5 ドライドラゴンとの戦い

 店を出てすぐ、私はヘルメットからサラにアクセスした。新着一件。ザンザ・キーンは既にデータを送ってくれているらしい。


「このままザンザ・キーンの情報にあるポイントに行こう。さ、車に乗って」

「あなたもありがとう、ノーラ。今となっては、私たちを捨て置いても良いはずでしょうに」


 お姫様の言うことはもっともだった。斡旋したザンザ・キーンでさえこれは不測の事態だったのだから、私はいつ投げ出しても不義理にはならない。しかし、既に私の興味はそんなところにはなかった。


「キャンセルしていないのなら、まだ仕事の途中だし、フォルダーとしての私は既に、お姫様との冒険に心を震わせているのです。さぁ、あなたの愛する故郷と懐かしき家族の下へ。この車に乗りさえすれば直通となります」

「ナルシスト」


 ヴァーナがぼそりとつぶやいた、鋭く尖った針の一言は、何度も何度もリフレインして聞こえた。


「その大袈裟な言い回しはどうにかならないんですか? 大した顔もしていないくせに」あろうことか、この娘の針は連射式のニードルガンだったらしい。

「そういうことを言うのはどうかと思う。君もお姫様の従者なら、他者への礼儀というものを示したらどう?」

「ご無礼をお許しください、フォルダー。ですが、あなたが私たちとの生死をかけた冒険に興じたいと言うのなら、いかに姫様の身を隠すためであったとしても、王族と共にあるうえで恥じぬ最低限の立ち居振る舞いを心掛けてください。これまでのあなたの言動には自己陶酔の気が見受けられます。姫様の品格を損なう真似だけはしないでください」

「他人の顔を侮辱するのは損なう行為に入らないの?」

「私は番人とお思いください」


 しれっと言う少女に、私はまず頷いた。

 ナルシストの気があるのは、自分でも分かっている。実際、私は可愛いし。


「番人さん、訂正して。私は、大した顔をしているの!」ヘルメットを畳みながら、美しい顔を彼女に近づける。ジッと、射抜くつもりで見てやる。

「姫様に劣ります」さもあっさりと彼女は言った。「私にも劣るんじゃないんですか?」


 勝ち誇った様子はなかった。あくまで事実を述べただけと、彼女は腕組みをして逆に睨むように見てきた。

 確かに、ヴァーナも大したものだとは思っている。見た目ちいさい子を好む者なら、彼女は誰と構わず魅了してしまいそうなものを持っているだろう。だが、しかし! 私が劣るなどとは思っていない。


「ヴァーナ」お姫様がやはり穏やかに言った。濁りを飲み込むほどの澄んだ瞳は私と言い合う少女に真っ直ぐ向けられている。「よくありませんよ。お綺麗な人なのに。これからの冒険に、彼女に甘える必要がある私たちなら、それこそ礼儀が求められます。そんな、憎まれ口よりも、堅苦しい付き合いをする必要はないと直接言ったらいいじゃありませんか」


 私に似た髪の少女に、言葉に詰まる瞬間が生まれた。それも一瞬のことで、彼女はうやうやしく私に頭を下げた。


「私と同等のあなたに謝罪いたします」

「この……!」


 同等の口をきいてしまったので、これには反論できない。おのれぇ……!

 プイ、と私から顔を背け、ヴァーナは車の中に主を招いた。



 私は、ヘルメットを展開させながら一瞬早くヴァーナも車に押し込めてドアを閉め、背で窓を覆った。



 目の前で八階建ては見るも無残に下から轟音を引き連れて壊れていく。中にいた客たちはそれぞれ注文した料理を持ちながら走り、飛び、それぞれ勝手に避難をこなしていた。こういうことには、慣れているようでもあった。ショーヤはたしかに多くがごちゃごちゃに並び立っており、様々なチャンスを抱く星でもあるが、それは同等の危険をはらんでいなければ成立しえない。


 ザンザ・キーンが飛び降りるのも見えた。これが私の運んだ爆弾が爆発した結果なら、彼には改めて謝罪しなければなるまい。あ、今チラリとこっちを向いた。睨んだ。これは謝罪決定だな。まぁ、偶然とは思えないものね。

 ――しかし、そうだとしたら、どうしてここが? 見張られていたのなら、この店のオーナーが気づかないはずがない!


