7 ヌアのカジノ
道しるべに作られたステーション、ターミナルの雰囲気が変わってきた。
ザンザ・キーンに指定された惑星ヌアは、治安について奇妙なバランスを保っている。幾度となく星全体を滅ぼす戦争が巻き起こったヌアは、旨みのない星としてランク付けされており、人の流出が止まらなかった。
荒れ果てた大地が再生する頃、辿り着いた流れ者がここで賭場を開くようになったのである。既に国家などもなく、誰もが放棄しつつあったこの星で稼ぎを出すなら、それ以外に方法はなかったのだろう。
やがて、星にも活気が戻ってきたが、根付いたギャンブルの巣窟は潰えることなく存在し続け、現在では周辺宙域随一の歓楽地となっている。それゆえ、荒くれ者も多いのだが、長年の文化が法律と背中合わせになっているため騒動などは少ない。昔ながらの意気地を持つものも多いため、自浄作用がある。
私たちは夜の方に回って、海上にサラを泊めた。そのまま反重力小型艇で走り、つららを逆さにしたような細い建物が並ぶ地帯へと入った。それぞれから漏れ出す明かりが交差して妙に蠱惑的だ。
私はヘルメットを畳んで歩いていた。ここでは素顔を出していた方が通りが良い。
「リ・マ・ヘイムにもありましたよ、こういうところ」
「治安についてはまだ解決されていないらしいです。姫様が戻られたあかつきには、そちらもより力を入れて取り掛かるよう申し上げてみては」
二人を連れてくるつもりはなかった。今の段階だと船でお留守番でも問題ないと思ったのだが、襲撃された際のことを考えると、束になっていた方が安全だろうとお姫様に説得され、こうして一緒に来ている。
私たちはけばけばしい装飾にぐるりと囲まれた『カジノ』の群れから、それほどきつくない一つに入った。看板には「栄華なき村」と記されていた。
入ってすぐには受付などなく、茶色い外骨格に包まれた多足の用心棒が出迎えてくれる。顔は鳥で、店に害なすものには自慢のくちばしで容赦なく突く奴だ。私も何度か突かれて追い出されたことがある。軽く挨拶すると、口からやけに臭い液体を吐き出され、これをすんでのところで回避した。
「レッドフォルダー、今日はイカサマするんじゃねーぞ」甲高い声で彼女が言った。
「前だってしてないよ。おつとめご苦労さん」
お姫様とヴァーナも、軽く頭を下げてから店内に入った。
ホールは三階まで吹き抜けになっており、照明がこれでもかときいていて異様に明るい。イカサマなど意味をなさない、という警告としてこの明るさは保たれているらしい。それでも、様々な種族がわんさかと詰め込まれている店内にはどこかしら影ができるもので、鈍い手並みは用心棒のお世話となる。
お姫様とヴァーナが離れないよう気を配りながら、馴染みの顔に挨拶しつつ、私は人の少ない三角形のテーブルについた。牛の丸くなった頭をしたディーラーが私に気づき、会釈する。
「ようこそ、レッドフォルダー。今日はお連れもご一緒?」甘く蕩けるような声で彼女が言った。
「そんなところ。今は勝負してるの?」
「これからよ。あなたもやる?」
そういうと、ディーラーは手の平に収まっていた黄色い卵をテーブルの中央、用意されていた固定台の上に置いた。
この卵から孵る鳥はカラートといい、卵から出て大気に触れると電気を外に放出し、誕生の瞬間を守っている。その際、卵ごとに固有の反応を見せるのだが、このゲームはそれを利用するという品性に欠けた遊びだ。殻が電気を帯びた時に発生する物質を台が読み取り、その量によって定められた数値が弾き出される。プレイヤーはそれを予想するわけだ。生まれたあとのカラートは食品業者に引き取られていく。
