お姫様と冒険

4 ショーヤのレストランにて

 ショーヤは星をあげての産業もなければ、各地域で守られてきた伝統的産業もなかった。しかし、海が少なく陸地の多いこの惑星は、異星人の来訪以来、積極的に広大な土地を提供してきた。ショーヤ人は自らが住まう星の大地を持て余していたのである。彼らは異文明との接触において、ある確信を失いはしなかった。どこも自由にできる土地が欲しい、ということである。彼らはこの点において、真実賢明であった。大地の開拓が続いた関係上、屈強な者が多いショーヤの人々はニコニコと笑みを絶やさず、ひたすらに接客に励んだ。驚くべきことに、彼らは宇宙文明への参加直後とは思えないほどに商才を発揮したのである。彼らはヒューマンタイプだが、異なるタイプの人々についても決して差別はしなかった。やってくるのはお客様なのである。惑星総営業で黄金期を謳歌したショーヤは、現在でもそのノリを忘れてはいない。物腰は穏やか、笑顔で少しでも儲けを増やそうと日々頑張っている。

 このような事情から、ショーヤは様々な人種が入り混じり、それ以上の混沌を見せる建造物に埋もれるようになった。かつてのショーヤ人から見ればその変貌をどう思うだろうか――そんな内容の本がいくつも出ているほどなのだ。

 何かを始めたければ、まずはショーヤに店を出せ。そんな言葉もある。似たようなものは私の知る限り数十とあるが、ショーヤに関しては間違いなく事実だ。入り乱れすぎて一軒の平均寿命は非常に短いが、成功すれば前途は明るい。

 私たちは宇宙港にサラを置き、衣装ルームから適当な服を見繕って二人に着せた。本音ではお姫様には煌びやかな召物をと思ったのだが、それではいくらごった煮のショーヤでも目立つし、少しでも気品を隠さなければならなかったので、私が昔着ていたボロを纏ってもらった。すっかり色落ちした藍色のジャージ。これはこれで。


「動きやすくていいですね」


 幸いにも、評価は高いらしい。


「ヴァーナも着替えて」私はそこそこ都会にうろついていそうなお嬢さん向けの服を差し出した。

「これでいいです。当時の市場に出回っているブラスター程度なら三十秒は防げるスーツですので。攻撃手段もありますし」

「せめて上から何か羽織って。少しでも大層なものを隠した方が動きやすいから。それとも、そんな身体のライン丸わかりのユニタードで出回って誘惑でもしたいわけ?」

「挑発には乗りません。ショーヤならこの程度の装備など、当然のように着て歩いていられるでしょう?」


 ヴァーナは「知っています」とふんぞり返ってみせた。確かにその通りで、今のパワードスーツぐらいなら、用意がよろしいですね、と言われる程度ではある。


「だけど、これから行くところで二人は用意を見せない方がいい。お姫様を守るためにもね」

「私が守ります」

「あっという間に手錠かけられたじゃない」


 苦々しく私を睨みつけ、ヴァーナはパワードスーツの上に私が用意した服を重ねた。着ながら「感謝いたします」と丁寧な発音で礼を述べたが、一瞬たりとも私から目を離さず、睨み続けていた。優秀だなぁ。

 私はバックパックを背負い、ヘルメットを展開した。こちらは特に用心ではない。私はこちらの方がとおりが良いのだ。


 サラから降り、私たちは車をレンタルした。馴染みの店もあるけど、今回は連れが特殊ということもあり、普段は利用しないところを選んだ。店員にはお姫様のことは怪しまれなかった。ヴァーナもここは流石というべきか、それらしい役職のものであると見られないように振る舞ってくれた。

 ショーヤの大都市は道もしっかり整備されているが、毎日のようにどこかしら工事もしている。ガンガンうるさいのはここの日常だが、その音を掻き消すほどに活気は熱を上げており、様々な星系から集まった人々の情熱と倦怠にショーヤ人のそれが合わさって段々とクセになるリズムを作り上げている。

 不揃いにもほどがある街中をしばし走らせ、私はある店へとやってきた。落ち着いた薄紅色がすうっと溶け込んだ八階建てで、四又のフォークが三本集まり魚のような生き物を突き刺している看板がかけられている。この都市では珍しいことに、若干の年月を感じさせた。


