10 ボォン・シナーベ侯爵

 このような形でお偉いさんのもとへ潜り込むのは初めてではないが、権威や身分というものをまざまざと見せつけられるのは楽しくて仕方がない。フォルダーは落ち着けない連中ばかりだから、刺激に溢れる場所は好きなのだ。私も例に漏れない。


「あっさり入れましたね。もっと苦労するかと思いましたが」

「姫様の姿を見せたのが効果的でしたね。もしやと思わせることができました」


 歩きながら二人は、小声で感想を言い合っていた。そのとおりで、お姫様がいてくれたおかげで綱渡りに成功している状況だ。

 私たちは比較的開け放たれたと言える、水色の壁に囲まれた、安いホテルの一室のような部屋に案内された。入ると、お姫様が口だけ動かして何かを伝えようとしていたので、監視の可能性を考えた。当然か。

 キャメロン・ビー巡査部長の希望で、リ・マ・ヘイムの公権力らには本命が来るまで立ち入りを遠慮願った。


 私の理想は二通りある。一つは、騙り二人の身に着けているものを見るため、万が一の可能性を確認するため、現国王もしくは近い人物が来てくれること。うまく口裏を合わせれば、次の手につなぐことができる。もう一つは――こちらが本命で、コルト・ヅチ・ボォン・シナーベ侯爵が来ること。そうなれば、あとは私たちがうまくやれば、侯爵の本性を拝むことができる。敵か味方か。どちらにせよ、もうじき勝負は始まるのだ。私はいかにも慇懃無礼な警官を演じているが、実を言えば手に汗が滲んで仕方がない。ここは私たちにとっても、今やリ・マ・ヘイムで最も危ない場所なのだ。

 侯爵が一人裏切っているだけならそれでいい。だが、最悪のパターンとしては、王族側の大半が裏切っており、残るは直系のみということも考えられる。そこまでひどくはないだろうが、いずれにせよ私たちも虎穴に入ったのだ。


 私は、密かに持ち込んだ脱出のための道具が自分の身体から離れていないことを確認した。鉛筆程の細長い筒が二つ、U字型の装置から伸びたものだ。これも物置から引っ張り出してきたもので、自慢したらヴァーナに「節操なしに色々ありますね」と言われてしまった。


 しばしの時が流れた。私たちは心身ともに万全を期して待ち続け、その瞬間に意識を集中させた。

 まず、入ってきたのは私たちを案内したのとは違う、年かさの男であった。紳士風で、古めかしいブラウンスーツを着ている。手続きにきたお役人といったものではないように思えた。陰に潜んで獲物を狙う肉食動物の目をしている。ギロリと睨めば、部屋中が射抜かれた。ヴァーナはともかく、お姫様の反応が心配だが、ここで目を向けて怪しまれても困る。あくまで、尊大な警官を演じなければならない。


「どちら様です? ――おっと、国王だったらお許しを」私は立ち上がり、帽子を片手に頭を下げた。

「私は警備責任者のナバタだ」彼はそれだけ言うと、やはりというか、お姫様の騙りに注目した。その表情は巨岩の如く揺らぎもしない。フォルダーとしてあらゆる人を見てきた私に言わせてもらえるならば、彼はその立場にとても相応しい人間であると確信できた。先ほどの騎士とはまるで違う。


 そんなに見つめるならここに美少女がいるのだが、などと言いたいがここはグッと堪えよう。

 私たちの様子を伺うために警備責任者が出てきたということは、まだ私たちは彼らにとって重要人物の位置にあることは間違いないらしい。これはよし。うまくいっている証だ。彼の仕事はおそらく、私たちの危険度の確認だろう。そうせなばんらない理由は――


