14 火花が咲いた
おもむろに放たれたブラスターはあたりはしたと思う。その瞬間に反転してこちらに向かってきたうえ、見た目なんの影響も確認できなかったので、はっきりとしたことは分からない。
私はヘルメットの分析機能を頼りに、反転現象の中から重力異常を探し出した。電流の交差点にそれを見つけると、ヴァーナより先にそこへ足を踏み入れた。特殊空間用の装備に異常は検知されない。よし、よし!
「おいで。怖くないよ」私はヴァーナに手招きしながら言った。
「子ども扱いはやめてください」
軍艦の中は、やはりというか艦の外部に向かうように構造がひっくり返っている。不用意に触れたりしないよう、注意を払いながら私たちは進んだ。幸いにも、反転しているだけでそれ以上の異変は見当たらなかった。
中にいたであろう人々は痕跡一つ見当たらない。
「外に出て死んだのかな?」
「どうでしょうか。極点に近づくたびに吸い込まれた死体が次々と……」
「ヴァーナはホラー好き?」
「シュールなのはけっこう好きですと言っておけば満足ですか?」
状況からの推測に冗談を交えながら、私たちは先へ進んだ。
不思議な気分でとても楽しい。反転から読み取れるこの軍艦は武骨で、サラのように洗練されたデザインではないが、それはそれで趣きがある。機能性を追求したためだろう、外観にはあまり気をつかっていないからパイプなどが見えているし、色合いも硬派だ。剥き出しになっていなければ、人気の出そうな逸品である。
――しかし、これ、どこの軍艦だろうか? 内部構造はリ・マ・ヘイムで正式採用されているものとは違う気がする。
バフィは、軍艦にも手を伸ばして何かやっているのだろうか?
「ヴァーナ、この軍艦どう思う?」
「典型的な偵察巡航艦ですね。リ・マ・ヘイムではあまり見られないタイプだと思います。バフィ将軍の事業でしょうか?」
彼女の見解は、私と同じだった。
ここで色々と引き出してみたいが――
「レッドフォルダー――ノーラ・スタンス。あなたの意見はどうですか?」
やけに改まって聞いてきたヴァーナを見ると、これまでと変わらない、真面目な顔がある。しかし、何かが違う。彼女の真面目さは、これまでとは異質なものに感じられた。この空間のせいだろうか。ひっくり返った水道をひょいと飛び越えながら、私は答えに窮した。
私の意見、か――
「リ・マ・ヘイムが戦争を始めたとして、得をする国はそれなりにある。この船が密輸品か、あるいは実験機か――いずれにせよ、この国に利益をもたらすようなものではないだろうね。利益をもたらすようにこの国が作り替えられれば話は別だけど」
バフィが行っていることが、長い計画だとしたら、それらを繋げた先に答えは見えてくる。全てでなくてもいい。今現在でも、十分に見出すことはできる。スペーディの言った通り、戦争だろう。問題は明け渡すかどうかだ。
私たちは、しばし歩き、議論し、艦載機を置く格納庫へと足を踏み入れた。偵察艇の中身と思わしき塊が数十。弾け飛んだようにぐるりとしていた。
――さっきから、ずっとだ。私とヴァーナは目を合わせていない。互いに会話だけは続いているが、見た瞬間、なにかが起こる気がしていた。
どうやら、向こうも同じらしい。
私は艦載機を調べた。これが大当たり。リ・マ・ヘイムで使われているのがおかしいタイプだ。要するに、色々なところから外交が打ち切られている、とても危ない星の名産品である。そこでは国外持ち出しは重罪。国外から受け入れるのも、あらゆる条約が禁止としている。
私は艦載機の情報を片っ端からデータカードに移すべく準備を始めた。
「ヴァーナ、ここ一番、働いてね」
「ええ、働きますよ」
私の言葉は無視されていた。注視されていたのは胸の内だ。
私はデータカードをしまった。溜息をつく。ここが仕事のしどころだ。わざわざ情報が出てからとはね。
充満した空気がボッと焼けた気がした。
「ヴァーナ、今度は君の意見を聞きたいな。君はこの艦載機が意味するものが分かるか?」長年愛用してきたものに手をかけ、聞いた。
「推測でよろしいでしょうか?」
「確信を持ってもらいたいな」
「推測です」
「ならばそれで結構」
「――バフィ将軍は広大な土地を求めている。そう考えれば、彼の狙いもおのずと分かる。王位を空位にするのが目的でしょう。摂政に向く人物もいることですし」
「メイデリックか?」
「王権を無力化し、それから議会の凍結が始まるでしょうね。バフィ将軍のやってきたことは根回しでもありますから。本星で武器を作り、船を作り、外部からの干渉は軍備増強された衛星でカットできる。首都を固定すれば余計な動きをする必要もなく、また、王族を釘付けにできる。そして、その先は――」
私はまだ振り向かない。彼女の話を聞いている。
ああ、しかし――分かるよ。どんな顔をしているか。
「この星は外交を必要としなくなるでしょう」
「無法地帯にするというわけか。怖いな」
「ええ、怖いです――」
「そう、怖い――まったく、君は裸にしておくべきだったよ。剥くのはさぞかし背徳的で楽しかっただろうな」
「それも怖いですね」
「いや、何よりも怖いのは――」
私はマルチグローブとネットビームの力で艦載機を持ち上げ、後ろに投げつけた――!
