12 隠された傷跡
追っ手が砂漠を抜けていくのを確認したのは数時間後だった。どのみち、サラもどきはバラバラになっているだろう。
私たちは次なる狙いを一気に大物へと定めた。軍部首脳――その中でも屈指の権力と支持を得ているハノル・バフィ将軍だ。見た目は町を歩いていればすれ違いざまにおっとりと挨拶をしてくれそうなのんきなおじさんだが――
「現在の地位に到達するまでに随分とやってるね。この、赤風の田園完全追放とか無茶すぎるでしょ。跡地に建ったライフル工場、夜中に火を放たれたりとかしなかったの?」
「いいえ。現地民の抵抗を削ぐべく、演習中の事故で逆に火を放ったぐらいですね」
「馬鹿やるなぁ」私は豪腕に感心する自分を認めながら、恐るべき悪漢の非道に顔をしかめた。「王様とケンカできるわけだよ。ただ、言っちゃ悪いけど、ここまでのさばらせた側にも責任あるよ」お姫様に目を向けながら言った。
「完全にこちらの非とするのは抵抗がありますが、事実としてそうですね。だからこそ、何度も追い出そうとしたわけです。幸いだったのは、バフィの後ろ盾がお爺様に苦手意識を持っていたことです。バフィは首輪を引っ張られるたびに彼らを呪ったことでしょうね」
「その人たちには、全てが終わったあとでお礼をくれてやるといいよ」
そのお礼が、もしかしたらお姫様の大切な友にも適用されるかもしれないと思うと、私は少しの痛みを感じた。
ヴァーナを怪しむのは、考えれば考えるほど当然に思えるが……。
いや、よそう。まだ確定はしていないのだ。注意ぐらいはしておくが、今は仲間と思おう。
――注意だけは、決して止めないでおくが、ね。
夜が来ると、私たちはサラを砂の中から出した。かなり無理をしたので景色が変わってしまった感は否めないが……。
内部の自動点検を起動させ、私は外からの点検に入る。円形のブラシが先端についた身の丈ほどの棒型点検装置を持ち、照明機能をオンにすると前方がパッと明るくなった。ここまで走りっ放しだったので、だいぶ疲労は溜まっている。一度しっかり整備を受けたいが、リ・マ・ヘイムをちゃんとした形で出るまでは無理だろうなぁ。許してサラ。
目立った傷はないので、頭の中で警報を発していた財布さんは定時帰宅を前に眠ることを許された。
汚れはブラシを回転させ、ある程度を取り除いていった。
「せめて洗いたいな」
作業を半分ほど終え、サラを撫でながら私は呟いた。
その時だ。
――オオオオォォォォン……オォォォォ……
近くに鳴き声が聞こえた。犬の遠吠えによく似ていた。
私は点検装置を放り、用心のため出してあったバックパックを背負った。マルチグローブとブーツを装備し、ヘルメットを展開した。手にはブラスターを持つ。心臓が歓びのビートを刻み、フッと唇の端が持ち上がった。さて、何が出てくる?
「ノーラ、何か聞こえました。サラのレーダーを動かしてもいいですか?」ヴァーナだった。
「お願い。あと、ご用心お忘れなく」
私はネットビームを使い、フォース・ホールのてっぺんまで飛んだ。ヘルメットのシールドにはサラのレーダーと同調させた画面が表示されている。視界の隅にそれが入るようにしながら、自らも周囲を見回した。
――ゥゥゥォォォオオオン!
再び鳴き声。さっきより近い!
「ヴァーナ、聞こえる?」サラの中にいる少女は、すぐに返事をくれた。「何がいるか分かる?」
「いいえ。近くに何も反応ありませんよ。この子、大丈夫ですか?」
「サラは良い子。美しい子。強い子。以上!」
反応がないということは、何も来ていない、声だけが届いたということか、あるいは――対策をしているということ。
軍部である可能性は否定できないが、そちらは薄い気がする。動物の鳴き声を使ってこちらに察知されて、メリットなんかないだろう。鳴き声の主が知恵をつけた大物であるということもなさそうだ。対策をしているぐらいなら、鳴き声になんの意味があるというんだ。
私は、ブラスターを腰に戻した。シールドからレーダーの表示を消し、ベルトのダイヤルを回して、景色の向こうを拡大する。カメラでも飛ばせればいいのだが、気づかれてもまずい。こちらにお住まいの方がたまたま近寄ってこられたというパターンを考えれば、物々しいのは避けておきたい。
遠くで、砂の盛り上がりが確認された。そこから、蜘蛛を思わせる八本足の、毛むくじゃらの獣が姿を現した。足に囲まれた胴体の半分までが、牙をむき出しにした口になっているらしい。
見えたものをヴァーナに伝えると、スナハミバナという
「ヴァーナ、そのスナハミバナは人間を襲う?」
「いいえ、近くまで来て威嚇はしますが、人間を食べたりしませんし、何より、臆病です。子供でも威嚇し返せば、スナハミバナはその場に根を張りますよ。二歩も離れればすぐさま根で駆け出し、逃げ去ります」
「それを使う、砂漠の民みたいなのはいる?」
「飼う人は多いですし、使い道もありますが、この砂漠にそんな人々はいないはずです」
「レーダーをよく見てて。何か反応あればすぐによろしく」
私はジッと、スナハミバナの様子を伺っていた。その数はどんどん増えていき、数十ほどにもなった。臆病であるなら、この数でも恐れる心配はない。獰猛だとしても、おとなしく食われるつもりはないが。
やがて、その後ろからスナハミバナに乗った人々が――
あのやろう!
