砂漠の戦い

11 砂漠のサラ

 ロボットアームに冷凍装置を用意させている間、私とヴァーナは隠れられる場所を求めて地図と対峙していた。


「砂漠がいい。海よりもずっと見つかりにくいはずだよ」

「目立ちます」

「砂は何かと便利なんだよ」

「衛星まで飛んだ方がいいと思います。このまま本星に留まれば、私たちは侯爵誘拐で追われ続けるだけですよ。メイデリックの証言次第では、殺人犯です」

「いや――今はここから離れたくない。一旦外に出てしまえば、守りを強化されるだけだよ。せっかく敵の喉元に手が届きそうなんだ。軍部に食らいつく。

 ああ、しかし――なんともタイミングに恵まれない。踏み込まれなければあのまま侯爵をとっちめて、敵の全貌だって分かっただろうし、うまくすれば王様のところまで歩けたものを。判断はどう下されたんだ? あの場で、あのタイミングで――」


 最後に見たメイデリックの邪悪な笑みが忘れられない。あれは私たちを撃つつもりだったのだろうか? それなら、侯爵に当たってしまったことを悔やんでもらいたいものだが。しかし、奴は笑ったのだ――目的を達したかのように。

 メリデッリクの狙いが最初から侯爵だとしたらどうだろう。奴は侯爵の始末に走ったのだ。つまり、この一件の中核にはメイデリックも関わっていることになる。情報を得られたら困るから、侯爵の口を封じた。これは、逆に言えば奴らにとって痛手となる情報があったということになる。これはこちらに利をもたらすかもしれない。

 だが、まだ分からないことがある。侯爵は監視を切っていたはずだ。あの状況で、実は監視を続行させていたとしたら、ナバタが真っ先に飛び込んできただろう。わざわざ周囲に気を遣ったことからも、あの瞬間の室内を誰にも見られたくなかった、と考える方がいい。

 時間差が気になる。あのタイミングで――


「ノーラ、今は攻めるより逃げの一手です。ただでさえ、追われているのですから。なんならいっそのこと、姫様のことをバラしますか?」

「それはまずいよ。こうなると、侯爵が裏切っていたという確固たる証拠が欲しい。間違いなくあるはずなんだ」

「それならやはり、ソロン・ヘイム――ボォン・シナーベに行くべきでしょう。侯爵の身の回りを調べれば、何かあるはずです」

「手がかりは軍部にもある。私は攻めの手を講じるべきだと思う。ここは一つ、お姫様に決めてもらおうか」


 冷凍装置の用意が整い、私は侯爵の遺体を眺めているお姫様の手に肩を抱いた。ピクリとも震えず、彼女は噛みしめた顔をこちらに向けた。死者の儚さについばまれた心はどれだけの空虚を生み出したことか。あるいは、彼女の王族としての心構えはそれにさえベールをかける術をしっているのだろうか。親族の裏切りと死を目の前にしても、彼女は決して王女であることを捨ててはいなかったようだ。叫んだあの一瞬が、それらを吐き出したかのように、今のパニマ・エマ・ラーンズは強さが際立っている。しかし、ここは宮殿ではない。宇宙を駆け抜けるフォルダーの船の中だ――権威がどれだけの意味を持とう。

 私には、たった一言をかけることもできた。しかし、それをするなと言われているようだった。


 人には、決して立ち入ってはならないものもあるし、理解できないものもある。それは人生における真実が、あらゆるものの到達点として単独に存在するにせよ、交われない平行線を突き進んでいることを意味した。そして、その真実に到達したとき、生命は意味を失うのかもしれない。ゆえに、私たちは交わることが許されない領域をひた走るしかないのだ。悪い事ではない。それだけ世界には可能性が満ち溢れているのだ。

 フォルダーという生き方と、王族という生き方は、実に遠い。

 私は、彼女の生き方について、ここで立ちいる資格がない。だからと言って、隣人の肩を抱けないようなことを私は嫌うがゆえに、侵してしまいたくなる。それがまた、フォルダーの求める価値であるなら、なおさらだ。

 しかし、私はそれでも、声をかけられなかった。私が彼女の今の生き方に、強い価値を感じたからだ。それは尊重しなくてはならない。


「お姫様、決めてもらいたいことがあるんだ。このまま、あなたの故郷を走るか、衛星に行くか」

「他に取れる道はないのですね?」流れるように彼女は聞いた。

 私はそれに頷いた。「決めてください。これから、どう戦うかを」

「一つ聞かせてください。お爺様とお父様に会えるのは、いつでしょう?」

「それを聞いた理由を聞かせてくださいな」

「大叔父様の死を知れば、お爺様もどうなるか分かりません。私が会いに行き、全てを話し、全てを暴きます。たとえそれが、お父様たちに更なる戦いを強いるものだとしても、その果てに何が待っているとしても――いいえ、待つものが認めえぬものであるなら、私が変えねばなりません。私は、必ず、あらゆる最速をもって再び舞台に立たねばならないのです。絶対に――ノーラ・スタンス、あなたのフォルダーとしての力と信念を信じ、ここに徹底を約束してもらいます。なんとしても、事を成功に導いてください」


 断言しよう。私は気圧されはしなかった。

 いや、違うな――彼女のそれは、全く異なるものだ。恐怖で総毛立つ支配者のものではない。あらゆる善と熱意をわきださせるものだ。アイドル的と言えばいいだろうか。人が笑顔で散りゆくことを己が人生に課するのは、このような人物のためであろう。