「ナバタさん、あなたはここに何をしに来たのですか? あなたがこの二人について何か手伝ってくださるのですか?」

「いいえ」


 ナバタは身をどけて、後ろに控えていた人物を室内へ招いた。

 さて――


「控えております。何かありましたら、必ず」

「いや、いいよ。俺は兄貴と同じく老いたが、あれよりはまだ腕は立つ」


 入ってきたのは否応なしに年季を感じさせる男だった。

 画像で見た通りの見事な男前を出して、ボォン・シナーベ侯爵が私たちの前に姿を現した。


「あっ……」


 仕方ないのかもしれないが、お姫様が反応したのはまずかった。一瞬で侯爵とナバタの注目が彼女に移る。私はすかさず話を切り出した。


「これは、これは! ボォン・シナーベ侯爵! お噂はかねがね」

「う、む。どのような噂か、気になるね。ロゥアでの評判かな?」

「ええ。残念ながら、侯を良く思わぬ者もいます。しかし、それは長けた者のさだめと思って諦めてください。悪しき者の悪評こそが、あなたの誠実なる生命の証なのです」


 ロゥアでの侯爵の評判はリサーチ済みだ。言ったことに嘘偽りはない。彼が真実、誠実なのかはまだ分からないが。

 侯爵はナバタを室外へ出すと、テーブルについた。目の前に来られると、流石は王弟である。お姫様よりも遥かな威厳を感じさせたが、どこか親しみやすさも見受けられる。これが人気の秘密か。魅力ある者は何かと有利だ。私のようにね。

 しかし、私は動じるわけにはいかない。仕事の上でもそうだが、ひとりのフォルダーとしても、である。

 侯が促したので、私は座り、これまでのように尊大な振る舞いを続けた。


「申し遅れましたが、私、キャメロン・ビー巡査部長と申します。このたびは卑しき騙りのためにわざわざ王室をお呼び立てして申し訳ございません。ですが、パニマ・エマ・ラーンズ姫の騙りとなりますと、そちらの事情もありますゆえ、万が一を考えました」

「賢明です。むしろ、感謝いたしますよ。私たちが先に知っても、放ってはおかなかったでしょう」

「では、やはりパニマ王女は?」

「すでにご推察でしょうが、まだここにはいません。今回の話を聞いて驚きましたよ。そちらの二人、見せてもらってよいですか?」

「お気をつけください、世の泥を舐めれば牙が研がれます」

「その牙にやられるようでは、私はいよいよもって領地すら捨てねばなりますまい」


 笑いながら、侯爵は騙り二人を見た。それが又姪と従者であると、彼は分かっているのだろうか? 表情は変わらず、余裕を包んだ理知的なものだ。


「我が兄の孫と、その供を、どうして名乗ったのだ? ん? 随分とうまく化けたじゃないか。感心するよ」


 まずは疑ってかかってきたか。だが、予習済みだ。


「それは」答えたのは、お姫様だった。「腕のいい技師に全身の改造を頼んだからです。惑星国家の王族に化けさせては、自分も危うくなると引いていましたが、お金を幾重にも積んだらとうとう首を縦に振りましたよ。どうです? 喋り方まで気品を身に着けたのですよ? この努力を認めてもらいたいですね」渾身のしたり顔が浮かんだ。いいぞ、お姫様。これが地球で君が役者なら、アカデミー賞だって狙える。観客も総立ちさ。

「なるほど……確かに、素晴らしいな。パニマをよく研究している。まるで、懐かしいあの子に会えたようだよ。それを感謝してやってもいいが、私は罪には相応しい罰が与えられてしかるべきだと思っているのでね。このまま君がふざけた真似をするのなら、私だって元ラーンズ王家の一員だ。家の尊厳を守るために必要な働きをしようじゃないか」

「おっと、まだ我々の預かりですよ」割って入った私は、そのまま続けた。「やはりこいつらは騙りですね? それもそうだ、万が一にも、本物のわけがない。身に着けているものはいかがでしょう?」


 侯爵は、口ひげを指で撫でながら、うなった。


「幸いにも、パニマから奪ったと思われるものは見つからないな」それもそうだ。「そっちも、同じく。パニマの従者に似てはいるが、道具は違うだろう」


 急に居心地が悪くなった。実は、ヴァーナの服の下にはまだパワードスーツがあるのだ。熱心な彼女は頑なに脱ぐことを拒否した。これが忠義の証なのだと。仕方ないので、服装に一工夫してもらい、パワードスーツと全く同じ大きさのユニタードを急ごしらえで用意した。厚さが犠牲になったし、危険度は依然として高いままだったが。

 侯爵は二人をじいっと見つめた。その目は先ほどまでとは違い、周到な用心深さを感じさせる。

 勝負だ――私はそう思った。ここから先の一手一手が戦局を大きく変える。


「ビー巡査部長、あなたはなぜ、万が一と考えたのだね?」


 ――来た!