「ここって……レストランですよね?」


 ヴァーナの疑問も無理はない。私がこの星に来た理由は、依頼を仲介してくれた奴に話を聞くためであると話していたのだから。

 しかし、彼女は慧眼でもあった。


「レストランなのは、外面だけですか?」

「そうだよ。でもなきゃ、ショーヤの激しい競争の中で生きてはいけないからね」


 私は二人を後ろに(勿論、お姫様が真ん中に来るように)、店内へと入った。まず出迎えてくれたのは蝶の翅だけが浮いているように見えるウェイトレスである。彼女は鱗粉の巧みな操作でもって私たちに声を伝えてくれた。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

「君をいれて四名様。勿論、喫煙席で。春風の香りを忘れずに」


 彼女は身体を震わせる。ヒューマンタイプでいえば、笑顔の意がこれだ。

 この店に通うようになって、それなりに経過したからか、彼女も私をすっかり覚えてくれた。私もまた、彼女の表情をしっかり読み取れるようになっている。彼女たちは私の目から見ると、少し分かりづらいところがあるからね。

 私たちは奥の部屋へと案内された。四つ配置されたテーブルから、適当に近くを選ぶ。まず二人を座らせ、最後に私が座った。そして、テーブルの真ん中に置かれた花瓶にさしてある花に向かってこの店の会員証を提示した。


「メニューが出てくるのですか?」お姫様が両手をポンと叩いて聞いた。ちょっと期待している。

「残念ながらお姫様、食事ではないの」


 なんの変哲もない名刺サイズのカードは飾られた花の色を読み取ると、テーブルに仕掛けられた回路に命令を伝えた。花瓶を囲むように中央が盛り上がり、そこにある僅かな窪みに会員証をはめると、グン、と音を立てて、私たちの椅子とテーブルが上昇を始めた。そして、ホログラムの天井を会員証の力でレーザーの網を解除しながら突っ切ると、私たちは八階にあたるその部屋へと到達した。お姫様もヴァーナも、目に見えて驚きはしなかった。


「よう、レッドフォルダー。仕事は終わったかい?」奥のシックな机の向こう、窓の外を眺めていた男は私に言った。


 鈍色の細い鉄線が剥き出しになった筋線維のように束ねられ、ヒューマンタイプを線だけで表したような奴である。左右の足は前後に二つずつ。顔にあたる部分は丸皿を立てて二つ張りつけたようになっており、その分け目から目の光が覗いていた。

 この店のオーナー、ザンザ・キーンである。表向きはレストランのオーナーだが、その実、私たちフォルダーなどに仕事を斡旋してくれる、危険な世界にも生きる男だ。この店が競争の中で生き残っていられるのは、単に良質なレストランだからというわけではない。彼が裏であれこれと手を回しているからだ。人の世話によってこの場は成り立つ。



「ザンザ・キーン、残念ながらまだだ。まだ終わらせるわけにはいかないんだ」語気を強め、私は立ち上がり、机を挟んだ。後ろにはヴァーナに――そうとは見えないが――守られながらお姫様が続く。二人が守り切れる範囲に到達したのを確認してから私は続けた。「件の衛星について、その位置情報などの提供は実に隙のない仕事だった。君はいつでも充分に事を成す。だから私も仕事を受けやすいし、ひいきにしたくなる」

「よく言われるが、いきなり褒めてもらうのはそうあることじゃない。特にお前の場合はな。俺が何かミスでもしたのかい? それとも、後ろの二人と関係があるのか? いつからチームを組んだ?」ザンザ・キーンはお姫様とヴァーナに目をやった。私はそれを遮るように、すかさず返答する。

「二人はチームではないよ。関係あるかどうかは、そちらの態度次第だ。ザンザ・キーン、答えてもらいたい。この依頼について君は、必要なことを全て、私に伝えたか? 私は衛星までいくことはできたさ。しかし、そのあとで何があったと思う? 私は所属不明の軍艦に接触されたんだぞ」

「廃棄されたものを拾った海賊にでも襲われたか? フォルダーの生き方には危険がつきものということは、分かっているだろう? それさえ楽しんでこそのフォルダーじゃなかったのか?」

「その通りだ」ザンザ・キーンの意見に私は頷いた。フォルダーとは危険だって楽しまなければならない。それが得るものであるというときもある。「しかし、君は何か、重要なことを隠しているんじゃないか? このことは、フォルダーにとって仕事がどうあるべきかとはまた別問題だ」