 何か、明らかに近づいてくると気づけたのは幸運だったと思う。このうるさい都市で揺らぎと音に区別をつけるのは困難であるからだ。奴が真っ直ぐに音を響かせていなければ、私は工事現場がうるさい以上の感想を抱けなかったかもしれない。


 緊急事態と警察の出動を告げるサイレンに包まれる中、舞い散る土と瓦礫を払いのけながら、私は襲撃犯の姿を確認した。全身黄土色で背は高かった。。土が意志をもって束ねられ、動いているように思えた。蛇のようにうねりながら伸びる身体に目立つのは、腹の中へ全てを誘い込もうと忙しなく動く肋骨のような牙である。土がこびりついたそれに捕まれば、あの巨体に飲み込まれる。そこから先は考えたくもない。ただ、天に堂々と突き出された頭に唯一存在している爬虫類のような六つの赤い目をこちらに向けているので、飲み込むつもりは満々らしい。かわいそうだが、このドライドラゴンは


 周辺では、突然の襲撃に見事な対応をしていた。さっさと避難しつつも、どこか喜んでいる者が多い。真っ先に崩されたレストランに責任があれば、今後の力関係に影響があるのだ。だが、これは私の責任だろうなぁ。

 私はマルチグローブをつけ、ベルトにつけておいたホルスターからリボルバー式拳銃の形をしたブラスターを抜き、ショーヤの一部地域に生息するこのドライドラゴン目がけて撃ち放った。分かってはいたが、怯んではくれない。挨拶みたいなものだ。

 効果がないのを確認すると、私はすぐに車に乗り込んだ。すぐさま運転を開始し、速度を限界まで上げてこの場から走り去る。

 最初から私たちが狙いだったのか、そうでなかったのか、どちらでもいいように私は撃ったつもりだ。案の定、ドライドラゴンはこちらに向かってその身体を進ませた。道路が砂のようにあっさり壊されていく。腹の牙が今度は、くねくねと左右に身体を振って迫るドライドラゴンの動きを補佐する足に変わっていた。


「なんですか、あれは?」

「姫様、あれはドライドラゴンという、地中を掘り進む凶暴な生命体です」

「ヴァーナ、それは違う。ドライドラゴンは文明圏で動かれると迷惑なだけだよ。その動きは、確かに凶暴的だし、獰猛だけどね!」


 衝撃に揺さぶられながらも、私はミスをせずに運転を続けた。やがて、ショーヤの治安を守る重武装警察の姿が見えた。いざ危険が表に出れば、屈強と勇猛で知られる彼らが力尽くで止めてくれる。今回もその仕事の完遂を祈りたい。あと、私はできることなら無視して。


「急いで! 避難なさい!」


 無視はしてもらえなかったが、気はつかってもらえた。ありがたい。


「彼らは大丈夫なのですか?」心配を滲ませながらお姫様が聞いた。

「慣れてるだろうけど――」


 私は、今、祈っている。それは不安があるからだ。あのドライドラゴンが命令を聞いているのなら、それは行動を支配されている可能性がある。ドライドラゴンはこのショーヤの大地で長年、隠れた大地の覇者を続けてきたのだ。その能力はショーヤでも指折りだ。

 警察の群れを通り抜けると、ヴァーナが後ろから身を乗り出して来た。


「ノーラ、さっきのおもちゃはどういうつもりです?」

「ブラスターのこと?」

「あなたのそれは、危険に身を置くうえであまりにも心もとないです」

「銃はあまり手に持ちたくないんだよね。私の好みはこっち」


 片手で、ブラスターが収められたホルスターとは逆方向にあるものを指した。そこには、銀に染まった柄がある。鍔はガード付きだ。


「ナイフですか?」

「まっ、そう見えるよね。これはサーベルだよ」

「鞘が少し長いナイフのシースぐらいしかありませんよ?」

「出せば長いから大丈夫。それより、ドライドラゴンの最期を確認しない?」私は後ろの映像をミラーに出した。


 その瞬間、私は驚愕と恐怖をわずかに含めた、歓びの声をあげてしまった。


 ドライドラゴンは警察の多様な、この地で研鑽された攻撃をもろともせずに、埋まっていた身をいっきに飛び出させ、地上に大きな影を作っていた。どこか清々しい感じさえする崩壊の音は道路の壊滅を触れ回り、警察の叫びがそれに対抗している。今日、もっともうるさかったと思う。