「嘘つき娘! 人間がいるよ! 見た感じ、「我ら砂漠で生きる者。部外者許さない。組み伏したうえでスナハミバナの餌食にしてくれる」とか言いそうなぐらい屈強な連中! 服装はゆったりしたローブ!」
「スナハミバナの餌食になる人はいません」
「そっちは重要じゃないんだよ!」
「レーダーに反応なし。見間違いじゃないんですか?」
「こっちで見てるものをそっちに送るから、自分の認識改めて」
サラの方に転送を終えた瞬間、スナハミバナが一斉にこっちに向かってきた。砂を胴へかけるように根を動かしながら迫ってくる。うわ、速い。スナハミバナの鳴き声だけでなく、乗っている人々も雄叫びを上げている。
「ノーラ、先ほどは失礼しました。確かに人がいますね」声の調子を変えずにヴァーナが通信を入れた。
「謝れる子は好きだよ。それで、あれは何?」
「そのことについて、私は明確な答えを持っていません。サラを飛ばしますか?」
「いや――」私は断りながら、一瞬考えた。「ちょっと関わってみよう。話し合い、凄く大事」
軍部関係者だったら喋れないようにボコボコにしておくことも必要だしね。
私はフォース・ホールから降りると、接触の用意をしてサラの先端まで走りながら叫んだ。
「そこの連中! 止まれ! それ以上近づけば、この宇宙船に装備された兵器の数々が諸君に狙いをつけることになる! こちらに交戦の意志はなく、また、諸君がこの地に住み、この地を愛するがゆえに私たちの排斥を求めるというなら、即刻立ち去ろう! ただし!」先端まで辿り着いた私は、サーベルの刃を出現させながら抜き、彼らに突きつけた。「武力をもって争うというのなら、相手をするのもやぶさかではない!」そこで、私は冷静になった。まったくもって恥ずかしい話だが、このような状況でも私はナルシスト気味であり若干の派手好きであり、好戦的な面があるのを否めない。
幸いだったのは、彼らがスナハミバナを止めてくれたことだった。サラまであと数分もせずに到達できる距離だった。私は急いでサーベルを納め、サラから飛び降りた。砂の沈みと重さとを感じながら、スナハミバナの人々を眺めた。両手を上げながら近寄ると、向こうから数人が降りてこっちに歩み寄ってくれた。
互いに距離を置いて止まる。
「私は旅の者だ。リ・マ・ヘイムには少々の用があって立ち寄っている。ここが私有地だったのなら、謝ろう」磁性流体をばら撒いた結果になったであろうことは黙っておいた。
数人の屈強な男女の中から、一人の男が前に出た。一番の年寄りだった。
「確かに、国内では見ない宇宙船だ。そうだからこそ、我々は警戒したのだがな。問おう――」彼は懐に手を潜り込ませた。銃でも持っているのか。「君は、リ・マ・ヘイム軍部の息がかかっていないことを証明できるか?」
「意図が分からないな。説明してくれ」私は両手を上げたまま言った。
「奴らが飛び回っているのを見たのでな。君を怪しんでいる」
「軍を怖がっているようだが、君たちは犯罪者の集団か?」
「何を馬鹿な!」口調は荒くなったが、懐の手はまだ外に出ていない。「犯罪者というなら、連中のがよっぽどさ……。奴らが私たちにした仕打ちを一つ一つ並べてやってもいい。私が裁判官だったら、とても気分が良くなるだろうよ」
うねうねと動くスナハミバナを背後に、彼は薄らと笑った。疲れた笑みだった。
私は、抱いていた警戒心を静かに解いた。
「君たちについて、私はとても同情的になれると思う。だが、そんなことより先に、疑いを晴らすことが大事だな。よかろう、私は軍部の手先ではないと証明できる確固たる証拠を持っている」
密かにオンにしておいた通信から意図を読み取ったヴァーナとお姫様がサラから姿を現した。目の前の集団に動揺が広がるのがはっきりと分かった。代表者などは、口をぽかんと開けている。
「まさか――嘘だろう、そんな!」
「君の考えは、突飛でもなんでもない。正真正銘の本物さ。さて、行動をとってもらおうか――それ次第で、私の対応も変わるぞ」
ヴァーナに守られながら、お姫様は一歩、また一歩と近づいてくる。