「今日は遠慮しておく。それより、コルトリッジは来てる?」
「コル? 奥で店長と一緒よ。今は行かない方がいいと思うけど」
「負けてるの?」
「店長がね」
苦笑しながら、ディーラーはこっちに鉄製の鍵を滑らせた。受け取り、確認する。何度も見た、店長室の合鍵だ。お姫様とヴァーナにも見せびらかす。二人とも、怪訝な目を向けていた。
「人徳だよ」誇るように、私は言った。
「かわいそうな店長」蔑むように、ヴァーナは言った。何を考えているんだ。私が弱みを握って鍵を手に入れているとでも思っているのか。
「鍵の管理はしっかりしなきゃダメですよ?」お姫様はまっとうなことを言った。
席を抜け、私たちは店長室に向かった。鍵を差し込むと、シックなドアはガガガ……と年季を感じる音を立てて開いた。
中では、黒毛に覆われた、ずんぐりとした巨体が背中を向けて座っていた。その向こうにいるはずの店長が見えないほど、大きな背中だ。ありていに言えば、地球でもお馴染み、ゴリラに近い。というか、私が子供の頃から知っているゴリラそのものだ。
「コルトリッジ!」
二人を後ろに、私は友の名を呼んだ。
ゴリラが振り返る。喜色満面だ。
「おお、レッドフォルダー! ノーラ・スタンス! 久しぶりじゃないか!」
野太い声を上げて、コルトリッジは椅子を倒しながら立ち上がり、両手を広げてその分厚い身体を見せつけながら寄ってきた。避けたいが、彼とは古い付き合いだ。避けてやるのはかわいそうというものだ。
私は彼の抱擁を受け入れ、必死に背中に手を回そうとするが、届かない。典型的なヒューマンタイプである私にはこれが限界だ。それにしても、暑苦しい。やっぱり嫌だ。
「コル、会えて嬉しいよ。ただ、会うたびに抱きつくのはやめてくれ。私は君のような奴に抱きつかれるのは好きじゃないんだ」
「はっはっは! 知ってるさ!
――そっちは、チームメイトか? お前が人連れだなんて珍しいじゃないか」
「はじめまして。ヴァーナです。こちらは――姫様です。行きがかり上いっしょにいるだけです」
なぜだかキラキラとした目をしているお姫様を庇いながら、ヴァーナは前に出て名前だけを告げた。お姫様については、名前よりも、単に姫といった方が疑われずに済むと踏んだのだろう。姫にも色々あるからね。
コルはうまくごまかされてくれたみたいだ。
「仕事関連か。となれば、俺の用とも関係あるな?」調子を変えずにコルトリッジは言った。
「かもね。コル、ザンザ・キーンから預かりものがあるはずだけど?」
「外に出ないか? 店長の前だぞ?」
ヒューマンタイプの店長は、流された水がその場で止まったようなローブを纏っていた。照明の反射を繰り返している輝きは美しいが、やはり負けがこんでいるのだろう、(私ほどではないが)美麗な顔は中心に向かって表情筋が働いていた。彼女はこのカジノを仕切ってはいるが、勝負ごとには妙に弱い。経営手腕は素晴らしいのだが……。
「別にここでもいいわよ。コルが勝ったまま出ていくのは嫌だからねぇ!」
机の上に荒っぽく足を叩きつけ、店長は苛立たしさを全力でぶつけてきた。
この場で仕事をするのは気が引けるし、レストランでのこともある。私はコルトリッジを借りて外へ出た。その間、お姫様はこれまでで一番の緩さで、うっとりとゴリラを眺めていた。ゴリラ好きなのかな?
