13 反転軍艦

「そもそも、我々はずっとそれを得ていたがゆえに、どうにかして上へ伝えようとしていたのですよ。奴らに睨まれていてあまり大きな動きをとれませんでした。砂漠から出ることさえできない。何より、軍部の実権を握るバフィが相手では……」スペーディは戸棚から一つのファイルを取り出し、差し出した。「この砂漠も、かつては彼の計画にありましてな。活動中に軍艦が一隻、墜落したのです。彼らは回収はおろか、情報の隠滅もそこそこ、ついに軍艦の中には入らずにここを離れました」


 スペーディの話は、奇妙なものだった。軍艦は情報の塊だというのに、それを回収しないとは。


「誰だっておかしいと思うでしょう。しかし、墜落現場がどういうところなのかを知れば、そうは思えなくなりますよ」


 ファイルを読むよう促され、私は目を通した。話に出てきた軍艦に関するレポートだが……。興味深いのは、なるほど、現場だね。


「これは……星の子供か?」

「星の子供?」スペーディが聞き返した。いけない、一部のフォルダーにしかこれは通じないんだった。

「今のは忘れていただきたい。ロマンチストの戯言だ。

 寄星現象か、それとも内部で発生した新しい星と見たが。軍艦を囲んで周囲に出ているのは紫――次元断層か。こちらからは軍艦は健在に見えるが、内部は物理法則も違っているかもしれないな」


 軍艦は紫のオーロラのような蠢きに囲まれていた。ゆらめくその彼方、山のように動かずにいる一隻には異常があるようには見受けられない。それこそが異常なのだ。


「我々は寄星と考えています」

「では、そうなのだろうな」


 時折、何らかの原因によって圧縮された惑星が他の惑星に引かれ、それを核として居座ってしまうことがある。残念なことに、その過程で壊れたり原因が解消されることも多いのだが、無事に居座ることができればそこには特異点が生まれ、星の中に星がある『寄星』という状態になる。

 ちなみに、この現象が一つの惑星の中で済んでしまう場合もある。

 私のようなロマンチストなフォルダーは、これを星の子供と呼んでいた。実際には図々しいものだが。


「なんとも運の悪いことだ。そんなところに飛び込む――いや、落ちた時にそうなったのだろうな。いずれにせよ、同情するよ。それで、この軍艦の中にバフィ将軍を暴くものがあると。なるほどね、私もこれは当たりだと思う。内部に生存者がいる可能性は?」

「限りなくゼロかと」

「当然だ。断層から出ることも叶うまい。食料が尽き、飢えて死んでいるだろうね……。寄星の解除には時間がかかるな。断層をサラで突き抜く――」

「そんなことをして、入った途端に軍艦にグサリとなったらどうするつもりです?」


 ファイルを何度も検討しながら、ヴァーナが言った。一理ある。最悪、入った途端にサラにねじれが発生し、それが中の軍艦と同調した日には目も当てられないだろう。

 となると――


「身一つで入るしかないか。手がかりが得られればいいけど」



 * * *



 私はスペーディを含めた十数名を貸してもらい、軍艦が落ちた地へとスナハミバナに跨って向かった。これが中々に乗り心地が良い。反応は素直で、上と認めさせてしまえば彼らは馬のように速く、力強かった。これで臆病なのだから面白い。

 紫のオーロラは天まで伸びているわけではない。これは次元断層で大気中に弾き出されている異物が通過中に偏移しているのがそう見えるだけだ。ざっと百メートルといったところか。


 私は宇宙空間での探索用装備を身に着けていた。いつものコート、いつものバックパック、いつものマルチグローブ、いつものブーツ――全体的にいつもと変わりがない。しかし、不覚にも美しさの衰えを感じてしまうのは、砂漠に潜むこの人たちが私をまったく称えてくれないからか。鏡に映る自分はいつもと変わらないのだが。

 ヴァーナも、パワードスーツにいくつかの装備を追加していた。彼女と私とで入ることになる。お姫様はスペーディに預けることにした。少なくとも、何かあったら逃げ切ることぐらいはできるだろうし、彼の経歴と性格から、途中で見捨てるなどということはないと判断できた。

