9 サラの物置
侯爵は現在、ソロン・ヘイムの領地からリ・マ・ヘイム本星に入っているらしい。ジルバ国王と何やら話があるらしいが、さてこれは真実か。疑いがかかっている以上、どうも表向きの理由に思えてならない。
「侯の宇宙船は供を連れて首都に到着しています」すっかり馴染んだヴァーナが、情報を呼び出した。
「首都か……今は行きたくないな。お姫様の所在を明かせば入れるけど、それは少しまずい」
現状でお姫様が健在、そして私と一緒にいるという事実を掴んでいる敵にとって、それは武器になる。始末するもよし、捕えるもよし。味方になってくれるだろう王室にはスパイ疑惑ありが紛れ込んでいる。厄介な所へ入り込まれたものだ。
さて、どうするか。
私は首都のある大陸の地図とあらゆる日程を呼び出すようヴァーナに頼んだ。仕事は早く、すぐに私の前に情報が浮かび上がる。
「近く祭りでもあればいいんだけど、そんな予定も特になしか」
「戦災に関する祭が終わったばかりですから」いつの間にか横にいたお姫様が私を手伝ってくれた。一緒に、侯爵に接触できるタイミングを探す。
「訪問はリ・マ・ヘイム時間で四日後まで。私たちはその二日前に到着する予定だから、手を打てないこともないか」
誘拐してしまえば簡単だが、そうなると逆に敵が増えて状況は悪化するだろう。秘密裏に接触したい。それも、ソロン・ヘイムの領地に戻る前が望ましい。もし、ボォン・シナーベ侯爵が軍部首脳側ならば、実家とはいえ敵地であるはずの宮殿は居心地が悪いだろう。そこはこちらに有利に働くはずだ。
「宮殿はこそこそ行って潜り込める?」
「無理でしょうね。ヴァーナはどう思います?」
「そうですね――」ヴァーナは宮殿付近の映像を呼び出し、少し考えた。「おそらく、ダンピノア王太子が倒れて以降、警備をより厳重にしたのでしょう。以前から完璧であったと思いますが、より素晴らしいものに仕上がっています」
「それはまた、けっこうなことで」
正攻法では無理だね、こりゃ。となれば、奇策がよろしい。
私はサラの自動操縦をチェックし、二人をサラの物置に案内した。
サラには、物質として手に入れたものを放り込む場所が二つある。私が保ちたいと思ったもの、保たなければいけないものは綺麗なコレクションルームに。他の宝物たちは物置に放り込んでいた。
ドアが左右に綺麗に開くと、二人は私が作り上げた物置を見て――固まった。そこまで反応するか。
「姫様、入らないでください。私が安全を確認します」
「ヴァーナ、死なないでくださいね」
大袈裟すぎる! ちょっと散らかって、歩くのに苦労するだけじゃないか!
