる、僅かな意志の介入に干渉することで私が崩した。
「そーれ、よっと!」
タイミングがズレて殺傷能力に翳りを見せるビームブレードをすんでのところで避け、ブーツの勢いのままに床を叩いて身体を起こし、ヴァーナを全身で投げ飛ばした。私にもダメージがあるが耐えよう。すかさず反撃のビームが飛んでくるが、サーベルでそれを弾く。一発、二発――三発目と同時に着地寸前のヴァーナとの距離を一気に詰めた。
「さぁ、次の芸は何だ?」再び均衡状態。私は余裕を浮かべてサーベルを彼女に向けた。
「こんなのはいかがでしょう?」
当てが外れた。少しは悔しがったり悩んだりしてくれると思ったのに。すぐさま次の芸と来た。
大きく後ろに下がったヴァーナが指を鳴らすと、彼女の防具であり武器でもあるユニタード型パワードスーツの表面が剥がれた――いや、表面に張り付けられていたものか。ミラーか何かだろう。バラバラになり、格納庫に散らばった。
「レッドフォルダー、あなたのこれまでの冒険で、このような経験が果たしてあるかどうか。あるのでしたら、きっとその時よりはるかにスリリングなものを楽しめますよ」
「それはありがとう。さぁ、何をするのかな? 曲芸かな?」
「ご名答」
焼ける音。
ヴァーナが放ったビームは散らばったミラーに当たると、乱反射し、再び別のミラーたちに当たり、また乱反射――
あっという間に、触れるもの全てを終焉へ誘う光の線が眼前に編まれた。逃げる道が限りある背後にしかない。
「何が曲芸だ。君が演算しているわけでもないだろう!」声を荒げ、私はこれから襲いくる必殺の空間への対処に知恵を回した。
「芸は芸ですよ。それでは、サヨナラ、レッドフォルダー」
既に光に阻まれて見えづらくなっていが、ヴァーナは仰々しく手を振りかざしたらしい。ミラーが不規則な動きで、しかしビームの網を保ったまま私に向かってきた。
不規則な明滅と音の繰り返しが私にとって人生最後の光景となるか? 勿論、否だ。
しかし、どうする? 下手に動いても、ミラーの数と速さで追い詰められてしまうだろう。
そして、実はずっと身体が痛い。自動治癒装備もあるから、今この瞬間も治ってはいるが、戦いが終わるまでに良くなるというのはありえないだろう。
あっ、目の前まで来てる――
私は、最も近い光の線に手を伸ばした。マルチグローブが音を立てて焼け果てそうになるが、まだ大丈夫。必死にバックを繰り返し、適度な位置を保ち続ける。そして、私は手を90度ほどひねった。
光の流れが一瞬で変わる。一枚のミラー――私がグローブでビームの道筋を変えたために多大な負荷をくらうことになった一枚が、呆気なく砕け散った。ビンゴ。この一枚を見つけることができてよかったよ。
それを皮切りに、乱反射による網は充分な計算ができなくなったらしく、光の網は勝手に崩壊していった。枯れ葉のようにミラーが落ちていく。その隙間を縫うように、私のネットビームがヴァーナに放たれた。
「大したグローブですね!」
攻撃の余波か、残像を残しながら彼女はネットビームを回避し、再びビームウィップをこちらに振るう。
チャンスだ。薄っぺらいミラーとはいえ、彼女は防具を一段階劣化させたはずである。それがどの程度の影響をスーツに与えるかはさほど問題ではない。重要なのは、当人がこれをどう受け止めたかだ。
個人の冒険に限った話ではないが、未知の怪物と出会った際に重視される情報に感情の大きさがある。振れ幅のある生き物に対しては、そこをゆすってやることで撃退などを容易くすることができる。これは人間に対しても同じだ。
私が突破したという事実と、ミラー装甲を失ったという事実は、少なからず彼女に影響を与えたはずだ。
「スリリングと言ったな、ヴァーナ・レブ!」しなるビームウィップをこちらも回避する。「残念ながら、この程度ではまだ満足できないよ。次の芸は工夫してもらおう!」
戦況は優勢。ヴァーナの動きには一見して衰えなどない。にも関わらず、私は彼女を格納庫の外へ追い出すことに成功していた。通路で展開されるのは、調整機と各々の装備を駆使した戦いである。上も下もない。
怒涛の流れに沿って放たれたサーベルの横薙ぎが彼女の影に消える。しまった。ビームブレードが下から迫る――!