 スペーディたちは、少し離れたところである装置を弄っていた。サラから持ってきた不確定領域を安定させる装置だ。これで次元断層を越えて中に侵入できるはず……。


 正直、自信がない。サラには冒険に必要と思われる様々なものを積んでいるが、このテの次元的現象は細々とした事情が邪魔をするので、これさえあれば大丈夫、というものがほとんど存在しないのである。せいぜいが宇宙各地に設置されているワープゲートぐらいか。それでもうまくいくまで千八百年はかかったらしいが。

 勿論、年月を経て効率も成功率も格段と上がってはいる。私が持っている装置も、フォルダーとして常に良いものを仕入れているつもりなので、失敗する確率の方がはるかに低いはずなのだ。

 ――なぁに。失敗しそうな時は、このレッドフォルダーの腕を披露するのみだ。


「それじゃあ、行ってくるね、可愛いお姫様」手を取り口を近づけるだけで、今度はヴァーナ以外からの視線も感じる。見られるのは好きだけど……。

「お気をつけて」


 分かっているのだろうか、この子は。


「姫様、私が戻るまではスペーディが守ってくれるでしょう。これまでよりは安全かと思われます。ごゆっくりなされて――」

「私といても安全だよ?」


 一瞥だけされた。てくてくと、ヴァーナは次元断層に歩いていく。

 私はスペーディたちにあとを託すと、赤毛を揺らしながらヴァーナを追い抜いた。ヘルメットを展開し、ベルトにつけた重力調整機を起動させる。シールドには次元断層の入り口がしっかり確認されていた。

 目の前にはうっすらと光るもの。これが空間の境目であり、不可侵の象徴である。私はそこへ一歩を踏み出した。ヴァーナが続く……。


 ――さて、ここからが勝負だ。



 * * *



 後ろを確認すれば、何事もない。こちらからはオーロラが見えない。私たちを見守っていたお姫様たちは、はるかなる天井に逆さに立っていた。180度ズレたのと同じ結果になっていたらしい。

 しかし、目の前の軍艦はそれどころではない。


 軍艦は、内部構造が剥き出しになっていた。裏表が綺麗に入れ替わったのだ。色が変わっているのも、やはり反転してしまったからだろう。

 走る電流は内部のものが漏れ出ているのか。二つの輪が交差するたびに軍艦のパーツは規則的なスピンを起こしている。ぷかりと浮かんだ部品さえもその流れを作っていた。

 もはや軍艦というより、特定の状態にあるオブジェと言った方がいいだろう。それがマズかった。


「重力出てません?」

「さて、ね」


 調整機をいじって実証に入る気は起きなかった。シールドには異常なしと出ているが、影響を受けていると考えた方がいいだろう。もうしばらく待てば解析が終わって正確なデータが出るのだが……ここでそんな時間はない。

 私は、ここにあるだろう圧縮された星を探すつもりでもあった。可能ならば処分して、この特異点を追っ払おうとも思っていた。

 しかし、どうもくさい。星は軍艦の中にある――最初からあったと考えた方がよさそうだ。


「軍艦から情報引っ張るはずが、惑星一つ攻略しろ、か。ヴァーナ、こういうのって面白いと思わない?」

「気が滅入るだけです。それに、惑星は圧縮されているんでしょう?」

「そう。だから今は、軍艦が惑星だよ」


 私は地上の上、空の下を歩いた。見えはしない地面だが、湾曲しているだけなので歩行に問題は何一つない。


「ヴァーナ、ここではなるべく私の後ろにいてね。危ないから」

「馬鹿にしてるんですか?」ムッとして彼女は言った。「姫様の身辺警護を務めたこの私を、何もできない小娘と思わないでください」

「だけど、今は私と二人きりだからね。こういう状況下だと、私は守りたくなるんだよ」

「ノーラ」間が置かれ、「そういうのやめてください」

「はい、はい、と」


 私たちは圧縮された惑星を孕む軍艦へと歩を進めた。

 ヴァーナは、後ろについてきている。いい子だ。


 ――ここでハッキリさせよう。疑い続けているのも私自身、不機嫌になってしまうから。黒にせよ白にせよ、バフィ将軍よりも先に暴いてやる。

 ヴァーナ・レブ。あらゆる状況が君に疑いをかけている。君はお姫様の敵か? 味方か?

 餌は撒いた。食らいつくなら食らいつくといい。


 ヴァーナに注意しながら、私は目の前の軍艦惑星攻略もどうにかしなければならない。

 ――それにしても、あの軍艦、パーツだけでもいいから欲しいな。

 強欲に迫るならば、中にあるはずの圧縮惑星が欲しい――!

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