 ザンザ・キーンは動じなかった。元より、彼の表情はこちらからは伺えない。


「レッドフォルダー、俺はこういう時、何に誓えばいいか分からなくなる。知っての通り、無神論者なんでね。だからこそ、今はお前たちフォルダーやトレジャーハンターたちの冒険に対するロマンに誓わせてもらおう。俺がこうして仕事を続けられるのは、誠意によって信頼を勝ち得ているからだ。料理と同じさ。仕事は心が通ってこそ、そうと言える。俺は心ない仕事を回したりはしない。断じてだ」


 何年も仲介をしてきた男は、決して敵意などぶつけはしない。そういう意味では、彼はまさにこのショーヤに住むに相応しいのだろう。仕事に生きられる男だ。そうであるからこそ、私は今、彼にはめられたのではないかという疑念を持っているのだが。


「分かった。では、言わせてもらう。棺桶の中身は生きた人間だった。これは驚かないな?」ザンザ・キーンは肯定の意を示した。棺桶という時点で考えつくことだ。「よろしい。続きだ。私に接触した軍艦に乗っていたのは、おそらく傭兵くずれだ。そして、軍艦そのものは、棺桶に入っていた人物に関係のあるものだったんだ。これを偶然で片付けるほど、君は愚かではないだろう? 私はそう信じている」

「ありがとう」

「私は注意を払った。なのに、彼らの接触を受けた。これが私の無能ゆえと言うならば、のみこんでもいい。しかし、君がある程度の事情を隠していたのなら、あるいは、私のことを依頼人にバラしていたのなら、私は君との付き合いを変えるつもりだ! この私の敬意のキスも二度とないと思え!」


 少し大袈裟に怒ってみせた。実のところ、彼に非があるとすればそれは、私のことをバラしたかどうかの一点に尽きる。あくまでこれは揺さぶりだ。

 私の意図はザンザ・キーンにも分かっていただろう。彼はやはり動じないが、少しの間が置かれた。


「まず、言わせてもらう」ゆっくりと、彼はいった。「俺はキスをされても友情、愛情、敬意などを感じるタイプではないので、それがないことには抵抗はない。しかし、レッドフォルダー、お前が自分の無能を棚に上げるなら、これほど不快なことはない。だが、お前はそんな奴ではない。これまでの仕事の成果がそれを物語っている。よって、俺からは一つだけだ。認めたくないことだが、俺の方に不備があったらしい。聞かせろ。何があった? この仕事は何だったんだ? そちらの二人は、何者だ?」


 私は、ふう、と息をついた。


「話すのはそちらからだ。この仕事の依頼主は誰だ? 君のことだ、ダミーがいくつも重なっていたとしても、調べているんじゃないか?」

「残念ながら、大本は分からなかったよ。だが、近いところまではいけた。ここから先は、そっちの二人について話してもらわなければ教えられないな」


 これ以上は、本当にそうだろう。

 私はまず、ヴァーナに正体を明かすよう促した。


「リ・マ・ヘイムのヴァーナです。パニマ・エマ・ラーンズ王女の身辺警護を務めていました」


 流石のザンザ・キーンもこれには驚いたらしい。若干慌て、「すると、そっちは……!?」指をさして、自らの予想に震えていた。

 お姫様は、その素性を明かした。一気に気品が満ち溢れる。


「挨拶が遅れました。初めまして、ザンザ・キーン。パニマ・エマ・ラーンズです」

「なんということだ……! 参ったな、俺はいま、お前らを追い出したい気持ちでいっぱいだ。なんという爆弾を運んでくれたんだ、レッドフォルダー!」

「もう察しがついているようだな。流石だ。ザンザ・キーン、辿り着いたところまででいい、私に教えろ! 急がなければ、この店だってタダではすまないかもしれないぞ」


 時間が惜しかったこともあり、私は脅しを使った。

 行動の迅速さは、彼の仕事に対する誠実さを表すようであった。彼はすぐに情報の提供を約束し、この場ではなく、ある地点でそれを受け取れるように取り計らってくれた。


「すぐに出ていってくれ。リ・マ・ヘイムのごたごたに巻き込まれては厄介だ」

「ご協力を感謝します、素敵なザンザ・キーン」


 お姫様の感謝の言葉を置き土産に、私たちは店の外へと出た。

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