 突然に振られたが、私はこの瞬間を待っていたし、逃すこともしなかった。


「いえ、リ・マ・ヘイムといえばいま、とても騒がれていますからね」


 その騒ぎの中心に、お前が関わっているのか? さぁ、答えてもらおう。


「しかし、その騒ぎと君が怪しんだこととの因果関係をまだ聞いていない。万が一とはどういうことだったのだ? まさか、一国の王女が家出をしたと?」

「有名な噂ですよ、ダンピノア王太子がよその国に姫を預けたというのは。親元を離れ、その理由が権力争いときた日には、お姫様だって人間でしょう? グレることだってあるんじゃないですかね? 勝手に飛び出す儚い青春だ」

「口を慎みたまえ」


 ごもっともと、私はいかにも傲慢に黙った。


「……私の悪評が流れているらしいが、私もロゥア公式警察の悪評をよく知っている。悪しきの悪評が誠実たる証なら、善良なる者の悪評は何かね?」

「私があなたを陥れようとしているとでも?」

「そうは言っていないさ。ただ、気になることがあるのでね。わざわざ王室まで呼び出した君に企みがないと思うには、私は齢を重ねすぎた――」ボォン・シナーベ侯爵は深く息を吸い、また、吐いた。虚空に向かって指を動かし――おそらく、監視への指示――、部屋のドアをチラリと見たあとで、続けた。「そうは思わんかね? パニマ」


 たった一つの言葉が、状況を一変させた。

 彼にとっても、私たちにとっても。


「どうだね? 百年ぶりに見た、大叔父はくたびれているかね?」


 ――私は、お姫様の方を見た。なるべく、慌てた風で。


「やはりか!」侯爵は表情を一変させ、喜色を浮かべた。「パニマ、なぜこんな茶番を? そもそも、なぜこんなところにいる?」

「大叔父様、お久しぶりです」お姫様は演技をやめた――という演技をした。まだ、これからだ。「私たちは衛星でもう百年は眠っているはずでした。しかし、とある方々に起こされたのです。そして、保護され、ここまでやってきました」


 お姫様が静かに語る中、私はこっそりと二人の電磁手錠を解除した。


「どうして早くに言ってくれなかった。どうして早くに来てくれなかった。兄も、ダンピノアも、そしてこの俺も! お前に会える日を待っていたのだ!」侯爵は涙を浮かべ、しかし表情そのものは笑顔である。

「歴史を知ったのです。まさか、リ・マ・ヘイムが……お爺様とお父様が、あんなことになっているなんて!」

「すぐに向かわなかったのは私の提案です、ボォン・シナーベ侯」姫様と同様の演技のヴァーナが補足した――勿論、私の用意した嘘だが。


 一見して、侯爵には様々な感動が渦巻いているように思えた。それは希望か、懐かしき再会への揺れ動くものか――あるいは、全てが虚偽であるか。

 餌はばら撒かれている。どれか一つにでも食いついてくれればいい。


「ヴァーナ、お前はよくやってくれたと言いたいが、すぐに来るべきだった。道中だって、大変だっただろう?」

「ええ、ですが、保護してもらえていたので。安心できました」

「保護とはいえ、来たのは軍人ではなかっただろう? 我々が使いを送るのはまだ先のことだった」

「ええ。アウトローとでもいいましょうか。そういう輩でしたよ」

「なんと――」侯爵は目を丸くした。「いったい、誰がそんな奴を? ――いや、分かっている。軍部の連中だな。あいつら、パニマの位置を特定して奪取に走ったか。なんという奴らだ。兄貴と甥だけでなく、パニマまで好き勝手させてたまるものか!」


 怒りに燃える王弟は、すぐに優しい顔をお姫様に向けた。


「もう安心だ。私がなんとかしてやる。ここまで来たら大丈夫だ。そちらの巡査部長――の、フリをした方も、よくぞここまで二人を無事に届けてくれた。ありがとう」侯爵は誠意と共に握手を求めた。