権力は今こそ示された。年寄りの代表者が背後の全員にスナハミバナから降りるよう叫ぶと、それだけで根を張ったスナハミバナから次々と人々が降り、前に揃って跪いた。
「あの、そういうの、今はいいですよ?」お姫様は高さを合わせるように膝を折りながら言った。「それより、あなた方について教えてください。なぜ、ここに? ここで、何を?」
「その前に、どうか、そのお顔をよくお見せいただけないでしょうか?」震える声で代表者が言った。
私は、サラから光源となるものを持ってきた。簡単な設置式のライトだ。お姫様を美しく、厳かに照らし出してくれる。そのままサラから照明を出せばいいのだが、物事の演出にこだわるのは悪い事ではない。
「おお、おお……! パニマ姫様……! なんと、お懐かしゅうございます。まさか、生きてまた会える日がこようとは!」
涙を流しながら語る代表者に、私たち三人は驚いた――
* * *
彼らの住居は、少し離れたオアシスから三日月を描くようにスナハミバナが生い茂る砂山を迂回したところにあった。首都とはレベルが大きく違う。ビーム一発で吹き飛びそうな、頼りのない木造が立ち並んでいた。
私たちは、さして他と大差ない代表者――スペーディといった――の家に案内され、腰を下ろした。
「姫様がまだ幼い頃になります」スペーディはお姫様を前に、懐かしむように語りだした。「私たちは南方で家畜と共に生きておりました。先祖代々伝わる生き方です。土地の名産としても名高くあり続けていました。戦乱の中にあっても、技術を失うことは決してありませんでした。ラーンズ王家にも、評判をいただきました。私も、自分の代でこれが絶えぬようにと意気込んでおりましたよ。
ある日、若きジルバ様が視察に参りました。お褒めの言葉をいただき、皆は喜びました。……しかし、喜びはジルバ様も同じでしたよ。誇らしい話です。私たちの中から、王妃が出るとは」
お姫様は、深く息を吸い、吐いた。
「――亡きお婆様は、こちらの出身でしたか。ありがとうございます。祖母を育んだあなた方の温かきに深い感謝を」
「勿体無いお言葉です。あの時が、私たちの幸せの頂点でしたよ。それから、月日が経ち、パニマ姫様が生まれ――私も宮殿の祭典に顔を出しました。その時が、最後であると思っていましたよ、パニマ姫様に会えるのは。
――しかし、それから間もなくでした。私たちは、軍部によってその活動範囲を狭められた挙句、バラバラにされたのです。私たちは抵抗しましたが、奴らは巧みに情報を操り、我々の声が上へ届かぬようにし、別の産業で侵略し……呆気ないものでしたよ。滅びとは、こうも簡単に来るのかと。今となっては、私たちのことなど覚えている者は少ないでしょう。私たちの抵抗運動を、いや、存在そのものを隠すべく、多くのイベントを奴らは開きましたから。そして、私たちは追われに追われ、この地に流れ着きました。今でも、軍部には追われる立場です」
赤風の田園と同じことを、いや、民族の徹底的な追放という意味ではより苛烈なことを軍部首脳は実行していた。
哀れで、憤りを起こす話である。
「強引だな」私は思わず口を挟んだ。「そこまでして、軍部首脳は何を企んでいる? 武器を作るだけでそんな過激を繰り返すか?」
やりすぎては、企みも何もないだろう。王族と戦うのなら、ある程度の人々の支持は必要だ。それすら失いかねないことを何度もやるのは、どういう理由だ?
「……過激を繰り返す理由は分かりませんが、行う理由はただ一つでしょう。仰る通り、武器の増量にあります」
「奴らは輸出でも始めるつもりか? ここでやったってうまみはないだろう?」
「おそらくは、戦争を始めるつもりでしょう。野望にとりつかれているのですよ、軍部首脳――特に、あのバフィは」
「スペーディ、私たちはその男を狙っているんだ。何か、追われ続けた君たちは何か、手がかりを持ってはいないだろうか? 奴を暴けるものを」
期待はしていなかった。確認だけのつもりだった。
しかし――
「――ええ、一つ、ありますよ」
彼は、反撃の手段を与えてくれる存在だったのだ。
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