 緩やかな顔立ち、普段の表情からはあまり想像できないが、彼女は将としての魅力を持っていると、私は確信した。

 だから私は、笑ってやったのだ。

 彼女が笑わせた? それも違う。


「その約束はとうにしていますよ。報酬は、忘れずに」


 彼女に負けたくないと思ったから、フォルダーとしてこのまま彼女の魅力に屈したくないから、私は宣戦布告してやったのだ! 必ず、彼女から欲しいものを得てやる。


「必ず」お姫様は、一瞬侯爵の遺体に目をやり、再びこちらへ向き直した。「このまま、本星を飛びましょう。作戦は何か出ましたか?」

「今から、それを出すところ。ヴァーナも、いいよね?」私は侯爵の遺体を冷凍保存しながら、お姫様の最も従順な供に聞いた。

「姫様が行かんとするのなら。それで、砂漠にするのですか?」

「言ったでしょう? 砂は便利なんだよ」


 私たちは相談し合い、充分な距離をとれる位置にある砂漠を割り出し、そこへサラを向けた。

 私たちは追われていたわけだが、戦闘は起きなかった。サラのスペックに、今更ながらヴァーナが驚くこととなった。違法的な改造を疑われ、私は特に答えなかった。


 侯爵の遺体は、どのような経緯であれ、やはり形式を踏んで弔いたかった。(実は、遠くへ行けば彼の脳からある程度の情報を引き出すこともできたのだが、時間もかかるし、私がリ・マ・ヘイムを出たくなかったこともあり、これを提案することはなかった……)

 しばしば、お姫様とサラは侯爵の遺体を前に、話し込んでいた。


「私たちは皆、大叔父様を味方だと信じていました。彼が裏切りの人だったのなら、なんと見る目のないことでしょうね」

「姫様、ボォン・シナーベ侯爵は傑物です。彼をそう育てたのはラーンズ王家であり、その能力について誇るべきことはあるでしょう。侯爵の裏切りは、当人によるものとは思えません。おそらく、軍部にそそのかされたのでしょう。彼らもまた、ラーンズ王家と共にあった存在です。誘惑に負けたとして、誰が責められましょう」

「責めは受けねばなりません。私たちはだからこそ、立っていられるのですよ、ヴァーナ」


 お姫様は、リラックスして話せていた。ヴァーナは彼女にとって、特別なのだろう。

 それもそうか――何年も共に眠ることを受け入れた少女だ。見事なものだよ。親友とはかくありたいものだね……。

 そういえば、ヴァーナがここまでの忠義を尽くす理由を私はまだ知らないな――!


「……あとで聞いてみようっと」


 私はサラの操縦に任せ、着替えに入った。


 * * *


 首都から東に飛べば、広大な大陸にぶつかる。発展についてはまだまだな地域が多く、生活レベルも少し下がるのが目に見えて分かった。私たちはさらに進み、広大なボズー砂漠地帯へと入った。水の少なさからなる、典型的な砂漠である。

 私はサラを適当な所に降ろすと、砂鉄の量と状態・範囲を調べ、策が可能であると確信し、作業に乗り出した。


 倉庫から作業目的を達成できる程度の磁性流体と電磁装置を外に運び出した。暑さがあるので気が滅入るが、必要なのでチョーカーのスイッチを押し、ヘルメットを展開させる。ベルト脇のダイヤルをキリキリと回し……おっと、行きすぎた。こういうのはいけない。暑さに負けないようにしなければ。気を取り直して戻し、外からサラの機能を使うべくメニューを変えた。針の中ほどから半分ほど進んだところで、人間ひとりは収まる程度の大きさの部位がググッと持ち上がった。磁力コントロールが始まり、磁性流体は電磁装置を包む形でみるみる形を変えていく。芸術家のよう、とはいかないし、フォース・ホールの再現は不足気味だ。それでも、ごまかせる程度にはこの作業は洗練されていた。


 やがて、電磁装置を中央にいただくサラもどきが完成した。

 続いて、このサラもどきのごまかしをよりグレードアップさせるために、表面に磁気探知対策として、ここ用に調整した妨害粒子を撒いた。急ぎの仕事なので満足いくものではないが、これだけでも結構な間はごまかせるはずだ。

 外からサラのコントロールを続けた私は、砂鉄への反応を弄ったサラもどきを飛ばした。中央の電磁装置は砂鉄を回収して飛び続ける。磁界にその影響が見られる限り電磁装置はサラもどきを飛ばし続けてくれる。

 うまく追っ手をかく乱してくれれば、しばらくしてバラバラになるだろう。その時には、きっと私たちは砂漠を去ったものと思ってくれるはずだ。


「これでよし」


 私はサラに戻り、砂によるコーティングを始めた。サラ自身の隠密性がどれだけ通じてくれるだろうか……。


「美しいお前を、信じているよ」相棒を軽く撫で、私はこちらの作業を始めた。


 作業を進めながら、私は考える。ヴァーナについてだ。

 これまで気にしなかったが、私は彼女について多くを知らない。そういうものだと決めつけていた。

 ――こう考えるようになったのは、一つの可能性にぶち当たっているからだ。あまりにも自然で、その友情に目を奪われていたので、思い至れなかったことがある。


 考えてみれば、そうだ。

 侯爵を組み倒したあの時、タイミング的に外へ繋げたのは私たちだけなのだ。私ではないし、お姫様の可能性も消去していいだろう。

 となれば、残るのは、ヴァーナだけだ。

 あまり怪しみたくない相手だが、さて――

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