 最後の方に出てきた身体で重武装警察をなぎ倒しながら、ドライドラゴンは依然変わらぬスピードで、間違いなく私たちを追っている。

 ますますひどくなる衝撃に、運転は安定しなくなってきた。それでもぶつからずにはいられる。限界ではあるけど。


 ショーヤの宇宙港は常時自動操縦を認めている。この場にサラを呼べば、脱出にしろ退治にしろ事は楽に済むが、都市もこれ以上の大打撃を負うことになるし、乗っていられるだけの暇を作れるかどうか。それでも、状況を逆転させるには、サラをこちらに持ってくる他はない。警察もすぐに次の手を打つだろうが、多分、その前に私たちはやられる。


 私はサラの自動操縦を起動させた。すぐにここへ来てくれるはずだ。

 チラリと、お姫様の様子を見る。座席に身を固め、口をキュッと強く結んでいる。意志の光は消えず、威光さえ見えた。風にびくともしない花とは恐れ入る。私の視線に気づくと、やはり笑みをくれた。


「大丈夫ですよね」

「ええ、お姫様! ヴァーナもそう思う――」

「今、大丈夫にします」


 ヴァーナは窓を開け、外に上半身を出していた。


「何するつもり!?」流石に驚き、私は聞いた。

「こうします」


 ヴァーナの腕を光が走ったかと思うと、それはドライドラゴンに向かった。残念ながら、効果はない。結果は私のとどっこいだ。しかし、彼女はそのビームを連射した。パワードスーツは百年前のものだが、それでも十分すぎる性能はある。

 少しして、ヴァーナは苦々しく車内に身体を戻した。


「頑丈なドラゴンですね」後ろを警戒しながらヴァーナは言った。

「そうでもなければ、ショーヤでその勢力を維持し続けてはいないよ。だけど、ヴァーナ、勇敢だったよ」

「仕事を果たせねばその言葉も喜べません」


 真面目な娘だ。今も、お姫様を守るためのあれこれを考えているのだろうか。

 私の口元に、笑みが浮かんだ。冒険のスリルと、彼女の活躍に滾った。


 迫りくるものを全て避けるというわけにはいかなくなった。道端に放置された車には何回かぶつかってしまったし、人を避けるため強引に車を曲げ続けた結果、色々なものにぶつかりすぎてとうとう目の前を守るものがなくなってしまった。それでも、後ろのお姫様とヴァーナに被害が及ばないよう、それでいて逃げ続けたのは私の意地だ。


 サラの到着が近い。都市スレスレの上空を通過するように仕向けている。トラクタービームではなく、ネットビームで掴まって上がるつもりだ。レンタルした車も弁償することになるだろう。しかし、どうしても逃げると同時に、あのドライドラゴンは退治しておかねばならないと思っていた。放っておくには奴は獰猛にすぎるし、私が招いた場合を考えれば、これはケジメをつけておきたい。


「お姫様、ヴァーナ、少し危ないことをするから! やることは一つ、手を離さないで!」私は大声を出した。

「危ないことって、なにをするつもりです!? もう危ないですよ!」当然のことをヴァーナが言った。そりゃそうだ。少し気を緩めればドライドラゴンに食われる状況なのだから。


 お姫様は、そっとヴァーナの手をとっていた。


「ヴァーナ、大丈夫ですよ。衛星に百年、その果てにこの人が起こしてくれました。今度は、この人が窮地から助けてくれると信じましょう」

「姫様、どうしてそこまで彼女を信じられます?」

「子供のように思えて」悪気を一切感じさせずにお姫様が言った。

「その通りだよ、お姫様! 私は肉体的にはまだ十七歳だし、体感的にも二十一なんでね! 全然若い!」


 故郷である地球で年を数えれば、もう三十にはなるかもしれないが。宇宙に出ると生き物は寿命は長くなるし、老化もすごく遅くなる。私自身、三十だの二十一だの言われても、正直ピンとこない。ずっと十七歳続けている気分だ。