「危なっ!」
地上スレスレから急上昇する猛禽類よりもずっと厄介で、強い一撃をサーベルで受け止めるが、腹に蹴りを一発もらってしまった。吹き飛ばされる。しかし、彼女も一緒に来てもらう。
「あっ――」
一撃を加えられて緊張に綻びが生じたのかもしれない。ヴァーナはネットビームで見事こちらに引っ張られた。
指を振って挑発する。このまま超至近距離で戦おうじゃないか。まだ骨が痛いけどね。
「痩せ我慢していると、いいことないですよ!」
「特技なんだ」着地することもなく、サーベルを構える。
ネットビームが切れると、勢いに乗った私たちの短い空中戦が始まった。振り払われるビームブレードをサーベルで受け続けるのは、私の勝機を手繰り寄せるためでもある。至近距離なら互いの視野は目の前に固定されがちだ。
そして、私は一瞬の隙を狙ってブーツの――
「それはさっき見ましたよ!」
ヴァーナは壁にブレードを刺して急ブレーキをかけた。ロケット機能で放たれた蹴りは空振り。隙だらけだ。
「あらら」
間抜けに宙を舞ってしまった私に、ビームの刃が放たれるのが分かる。しかし、止まった位置は分かっているのだ。サーベルに生命をかけてこれを受け止める。成功だ。衝撃で私の身体はくるくると回って飛ばされる。こちらは足でブレーキ。
「失礼。こちらも芸が一辺倒だったようだ」
「そういう口を叩けるのもそろそろ終わりですよ」
手詰まりを指摘しながら、ヴァーナは私に突っ込んだ。正面からの斬り合いが再び始まるが――私は、一つの細工をしておいた。時間が来るまで持てば、なんとかなるだろう。
ハッキリ言って、戦いの技術は私の方が上だった。少なくとも、剣戟においてヴァーナが私の上をいくことはなかった。それでも私が優勢を保ち続けていられないのは理由が二つほどあるが、内一つは彼女の手の多さにある。
剣かと思えば鞭、次には槍のようにパワードスーツから発せられるビームを自在に操っている。熟練というやつだ。身体の機能以上に知り尽くされた装備の扱いには風格さえ漂っていると感じる瞬間がある。その巧みさゆえに、私は攻め続けられない。
「どこで鍛えればそうなるんだ? ヴァーナ、君は軍人崩れか?」
「軍にいた覚えはありませんね」
鞭から、鎌。防戦が続く。まずい。
私の焦りを感じ取ったか、彼女の口元が一瞬緩んだ。それと全く同じ瞬間に、私の方の準備が終わった。
がっしりとサーベルを強く握ったあと、適正なところまで脱力。
「たぁぁぁぁ!」
彼女の足場を踏み砕きかねない勢いで踏み込むと、彼女の顔には更なる勝利への予感が広がった。そうはさせない。私は、理由のもう一つを解消する第一段階として、ヘルメットを畳んだ。特殊空間用のバリアはチョーカーから出ているから大丈夫だが、この行動は彼女に疑問を抱かせるものだったらしい。無理もないか。しかし、これは策でもなんでもない。ただの第一段階だ。
先ほどよりもずっと速く、力強い斬撃が彼女を襲う。上下の振りは狭く、左右の振りは広く! 刃の輝きは嵐となって彼女を包まんとする。
「やるっ――」ずっと苦しそうにヴァーナは言った。「先ほどより調子がいいじゃないですか! 何かありました?」
「本気を出しているからね――」私は応じる。
「先ほどまでは本気でなかったと?」
「ある程度は力を出していたさ。だが、だがね――」
私は、グッと彼女を見つめながら激流の剣を振るい、言った。
「私は、顔を見られている方がずっと調子がいいんだよ!」
サーベルとビームブレードが打ち合う音だけがしばし流れる。
「こ……この、ナルシストがっ……!」
「もっと見るがいいさ、この美貌を! 君はこれから美しきフォルダーに敗れ去るのだ」
「いい加減にしてください!」
残念なことに、呆れと怒りか。荒々しく力が叩きつけられる。
私は、好機をここに見た。
サーベルを下げ、準備していたものを手に取り、そのまま落とす――
飛びかかってきたヴァーナは、私の行動の意図がまだ読めていない。時間の問題だろうけどね。
「――しまっ」彼女は気づいたが、
「遅い」
特殊空間用の調整を切ったブラスターが地面に当たると、臨界に達していたバッテリーとエネルギーが反転して外に露出した。当然、コーティングなどされていないそれは大気中に出た瞬間――
「さらば愛銃」
光と爆発はほぼ同時だった。背を向けて走り去っていた私は衝撃にまたしても飛ばされるが、心構えは充分だった。颯爽と立て直し、サーベルを構えながら結果を見る。
「けほっ! けほっ!」
まぁ、粉々になったりはしていないと思ったさ。それでも、かなりのダメージは与えられたらしい。
ヴァーナは自分の身体を抱きしめながらむせていた。パワードスーツもダメージを受けている。ビームの供給を示すラインは弱々しく光っていた。
すぐさま飛びかかって、彼女のスーツを一瞬にして切り刻んだ。少しずつではあるが、きわどく肌が露出していく。しかし、私も少し参っている……。仕方なく、そのまま蹴り倒して彼女がやったようにのしかかり、全身を支配した。
空いた手で彼女の顎を掴む。
「次の芸は、何かな――?」
「くっ……」
優位に立ったように思えるが、私はやはり参っているのだ。疲れとダメージと他にも色々重なってしまった。というか瞼が重い。
それでも、彼女を無力化するのは迅速になすべきことだ。
「さて、何もないのならこのまま――」
「ふん!」
顔を近づけたのはまずかった。彼女は私の唇を一瞬で奪い、無理矢理何か、カプセルと思われるものを私の口内に送り込んだ。一瞬で溶けるのが分かる。まずいと思う間もなく、瞼はさらに重く、ヴァーナは分身をはじめ、天地はぎゃくてんする。これはすいみん薬か? ええい、ままよ。わたしはがむしゃらにかのじょにすいつきながしこみ――
治癒装備は即座に私に覚醒を促すが、それより早く私自身が薬の効果から抜け出した。
既に、ヴァーナの姿はなかった。私の起き上がりが早いと分かっていたのだろう。最後の一手は、逃げの手だった。
「しくじった……」
どっちへ逃げたか。外か? 内か? 外だろうな。
私は、外へと彼女を追うことにした。
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