「二人とも、安心してよ。散らかっているだけで、別に危ないところじゃないって」
「そうだガオー」
「待ってくださいノーラ。いま野太い声が奥の……その……あらゆる奇妙なオブジェが積み重なって台風のあとみたいになっているところから聞こえたのですが? ガオーって、ガオーって!」
ヴァーナはブレードを出しながら、私と試合をした時のような迫力を身にまとった。
ここは、驚いてくれたと喜ぶべきなのだろうか。ここに案内すると、まずあいつに驚かされる。
「説明するよ」私は冒険で見事手に入れたり、こっそり持ってきたりした品々をロボットアームと協力してどけながら、両手に収まる大きさのイエローダイヤモンドを取り出した。我が故郷たる地球でも一般的によく知られる形――ラウンド・ブリリアント・カットに仕上げられている。「どこからか宇宙空間に放たれた謎の遺跡を見つけた時のことだ。そこには一足早く、遺跡に金目のものがあるのではと夢を抱いて接触を図った、死刑囚の町があった。文字通り死刑囚しかいない町で、それ自体が刑務所として機能していたんだけど、リーダーの指揮で見事に町ごと脱走したんだ。私は彼らより早く遺跡の最奥に達し、謎を解き明かし、あわよくば宝を独り占めしようと走った。リーダーとの息詰まる攻防、参謀との切ない恋、獰猛なペットとの死闘を経た。しかし、何よりも遺跡が強敵だったんだ。いま思い出しても興奮するね。理解の範疇外が何度も襲い掛かった。私は全てをすんでのところで潜り抜けたけど、とうとう彼らはトラップにかかり、町ごとこのイエローダイヤモンドの中に封印されてしまったんだ」
「出てきたりしないんですか?」ブレードを構えたまま、ヴァーナが近づいた。
「外に出る方法は見つからなかった。それに、彼らも警察の手が回らないダイヤモンドの中が気に入ったらしくて、この中で平和に暮らしてるよ。ガオーって言ったのは、外を監視しているペットね。声が大きいから外まで届いちゃうんだ」
「世の中、色々いるのですね……。ところで、彼らはダイヤモンドをノーラが持っていることについて何か言っていないのですか?」お姫様は、中の死刑囚よりもイエローダイヤモンドそのものの方が興味深いらしく、あらゆる角度から眺めていた。
「特に言われてないかなぁ。捨てる時は気をつけてねとか、それぐらい」
ダイヤモンドをロボットアームに任せ、私は本来の目的のために、あるものを探した。どかされていくものは多種多様で、その一つ一つに二人は、感心し、呆れ、驚き、震え、涙すら流していた。
「泣くほどじゃないじゃん」
「片付けてもらえないこれらに同情して泣いているのです」お姫様の肩を抱きながら、ヴァーナは言った。
そんなことが続いて、私はとうとう目当てのものを探し当てた。それをバッと広げ、軽く払う。中々にかっこいいものだ。
私はロボットアームを呼び、脱衣を始めた。コートも何もかもをアームに預け、くるりと一回転し、その勢いのまま探し当てた服を翻しながら着た。髪も再び一つ結び、ヘアカフスは衣装の性格上、おとなしいものを選ぼうかとも思ったが、やはり金色にした。手袋もよく使われている白いものを選ぶ。最後に、帽子だ。まったく、全部手に入れておいてよかった。
着替え終わった私は、つかつかとヴァーナに歩み寄り、その顎をクイと持ち上げた。白手袋でこれをやるのは大変に気持ちが良い。
「何するんですか?」
「いいから」
彼女の瞳を覗き込む。そこに映る私は、さて――
「ヴァーナ、反応してくれなきゃ鏡代わりにならないんだけど」
「あなたのようなこじらせたナルシストにどう反応しろと?」
冷たい。
私はお姫様にも同じことをしようとしたが、優秀で冷血な身辺警護に呆気なく止められてしまった。お姫様の趣味に合えば、かつてないほど蕩けさせてフラフラにしてあげることができたはずなのに。
「ノーラ・スタンス。そんな格好で、何をしようというのですか? 姫様からもっと離れてください」
「ちょっと、奇策をね。ボォン・シナーベ侯爵に会うのなら、ソロン・ヘイムに戻る前、つまりは宮殿にいる内がいい。ただ、いま宮殿に行くのは危険なんだ。私のようなフォルダーがどの面下げて行っても、追い返されるか捕まるかだ。そうなればお姫様もヴァーナも危ない。これが宮殿に行くことのデメリット。次に、メリットだ。お姫様の大叔父上が裏切っているのなら、彼にとって宮殿は敵地となる。この有利を消すのは勿体ない。