 ヴァーナは、納得いかないようだが、主の手を強く握り返すことで応えた。


「ヴァーナ、悪いんだけど、ちょっと風通しをよくして。サラが来たら上がるから」


 言葉の意味はすぐさま飲み込んでもらえたらしい。車の天井をパワードスーツに装備されたレーザーブレードが切り取る。勢いのままに後ろに飛んでいった天井は、ドライドラゴンの突撃に飲み込まれた。

 サラの接近、ドライドラゴンの突進、車のスピード――これはそろそろ限界がきそう――、全てを計算し、私はタイミングを得た。

 向こうにぐんと迫ってくる銀色の針。私は身を翻して後部座席に回り、がっしり手を握り合っている二人に、私に抱きつくよう言った。強く、強く、私に重みがかかる。目の前には迫りくる土の乾きと破壊力の化身。

 全てが、影に包まれた。銀色は真下からではその輝きを堪能できない。私は、バックパックからネットビームを発射し、サラに張りつけた。その瞬間、サラの動きが止まる。同時に、私を抱く二人の手に更なる力が加わった。


「身体全体で抱き付いていてね」


 私は、二人を傷つけないように気をつけながら、サーベルを抜いた。柄の方がわずかに長く思える鞘からは、明らかに納まりきらない刃が現れていく。実は、このサーベルには刃がついていない。鞘から出す瞬間、鞘の中で刃が精製される仕組みになっている。戻す時は逆に、刃が分解されていく。使うたびに新品同然だ。

 ドライドラゴンは、もうその巨体をより大きく感じるほどに接近していた。目の前は既に暗黒が見えている。左右にはそろそろ牙が見えるころだった。


 グン、と身体が真上に引っ張られる。二人は、足も使って私に抱きついた。

 巻き取られるネットビームによってでもあるが、サラの上昇が私たちを大地から解放していた。

 暗黒の中に蠢いて見えた、どす黒いドライドラゴンの腹に、私は銀のサーベルを突き刺し、刃を縦にする。昇っていくままに、奴の突進が私たちを飲み込む前に腹を切り裂いた。あまりの速度にお姫様とヴァーナのしがみつくの力は刹那の刻みで変わっていったが、決して離しはしなかった。

 縦に引かれたサーベルは上昇の圧力と肉の抵抗に震えていた。マルチグローブがなければ、手が折れていたし、サラへも到達できなかっただろう。しかし、私は決してサーベルを抜いたりしなかった。とうとう、奴の頭にサーベルが到達し、突き刺さった分だけ綺麗に線を引いた。サーベルから血が勢いよく流れる。


 私は、サラの上昇を止め、ヘルメットをチョーカーに戻した。土煙の激しい乾いた大気。それを切り裂く心地の良い風が肌を撫でた。赤毛は楽しそうに揺れている。その下で、ドライドラゴンはその巨体を倒していた。


「ふぅ……このサーベルなら、腹に刺さると思ったわ。あそこはドライドラゴンの身体で、特に柔らかいところだし。それだけに、牙のガードも堅かったりするんだけど」

「それは、少しは上等みたいですね」土煙を少し吸い、咳き込むお姫様を気にかけながらヴァーナが言った。早くサラに行って休ませてあげなければ。


 私たちをようやくトラクタービームが船まで運んだ。


 サラに入った私は、まず二人をお風呂に入れた。私もすぐに入るつもりだが、その前に、ザンザ・キーンのよこしたデータのチェックと、詫びの一言も入れておこうと船橋に立ち寄った。二つを確かにこなす。情報の受け取りは、少し離れた惑星で可能だった。


「今後、あまり仕事を回してもらえそうにないなぁ」


 店そのものは、すぐに復帰するだろうが、私の印象はだいぶ悪くなったはずだ。

 それに対し、少し落ち込みながら、私はお風呂に向かった。

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