「裏切ったまま百年共に眠った度胸さ!」
サーベルを実体化させながら振り向くと、ヴァーナは既にビームブレードで艦載機を真っ二つにし、片方に素早く手を伸ばしていた。
停滞の中にあった空気が一気に震え、渦を巻いた。
ヘルメットのシールドの透明度を上げ、ヴァーナに私の顔を、目を見せつける。私も直に相手のそれを見る。いま映っているのは、手を組んだ者同士ではない。彼女の表情はこれまでよりも遥かに苛烈で、悲しいことに活き活きとしていた。突撃前進の力に引っ張られるように張ってはいたが――美しいじゃないか。
「しっ!」
その場で宙返りをし、投げ返された半分の艦載機を勢いで蹴り、軌道を上に逸らすと、私はすぐさまサーベルで前方を突いた。光の弾ける音。相手の力が刀身を通して身体全体に伝達され闘志が煮え立つ。必死の形相で、受け止められた片方のビームブレードをそれでも押し込むヴァーナの顔を見ると、それはますます強くなった。
「どのタイミングで裏切った、などとは聞かない。最初から――君がパニマ様のそばについたその時からすでに、だな」空いたままの片手に注意しながら私は言った。
「ご名答。私がこの――連絡機能付きのスーツを脱ごうとしなかった時点で気づけていればあなたの評価はとても高いものになっていたのに。せっかくの美しさがもったいない」よく喋ってはいるが、視線は私の全身をくまなく探っている。狙いをつけているな。もう片方が来る――!
私は予測を信じ、一瞬のタイミングを狙ってサーベルを真横に倒した。回転と共に離れたビームブレードの代わりに、空いていた方が光の刃を作りながら襲い掛かってきたが、無事にそれを弾く。
体勢が崩れるかと思ったが、こちらは外れた。次なる私の一手、突進を完全に読まれていた。すんでのところで、飛んできた光の刀身をかわすと、そこで足を止める。
「あなたとの試合は有意義でした」
「分析だったということか。まったく、あれだけやったのに、全部自分に返ってきたわけか」
先ほどよりも、細く、長く、しなるビームブレードが両手に現れる。
「その節は失礼いたしました。私の芸は引き出しの一段目のみをお見せしていました」
「舐めた真似を謝罪する心意気は良い。だが、残りの芸が私に通じるかな?」
サーベルを構える。私は燃えているが、笑ってはいない。
百年も衛星で一緒に眠っていたというのに、ああ、素晴らしき従者は最初から裏切り者だった。お姫様にはなんとも悲劇だ。それらを思えば、さすがに今は笑っていられない。
「レッドフォルダー! ここでならあなたが死んでもおかしくはない! あなたは真実の厄介者になる危険性があります!」
壁を切り裂きながら襲いくるブレードを、私は天井まで伸ばしたネットビームにぶら下がり、縦横無尽に壁を蹴ってかわし続けた。無論、それだけではない。ビームブレード――いや、これはもうウィップだな。最近鞭に縁がある――ビームウィップが最も遠くにしなる瞬間を狙ってサーベルでの斬撃に回ってもいた。
流石はヴァーナといったところで、ビームウィップの動きに縛られることなく、最小限の動きではあるが全身で回避行動をこなすことを忘れない。しかし、数本ではあるが、彼女の髪の先をわずかに散らすことはできてしまった。ああ……
「すまない、髪はなるべく狙わないようにしているんだが」
「お気になさらず」
「いや、気にするさ。君の髪の色は赤系で、少し私に似ていて、とても好きだ」
「そのナルシストぶりは、わりと、本当に嫌です」
再び襲いくる光の鞭。当たれば切り裂かれていく艦内と同じ運命だ。
私は艦載機をもう一隻掴み上げ、片方の鞭へと投げつけた。爆発が先に聞こえて反転艦載機が切り裂かれる。その影を跳躍していた私は向かって奥にある方にネットビームを発射すると、それに引っ張られる形でヴァーナの方へと飛んだ。
すぐさま帰りの鞭が背後から迫るが、私はネットビームを切って勢いに乗り、空中で回転しながら変わった軌道をヴァーナの真上に調整した。今度は彼女にネットビームを放つ。
「お誘いは、ごめんですよ!」
ビームウィップも切られ、ヴァーナは姿勢を低く駆け出した。大したスピードだ。装備もあるのだろうが、あの速さならなるほど、そのまま壁を垂直に上ったところでなんの不思議もないかもしれない。ここの重力は結構振れ幅があるみたいなのだが。
――調整機の力を駆使し、彼女は天井を駆けた。
私は地面についたネットビームを回収することですぐさま上から離れたが、彼女の落ちるスピードの方が速かった。というか、重力操作か。あるいは、ここの重力の変化を分かっているか――!
背中から腰のあたりにかけて鈍い痛み。バックパックは無事だが……特製コートの上でも、骨を持っていかれたのが分かる。シールドの情報で確認すると、どうやらビーム兵器搭載の超高熱の足に透過・粉砕振動が用いられたらしい。生身でくらっていたら粉々のドロドロだ。
床に叩きつけられた私は、それでもサーベルを手放さないし、冷静ではあった。
ただ、動けない。完全に踏みつけられている。
「いい格好ですよ、レッドフォルダー――」
いい顔をしていると思うので、なんとか見ようとしたが、後頭部に尻が乗ってそれも叶わなかった。
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