私たちに求められるのは、お姫様がここにいるということを明かさずに、向こうから快く出迎えてくれるような侵入なんだ」
「なるほど、素晴らしいですね。無理でしょうけど、その無理はその服で消せるのですか?」
私は、いやらしく笑ってみせた。「勿論だよ」思いっきりヴァーナを見下す。彼女はムッとしたが、こっちの考えは読めていないようだった。
「この魔法の服があれば、大丈夫。ただ、お姫様とヴァーナにもひと働きしてもらうけどね」
我ながら、大博打であり、珍妙な作戦を考えたものだと思う。だが、この手は悪くはないはずだ。
「私たちにできることなら、なんでもします」
実に模範的な解答をお姫様からいただき、私は敬意をこめて笑みを返した。そのまま取り出したのは、二組の電磁手錠である。この衣装にピッタリのアイテムだ。
首を傾げるお姫様、今にも飛びかかりそうなヴァーナ。二人に向かって、私は重要な役割を伝えた。
「これから君たちは、パニマ・エマ・ラーンズとヴァーナ・レブを演じてみようか――」
* * *
何よりも大変だったのは、サラをどうごまかすかだった。入国はともかく、作戦実行中に疑われたのではたまらない。私たちはリ・マ・ヘイムに辿り着くまでの間に、サラのお色直しを急ピッチで済ませた。ペイントと映像による簡素なものだが、何もしないよりは遥かに良いだろう。
三つの衛星を圏内に捉えながら、私たちはゆっくりと青と緑の映える惑星へと入った。
「故郷の感想はどうかな?」
「……ええ、素敵です」
「辱めを受けて戻るとは思っていませんでしたが」
順調な航海だったが、現在の二人の状況はひどいものだった。
いや、ひどいと言っては、私の衣装ルームから引っ張り出してお姫様に着せた、とにかく目立つ赤と白と青のドレスがかわいそうというものだ。ドレスに手錠、大いに結構じゃないか。
「さぁ、行こう」
私たちは首都に最も近い――というより、首都のほぼ目の前にある、要人専用の宇宙港に緊急着陸としてサラを降ろした。見渡す限り、シックながらも豪華な宇宙船ばかり。サラだって負けちゃいないけどね。
あっという間に騒ぎが巻き起こるが、それは異常なる侵入者への警戒という形ではない。こちらが作った連絡は既に届いているはずなのだ。
私は、制御装置で手錠を引っ張った。当然、はめられている二人が動く結果になる。そのまま、サラの外へ――
「……ここが、リ・マ・ヘイム」
薄緑のかかった澄んだ空の下、充満する大気をしっかりと吸い込む。歴史と共にあったものだ。
少し離れた所には、ラーンズ家の現在の本拠、サンドコア宮殿が堂々と威光を示している。ズラリと立つ大量の柱を中心に、木々や草花を全体のモチーフに取り入れたクラシックな建築だ。現在の宮殿は八百年前に建て直されたもので、サンドコア宮殿二世と言ったほうが正しい。
そこから、私たちの出迎えがやってきた。マントを翻した甲冑姿。宮仕えの騎士である。
私は、宇宙で(ヒューマンタイプとしては)最も一般的であろう、胸の前に手を持ってくる敬礼をした。
「ロゥア通貨圏公式警察、サウシェ方面パトロール隊、キャメロン・ビー巡査部長です! 当区域にて、リ・マ・ヘイムはラーンズ家の王女を名乗る不届き者を発見、これを逮捕いたしました!」
「ご苦労様です! そちらが――その」
騎士は困惑しているようだった。おそらく、あまりにも、キャメロン・ビー巡査部長が連れているパニマ・エマ・ラーンズを語った不届き者が、お姫様に似ていて。仕方のないことだ。本人なのだから。
「まったく、とんでもない奴らですよ。パニマ・エマ・ラーンズ姫様といえば、ある意味では時の人でもありますから」私はいかにもわざとらしく言った。
「ええ、本当に……。ところで、二人の身柄は、その、こちらで預かりますので」