私たちは少し歩いた。こちらの希望で、人の少ない場所を選んでもらった。
「記憶媒体は?」コルトリッジの声色が変わった。
「これで」
私はコートのポケットから名刺サイズの板を取り出した。高重力生物のパワーにもビクともしない強度を持ったセリオニウムで作られたデータカードで、小型ながら十万種のデータに対応済みだ。
「よろしい――」
そう言い、コルトリッジは右の指を延長して露出した部分からデータを放出した。空中に投影されたそれを、急いでカードに吸収する。あっという間に虚空となり、私はザンザ・キーンがよこした情報を無事に手に入れた。
――コルトリッジ・アン・スノーズ・コング。情報屋のための情報屋として、それなりに名の知られたゴリラだ。彼は情報の移動金庫ともいえる存在で、私が聞いた限りでは五億六千万人しか彼に情報を預けていないが、その一切は流出させず、奪われたこともない。何より、彼は格安で仕事をこなしてくれるため、後ろ盾のない者や急な仕事で必要とする者にとっては聖人のような奴だ。
コルトリッジの情報管理はすべて、自分の肉体で行っている。自分の、とは言っても、彼は五百年前に全身の七十パーセントを機械化したのだが。それも、負傷や病気をこじらせてのものではなく、記憶領域を増やすためだ。恐ろしいことに、彼はこの情報を守るため、時には激しい肉弾戦に打って出ることもあるのだが、彼は戦争に出てもデータを壊したりこぼしたりすることはないと語る。ザンザ・キーンが今回の件を彼に頼んだのは、まったくもって見事な判断だ。
私も、後ろ盾がまったくなく、伝手も少なかった駆け出しの頃はコルトリッジに色々と頼み事をしたものだ。
「ありがとう、コル。チップを――」
「ああ、いいよ。ザンザ・キーンがいつもより多めにくれたから」
なるほど。あのオーナーらしい。自分のミスにはそれなりのけじめをもって、というわけだ。
「コルトリッジさん、サイボーグなのですか?」
仕事の完了を見計らったのか、ようやくお姫様が口を開いた。さっきからコルトリッジに興味津々だったから、いつくると思っていたが。ちなみに、ヴァーナは苦い顔をしている。ゴリラと話している暇はない、と言いたいのだろう。
「こういうことをしていると、身体はたくさんいじらなきゃならなくてね」若く可憐な少女に話しかけられて嬉しいのだろう、コルトリッジは笑顔で答えた。声色も戻っている。「だけど、表面の感触とかは、生のままに近づけてあるんだ。さっきから俺に興味あるみたいだったけど、触ってみる?」
「姫様、いけませんよ。触ってはいけません」
とうとう我慢しきれなくなり静止に走ったヴァーナを片手で潰すように静し、お姫様はお風呂の時のような蕩け具合でコルトリッジの胸に飛び込んだ。ゴリラ好きなんだ。
「柔らかいですねー」
「ゴリラだからねー。ノーラ、趣味のいい子を連れてきたじゃないか。俺に会う時は是非とも、この子を一緒に連れて来てくれよ!」
……君に会うためにお姫様を連れ出すというのはとても面白そうだが、単純に国の迷惑だろうな。諦めてくれ、友よ。
「ノーラ、そいつ大丈夫なのですか? 姫様殺されたりしません?」
「見た目はごついし、中身もごついけど、コルは優しいから大丈夫」
「そう、俺は優しいんだよ」
「優しいですねー」
うむ。優しい。だけど、お姫様。その優しいゴリラは、あの店長を毎回負かすのが好きだったりするんだ。
「優しいから、そろそろ終わりにしようか」
「「え? もう?」」お姫様とコルが同時に言った。
私は顔を引き締め、お姫様をコルから引き離した。楽しい時間はこれまでにしておいた方がいい。
「コル、ザンザ・キーンが君に急な仕事を頼んだ時点で、少し厄介だということは分かっているだろう? これ以上、このお姫様といちゃつくなら、代償に君は命、あるいは信頼の一切を失うことになるかもしれない。私たちは、ショーヤでドライドラゴンに襲われたんだ」
「……なるほど」頭も回るゴリラは、静かに頷いた。「気をつけてくれよ。そして、できるだけ早く出ていきな。見送りできないのは残念だが」
「ありがとう、コル」
「御機嫌よう、素敵な素敵なコルトリッジ」
各々で別れの挨拶をかわしたが、ヴァーナはとうとう何も言わなかった。ゴリラ嫌いなのかな?
サラに戻った私たちは、早速ザンザ・キーンの情報に目を通してみた。よく調べられている。ダミーは十二もあったらしく、それを越えた先もまだ本来の依頼主ではなかった。しかし、それでも関係者にはぶち当たったらしい。
その関係者の名前を見た時、お姫様の顔色が変わった。ヴァーナも、ぐっと噛みしめている。
「――トネリオ・キャディスン!?」
さて、私は知らない名だ。リ・マ・ヘイム軍部首脳にもそういう名前は見当たらなかった。
「どちら様?」
「この名前は軍部首脳にも、王族にも記録されていません」
「全くの第三者……というわけでもなさそうね、反応を見る限り。誰なの?」
――お姫様は、これまでで一番怖い顔をして、こちらを向いた。
「トネリオ・キャディスンは本名ではありません。私の大叔父――祖父の弟、コルト・ヅチ・ラーンズが昔つかっていたペンネームです」
「それを知っているのは?」私はすかさず聞いた。
「身内だけです。大叔父は恥ずかしいといって、自分が本を書いたことは公にはしませんでしたから」
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