「いえ、お礼などいいのです」


 私は、笑顔で言った。





 音が出ないように力をコントロールしながら机を蹴り上げ、空中に浮いたままのそれをヴァーナに確保させると、私は影すら残さない速度で侯爵に飛び込みその首根っこを掴んだ。すぐさま反撃されるだろうことは分かっていたので、力を込めて一瞬怯ませ、一足早く後ろに回り込み彼の両手を電磁手錠で繋いだ。叫ばれないように口を塞いでいるのはお姫様である。


「むぐ……!」もがく侯爵を床に押しつけた。ここでも音は出さない。外に警備責任者が控えているのだ。この状況だって、長くは続けられない。


「昔は中々にならしたようだが、ダメな年の取り方をしたらしいな、侯爵」私は小声で、しかし、確かな侮蔑を含めて言った。「咄嗟に反応できないようじゃ、君の程度も知れているさ。私の奇襲がうまくいったというのもあるがね」


 私はサッと周囲を確認する。外から気づかれた様子はない。監視もさきほど侯爵が切ったきりだろう。

 お姫様を見る。少し、悲しそうだ。無理もないか。

 ヴァーナは、そんなお姫様の肩を抱いていた。

 私は更なる侮蔑と憤怒をもって、侯爵に圧力を加えた。


「ボォン・シナーベ侯爵、私たちの狙いは最初から君さ。君から情報を引き出すのが全てだった。お姫様という餌を前に、とうとう抑えきれなかったようだな」それが意味する一つのことについて、私は一瞬顔を歪めた。「監視を止めさせたのは迂闊だったな。失敗した時のことを考えて、自分の行動が外に漏れないようにしたつもりだろう。おかげで君には後ろめたいものがあると分かったし、王室そのものは味方であるとも分かった」


 もし、王室が彼にとっても味方だったのなら、あんな真似をする必要はない。敵であった場合も、普段は外にいる彼がどこまで普段の王室の様子を知れているかはたかが知れている。判断は難しいはずだ。


「お姫様を起こしに行った奴について、君は焦ってくれた。これは助かったよ。誰がそんな奴をだと? なぜ誰かが送らなければならない? 軍部と推測するのと順番が逆だ。お姫様という餌は強烈だな。こうもうまくいくとは思わなかったよ。それに、私への賞賛だって、私ひとりがお姫様とヴァーナを連れたと分かっていなければ少しおかしいだろう」


 美男の顔に焦りと不安が滲み出て来た。筋肉の感触も強張ってきている。


「侯爵、ザンザ・キーンへの依頼には多くのダミーがあったが、その中に君のペンネームが見つかっている。裏切った理由と、君が組んでいるだろう軍部首脳の詳細について語ってもらいたい。他にも、色々とね」


 その時、突然ドアが開いて警備責任者と、騎士風の男が大勢を率いて飛び込んできた。騎士風の男は、初めて見る顔だった。よく整っている。背も高く、雰囲気も侯爵に負けず劣らず知性的だ。章の数々から、それなりの地位にいることが分かる。さぞかし娘人気が高かろう。


「ナバタにメイデリック! 止まりなさい! これは――」お姫様が叫ぶ。ふむ、騎士風の男はメイデリックというのか。


「騙りは黙っていてもらおう。ナバタさん、出口を固めてください。船も急ぎ押さえて」

「心得た。この場は任せたぞ、メイデリック」


 当然だが、この現場では私たちは悪者だな。まずいタイミングで飛び込まれた――というか、どうしたことだ? 煙たがれていたとは思うが、怪しむのならもっと早くにこの状態に持って行けただろうし、なんだか大袈裟にすぎないか?