「おや? 連絡がいっていないようだ。こちらは王室へ、万が一を考えて確認をしていただくために連絡を入れてあります。それに、二人の取り調べは私の権限となっておりまして、そちらでする際にも、私の立ち合いがないとどうも……」私は、偽造した文書を騎士に突きつけた。バレる心配はないと思う。なにせ、本職さえも騙したものを参考にしているのだから。「ロゥア通貨圏は、リ・マ・ヘイムと仲良くしたいと考えています。どうせ、大した奴らじゃない、ただの詐欺師まがいでしょう。それなら、宮仕えの手を煩わせる必要もありますまい。通していただけますか?」
「は、はぁ……」完全に納得、というわけにはいかなかったが、騎士は宮殿へ先導してくれた。
「ほら、きびきび歩け! この騙りめ!」
グイ、と制御装置を引っ張ると、二人はよろけながらも私のあとに続いた。睨みつけるヴァーナに、瞬きでサインを送る。これは作戦、作戦なのだから――
勿論、失敗するわけにはいかないので、ヴァーナは渋々自らの牙をしまいこんだ。
「ああ、なんということでしょう、このままでは死刑です」
お姫様は意外や意外、ノリノリだった。
私は吹きだしそうになるのを堪えながら、キャメロン・ビー巡査部長として、騙り二人を懐かしき宮殿へと連れていく。
――私の策は、お姫様とヴァーナを、二人の騙りとし、自らは警察のフリをするというものだった。本物が現れた場合、これは餌にしたって高級すぎる。しかし、素性不明の餌ならどうだろうか? 私は、侯爵が釣られることを期待していた。彼が裏切っているのなら、必ずこの騙り二人に会いに来るはずなのだ。
偉い方を呼ぶためには、それなりの仕込みは必要だったが、私たちには二日しか時間が残されていなかった。そこで、私はとにかくスピード優先で事を運んだ。
警察役としてロゥア通貨圏のものを選んだのは、彼らの制服を冒険の中で拝借していた、というだけの理由ではない。そもそも、私がこの制服を手に入れられたのは、ロゥア通貨圏の警察の特殊性によるものだ。
ロゥア通貨圏は、現在でも加盟・脱退が激しいツインサイドサニー――TSS連合を主として成り立っている。そのうえ、あのあたりは無法者の宙域も点在している。変化が激しいTSS連合では共通通貨であるロゥアの価値も比例するため、これに関するトラブルに無法者たちが乗り込むことも多々ある。そのため、TSS連合は公式に警察を組織し、これに対処することになった。しかし、元が元ならどうなるか。千年ほど経過すると、ロゥア通貨圏公式警察は不祥事も多くなっていき、組織の大幅な入れ替えが何度も試みられた。それでも、不良警官の数が極端に減るなどということはない。むしろ、活動範囲が広くなっていったロゥア通貨圏公式警察は逆に混沌としてしまったのだ。勿論、TSS連合は流石に懲りてきて、百年以内に過去最大の改革を試みるそうだが。
そんなロゥア通貨圏公式警察だからこそ、ボロボロと落ちてくるものもある。私がかつて行った冒険でも、海賊と繋がった警官数十名と戦う羽目になった。私がキャメロン・ビー巡査部長として着用しているのは、その時に手に入れたものである。
なぜ、そのとき私はこれを手に入れたのか? 簡単である。デザインが良かった。衣装一式を傷つけずに無力化させるのは骨が折れたが、喜びもひとしおだった。
さて、そんなロゥア通貨圏公式警察だが、プライドはいっぱしに高く――高くならざるを得ないのだが――、私が騎士に叩きつけた理屈が『そういうもの』として通用する。これに関しては、彼らの見栄っ張りに感謝せねばなるまい。ありがとう、ロゥアの警官たち! 真面目に職務に励めば改革でも生き残れるぞ。
ロゥアの警察から連絡が行っているというのは、勿論、嘘だ。いや、実際にサラを使って偽の連絡は入っているのだが。これもまた、私が服を手に入れた時に入手した情報の悪用である。ロゥア通貨圏公式警察は、身に覚えのない記録に後ほど驚くことだろう。私がバラしてしまえば、そうはならないけどね。そのときは別の問題で困る事にはなるが。
あとは、文書偽造のプロと関わった際に奪い取った偽造文書の数々を参考に、公文書をでっち上げれば終了だ。
時間がなかったので、突かれればそこまでではある。だからこそ、これは博打だった。うまくいってくれるといいが――
私は、興奮と不安と、危険への期待に包まれながら、宮殿へと足を踏み入れた。
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