 ナバタたちは去り、メイデリックとその部下と思わしき騎士たちと、私たちが残った。


「メイデリック! 頼むぞ! こいつらを!」


 侯爵はあらん限りの叫びをあげた。耳に痛い。この場で全員始末する気か。


「侯爵から手を放してもらおうか?」


 メイデリックは腰から剣を抜き、苛烈な瞳と共に私に向けた。瞬間、ゾクリと快楽のようなものが走る。切り結びたい。剣には剣で相手をしたい。しかし、残念ながら今は自慢のサーベルを持ってきていない。変装の弱点だ。


「残念ながら、そういうわけにはいかないんだ……」私は、お姫様とヴァーナを見た。ヴァーナは既にパワードスーツ姿に戻っているが、お姫様は躊躇していた。「お姫様! この場は!」私の叫びで、ようやく決心がいったらしく、逃げの態勢に入る。

「逃すか! 全員、奴らを捕えろ!」


 私は制御装置で電磁手錠の力を最大にし、侯爵を無理矢理引っ張り上げ、脇に立たせた。そのまま、揃って騎士の群れとは逆――すなわち、壁に向かって走り出した。後ろで嘲笑が聞こえる。だが、用意はしているのだよ。最低限しかなかったが、逃げるならこれで充分だった。


「騎士メイデリック、次に会う時は切り結びたいものだな!」捨て台詞になってしまったが、仕方がない。


 私は壁にぶつかる瞬間、制御装置とは逆の手に持ってきたもの――U字型装置に鉛筆程の筒が二つ伸びたそれを掴んで起動させ、壁に押し当てた。筒からほんの刹那、青白い光が走ると壁の一部が波立つように歪み、突っ込んだ私たち四人の身体は吸い込まれるように


「なっ!?」


 驚きの声はやはり後ろ。ドンドン、と壁を叩く音が聞こえる。時間切れさ。私たちは、隣にあったこの部屋で編み物をしていた女性たちのきょとんとした顔と、すぐさま巻き起こる混乱の渦を駆け抜け、再び壁にぶつかる瞬間、同じように装置を起動させて通り抜けた。


 ――この装置は、生物以外ではあるが物質の距離を僅かな時間、擬似的に際限なく拡大することができた。効果が及ぶ範囲は巨大な隙間になり、もはや物理的接触が失われるも同じで、私たちはその間を綺麗に通り過ぎたというわけだ。

 私は一瞬でヘルメットを展開し、サラを起動させた。自動操縦が間に合ってくれればいいが、どのみち、サラを押さえられる前に辿り着けるだろう。

 通り抜ける装置を使って外に向かい一直線に駆け抜けた私たちの後ろを、騎士たちが追う形になった。サラはごうごうと音を立てて上昇を始めている。宮殿周りがざわつき始め、外の警備たちもこちらに気づいた。


「ヴァーナ、お願い!」侯爵を引っ張りながら突破するのは大変だ。ここは彼女に任せることにした。

「姫様、お許しを」そこで許可を得るのかい。

「やっちゃってください!」躊躇なしかい。


 前に出たヴァーナに怯んだ警備たちは、彼女の相手ではなかった。久しく見るのなら、味方を攻撃するのにためらいもあっただろう。しかし、こちらは事情が事情だ。


「失礼!」


 パワードスーツから光が放たれたかと思うと、少女の姿は陽光の中に消え去るように宙に舞い、大瀑布もかくやという勢いで急降下するとビームブレードを地面に突き刺した。そこから水平にエネルギーの波が解き放たれ、警備たちの足は痺れて倒れ伏した。しかし、流石は宮殿警備。立ち直る者もいれば、倒れたまま銃を向ける者も多い。

 ヴァーナはスーツの機能を変えた。ビームブレードから、ビーム砲へと切り替えると、体操かと思うほどの優美な動きでくるりと回り、上から見ればさぞ綺麗であろう光のばら撒きが作られた。全警備に命中したが、威力は押さえてあるだろうし、死にはしないだろう。

 私たちは止まらずに駆け続け、サラからのトラクタービームに飛び込もうとした――


「ガアッ!」


 呻き声。

 私は後ろを振り返った。


「いやあああああああ!」望みが砕かれたような、お姫様の叫び。



 電磁手錠に引っ張られていた侯爵は、ぐったりと倒れ伏していた。それでも引っ張られている。機能を切っていないのだから当然だ。

 ボォン・シナーベ侯爵は、心臓に穴をあけられていた。遥か眼下では、メイデリックがライフルを持ってこちらを睨み――笑っていた。

 ヴァーナは侯爵の身体を調べたが、すぐに首を横に降った。

 侯爵の遺体を連れたまま、私たちはサラへと回収され、飛び去った。

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